1-1
Double Life 何年かの月日を経て、最終章を迎えました。よろしければ、お楽しみ下さい。お待たせしました皆様、本当に申し訳ございませんでした。感想など、よろしければお願いします。
『今日のゲストは、もうすぐ放送されるドラマの主役を演じる、秋本 明日香さんです。どうぞ!』
テレビの音が、部屋中に流れた。俺はそのテレビを見ずに、キッチンで朝ごはんの準備をしている。
どうして見ていないのにテレビが点いているかと言うと、同じ部屋でぐったりと寝そべりながら朝ごはんを待っている清水 亮平が見ているからである。
「明日香すげぇな~。こんな大物になっちまったよ」
亮平がそう呟くと、俺は大きくため息をついた。
ここは横浜市にあるアパートでは安いほうに分類されると思われる部屋。俺が、大学受験と同時にこっちに引っ越してきた。広さは一人暮らしするには十分過ぎるほど広い。キッチンもあるし、トイレとお風呂が一緒の場所にあるわけでもないし、部屋だってリビングを含めれば3つもある。
コンビニも歩いて3分、走れば1分かからない距離にあるし、電車の距離もそこまで困る距離でもない。しかも、しっかりと車の駐車場スペースも家賃と一緒に含まれている。
立地条件は決して悪くない。というよりも、良すぎるぐらいだ。どうしてこんなにも家賃が安いのか。それは、明日香が働く事務所の社長さんが用意してくれた部屋だからだ。
明日香と強制的に別れさせられた俺は、社長さんのコネで今の大学に入学し、そして部屋まで用意してくれた、ということだ。
そこまでしなくていい、と俺は言ったのだけれども、社長さんは譲らなかった。今考えてみると、俺の行動を把握するためにこの部屋に住ませたかったのかもしれない。
ところで、どうして俺の部屋に亮平がいるかと、彼も同じ大学に通っているからである。
明日香が旅立ったあの日、全てを俺は亮平に話した。すると、亮平も内定が決まっていた大学を蹴ってまで、この大学を選んだのだ。昔から何でもできる亮平に、不合格するという文字は無かったようだ。
ちなみに、亮平は俺の隣の家に住んでいる。毎朝、亮平は俺の家まで来て、ご飯を食べて、一緒に大学へと向かう。これが一連の流れだ。
そういえば、俺の親の話なんだけど、一度は日本へ帰ってきて、俺に顔を見せに来た。しかし、あの放任主義の俺の親はどうしても行きたい国があると言って、困ったことに再び旅立っていってしまった。
どこからそんな金が出てくるのだろうか、なんて考えはあの親に通用しない。
きっと、どこかでしっかりとお金を稼いでいるのだろう。悪事をはたらいていないことを祈るばかりだ。
『明日香さん、初めての主役のドラマがもうすぐ始まりますね。お気持ちはどうでしょう?』
あるタレントが、豪華そうな椅子に座っている明日香にインタビューを始める。明日香は笑顔で、その質問に答えた。
(初めての主役……ね)
心の中でそう考えながら、俺はそのテレビ番組に耳だけ傾ける。俺は、彼女が元気か、そうじゃないかなんてことは、このテレビを通してじゃないと感じることが出来ない。
新人女優賞という名誉あるものを手に入れた明日香は、今や国民のスターだ。今年は明日香も忙しくなりそうだ、と亮平も言っていた。
その亮平も今や、ちょっと有名なモデルとしても活動している。たまに、学校を休んで、海外でも撮影を行っている。
横浜を歩いていたら、すぐにスカウトが亮平の元へやって来た。芸能のスカウトをしているなんていうものは、田舎暮らしていた俺達にとっては、伝説的なような話であって、そう簡単に声をかけられるようなものでも思っていなかったし、本当にあるとも思っていなかった。
最初、この話は詐欺だ。なんて一瞬思ったりもしたが、亮平はあっさりとその誘いにOKし、モデル活動を始めた。亮平の容姿があれば、すぐに人気が出る。その思惑通り、初の撮影のときから、雑誌の表紙を飾っていた。
「今日も撮影?」
「ん~ん。撮影は今度の日曜日。それまで撮影は無しだよ~ん。それにしてもさ、モデルさんって本当に可愛い子ばかりだよな。まぁ、性格は別として」
そう言った亮平は、芸能の裏話を始めた。昔からそうだけど、亮平は大の噂好き。モデルなんてしていると、そこら中から芸能界に関する噂をゲットしてくる。
亮平の口から聞いた何週間後かに、ある有名雑誌などで、その真実が発表されることがある。
色々、芸能界の裏話を聞いていると、オーブン付きの電子レンジがいい音を奏でた。中に入れていたパンがいい具合に焼けたのだろう。パンを取り出すと、少し茶色気味に焦げていて、俺好みのパンとなっていた。
その上に色々野菜や、ハムを乗せ、マヨネーズをかけると、手作りサンドウィッチの完成だ。亮平もこの味が気に入ったのか、文句の一つもこぼさない。
時計に目をやると、もうそろそろ学校に行かなくてはいけない時間になっている。慌ててパンを食べ終え、家を出ると、桜の花びらが一枚、ヒラヒラと舞い落ちてきた。
大学生になって、3度目の春。あれから、もう2年も経ったのだ。この横浜の環境にも慣れていた。明日香との距離も、昔ほどの痛みはなくなっていた。
家から大学までは、歩いて20分ほど。全く苦にならない距離である。
「あ~、今日って、あのハゲの授業だろ? すっげぇ、だるいんだけど」
いかにも気だるそうに、隣の亮平は呟いた。『あのハゲ』といえば、大学の連中は全員分かるであろう教師だ。頭の中心から円を描くように髪の毛がなくなっているその先生は、学生である女を変な目で見ている、という事がもっとも有名だ。
「まぁ、男の俺達は、寝ていても何も言われないからいいだろ? 女は可愛そうだよ。少しでも変な行動をすると、ボディタッチだぞ? 俺なら耐えられないな……」
その分、俺達男とは違って、女の人たちはいい方向に精神が丈夫になっているのかもしれない。なんて思ってしまった。
そして、そんな会話をしつつ、大学の入り口に差し掛かったとき、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「そんなこと言っていると、セクハゲに単位落とされてしまいますよぉ?」
「うぉ、神子ちゃんか。驚かさないでくれよ」
亮平が驚いて声をあげると、そこには佐原 神子が立っていた。彼女は、俺達のひとつ下の学年であり、高校、大学共に後輩になる。
「おはようございますっ! 亮平先輩っ! そして、風紀先輩も」
嬉しいというか、なんというか。神子の性格は高校時代から変わっていなかった。俺のことを馬鹿にするかのような呼び方。まぁ、変わっていたら悲しいけどな。
明日香と別れて、高校を卒業するまでの間、俺はとても辛かった。高校時代の友人である沙希にも、どうして明日香を行かせたのかと問いただされた。
俺は上手く言えなかった。俺のわがままだったからだ。明日香をあの業界に入れたのも、何も言わずに明日香の下から居なくなったのも。
言葉には出さなかったが、全員が沙希と同じ事を思っていたに違いない。俺を見る目でわかった。
だからこそ、この大学に進学してきた神子が普通に接してくれたことがものすごく嬉しかった。
「おはよう、神子。それから、俺はおまけ扱いかよ?」
内心嬉しく思いながらも、俺は苦笑い表情を神子に向けてみる。結局のところ、神子も俺をからかっているだけなのだ。
「え~、そんなこと無いですよ。風紀野郎先輩をすごく尊敬していますよ?」
「尊敬している人に野郎なんて汚い言葉使っちゃ駄目です」
そう言うと、神子は軽く拗ねながら謝った。最近は、この三人でいることが多い。そう言っても、神子は大学二年生。他に遊ぶ友人達もいっぱいいるみたいで、三人でいることが多いのは、登校中ばったり会う場合や、休日に出かけたりするときだけである。
「ほら、先輩。授業始まる時間来ちゃいますよ? 置いていきますよぉ?」
「置いて行くって、俺と神子が一緒に受講するわけでもないだろうよ」
「うるさいですね。今日は私、授業ないんでひっそりと入って、隣に座ってあげてもいいですよ?」
神子が俺に少し近寄って、意地悪そうな笑みを浮かべそう言った。
「別にいいよ。って、なんで無いのに学校来てんの?」
「それはですね、今日は授業無いんですけど、友達と一緒にお昼を食べる予定なんです」
「昼ってお前、まだ十時だぞ? いくらなんでも早すぎだろ?」
神子は俺の言葉に一瞬言葉を詰まらせながらも「その前に勉強するんです!」と怒ってどっか行ってしまった。
「なんだったんだろうな?」
亮平に問いかけても、ため息をついただけで返答は得られなかった。