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『魔王城の最終決戦に臨んだら、魔王が 「実は俺も転生者で、魔王やらされてるだけ」と言い出した ~お前が一番被害者じゃないか~』  作者: 駄貧知


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第6話「希望は3分で閉まりました」

廊下を、5人で歩いた。


指示書が颯の手にあった。大臣の署名。決裁印。これさえあれば動く。


颯はそう思っていた。


「じゃあ、分担しましょう。ルカさんと田中さんは第3課で転生先変更の処理。ゼファさんは第7課でスキル交換。エリエルさんは第11課で身体スペック変更。俺は全体を見て回ります」


「了解です」とゼファが言った。


「わかりました」とエリエルが言った。


「やるぞ」と田中が言った。


颯は一瞬、田中を見た。


「……田中さん、テンション高くないですか」


「大臣に会えたから」


「会えただけですよ、まだ」


「でも、初めて『責任』って言ってもらえたから」


颯は何か言おうとして、やめた。


5人は廊下の途中で別れた。ルカと田中が第3課へ。ゼファが第7課へ。エリエルが第11課へ。颯はまずゼファについていった。近い方から確認する。


第7課は、第3課の4つ先にあった。扉を開けると、整理された部屋だった。第3課とは比べ物にならない。書類は棚に収まり、机は3つ並び、天使が2人座っていた。


ゼファが指示書を差し出した。


「大臣室からの変更指示書です。田中誠様のスキル交換処理をお願いします」


担当天使が書類を受け取った。開いた。署名を確認した。決裁印を確認した。


「……大臣の署名ですね」


「はい」


「決裁印もありますね」


「はい」


「拝見します」


担当天使は指示書を丁寧に読んだ。頷いた。もう一度頷いた。


「処理自体は可能です」


颯の肩から、少し力が抜けた。


「ただ——」


力が戻った。


「原本は、処理課に保管する義務がございます」


ゼファが少し固まった。


「……原本を、こちらに?」


「はい。大臣の決裁印がある文書は、処理課が原本を保管し、処理完了後に統括課へ提出することが規則で定められておりまして」


颯は一歩前に出た。


「この指示書、第3課と第11課にも見せないといけないんです」


「でしたら、写しをお持ちになれば」


「写しはどこで作れますか」


「複写室が第33課にございます」


「第33課」


「はい。廊下の反対側です」


颯は廊下を振り返った。長かった。さっき端から端まで歩いた廊下を、また歩くのか。


「……コピーは、ここではできないんですか」


「複写機は第33課の管轄でして」


颯はゼファを見た。ゼファは何も言わなかった。言えることがなかった。


「わかりました。写しを取ってきます。ゼファさん、ここで待っていてください」


「申し訳ありません」とゼファが言った。


「ゼファさんのせいじゃないです」


颯は指示書を持って廊下に出た。走った。


第33課は、廊下の端にあった。入口に「複写受付」と書かれた札が貼ってあった。


扉を開けた。


部屋の中に、天使が1人座っていた。目の前に複写機が1台あった。


「すみません、この指示書の写しを2部お願いします」


「はい。複写申請書にご記入ください」


颯は止まった。


「……複写に、申請書が要るんですか」


「規則上、大臣決裁文書の複写には申請が必要でして」


颯は申請書を受け取った。1枚だった。記入欄は少なかった。


書いた。3分で書けた。


「はい。では処理します」


天使は複写機に指示書を置いた。ボタンを押した。


機械音がした。紙が出た。2枚。


「こちらが写しになります。なお、写しの有効期限は本日中です」


「本日中」


「はい。明日以降は再度申請が必要です」


颯は写しを受け取った。走った。


第7課に戻った。ゼファに写しを1枚渡した。


「これで処理できます。頼みます」


「はい」


颯はもう1枚の写しを持って、第11課に向かった。


第11課は、エリエルの言った通り、上の階にあった。階段を上がった。廊下を歩いた。扉を見つけた。


開けた。


エリエルが立っていた。知り合いらしい天使が席に座っていた。


「エリエルさん、どうですか」


エリエルが颯を見た。困った顔だった。いつもの困った顔よりも、少し深い困り方だった。


「処理自体は可能です」


「可能なんですね」


「はい。書式もあります。担当者もいます」


「じゃあ——」


「本日の処理受付は終了しております」


颯は止まった。


「……何時までですか」


「午後4時までです」


颯は振り返った。廊下の壁に時計があった。


午後4時3分。


「3分」


「はい」


「3分前なら、間に合ったんですか」


担当天使が答えた。


「間に合いました」


「……今から、特例で受け付けることは」


「規則上、時間外の受付は認められておりません」


「大臣の指示書があるんですが」


「指示書は処理の承認であって、受付時間の延長ではございません」


颯は写しを持ったまま立っていた。


エリエルが小声で言った。


「……複写室に行っていた時間ですね」


「そうですね」


「複写申請書がなければ」


「そうですね」


颯は深呼吸した。


「明日の受付は何時からですか」


「午前10時からです」


「明日の朝、必ず来ます」


「お待ちしております」


颯はエリエルと廊下に出た。


「エリエルさん」


「はい」


「第11課の処理は、明日に持ち越しです。第7課はゼファさんに任せたので、第3課を見に行きましょう」


「はい」


颯は階段を降りた。廊下を歩いた。第3課の前に着いた。


扉が開いていた。


中を覗いた。


田中が床に座っていた。ルカが机の前に座っていた。二人とも、黙っていた。


「……どうしました」


田中が顔を上げた。


「……ちょっと、問題が」


「何ですか」


ルカが書類を持ったまま言った。


「転生先変更の処理なんですが、現配属先の管理者の承認印が必要でして」


「現配属先というのは」


「田中様が現在配属されている場所です」


「魔王城ですね」


「はい。魔王城の管理者の承認印が必要です」


颯は少し考えた。


「魔王城の管理者って」


田中を見た。


田中が小さく手を挙げた。


「俺」


沈黙。


「……田中さんが、自分の転出届に、自分で承認印を押すんですか」


「そうなるらしい」


「自分で自分を追い出す手続き」


「そうなるね」


颯は天井を見た。


「……それは、まあ、押せばいいだけですよね」


「押せればね」


「押せれば?」


田中は少し目を逸らした。


「印鑑、魔王城に置いてきた」


颯の手から、力が抜けた。


「……魔王城に」


「うん。玉座の引き出しの中」


「なんで持ってこなかったんですか」


「まさか自分の転出届を自分で承認することになると思わなかったから」


颯は反論できなかった。それはそうだった。


「取りに帰れますか」


「魔王城まで、ここから何日かかるかな」


颯はルカを見た。


「天界から魔王城への移動手段はありますか」


ルカは少し考えた。


「転送陣がございます。第40課の管轄です」


「使えますか」


「使えます。ただ——」


「ただし」


「転送の申請が」


「必要ですよね」


「はい」


颯は廊下の壁にもたれた。


指示書がある。大臣の承認がある。仲間がいる。全部揃っている。


なのに、印鑑が足りない。


田中が床から颯を見上げた。


「……ごめん」


「田中さんのせいじゃないです」


「でも、持ってくればよかった」


「普通、持ってこないですよ。俺だって聖剣は持ってきたけど印鑑は持ってないです」


「勇者に印鑑はいらないでしょ」


「魔王にもいらないと思ってたでしょ」


「思ってた」


颯はしばらく黙った。


「ルカさん。代替手段はないですか。印鑑以外で承認できる方法」


ルカは書類をめくった。


「現配属先の管理者が直接署名する場合は、印鑑の代わりになります。ただし、署名には本人確認書類が必要です」


「本人確認書類」


「転生者登録証です」


颯は田中を見た。


「持ってますか」


田中は鎧の内側を探った。整理番号の紙。そば打ちセットの書類。申請書と処理票。


「……ない」


「どこにありますか」


「魔王城の、玉座の引き出しの中」


「印鑑と同じ場所」


「同じ引き出し」


颯は壁から背中を離した。


「ルカさん。第40課の転送陣、申請にどのくらいかかりますか」


「通常は3日ですが」


「3日」


「大臣の指示書があれば、即日処理も可能かと」


「指示書の原本は第7課にあります」


「写しでは」


「写しの有効期限は本日中です。明日になると、また複写申請が——」


「わかりました」


颯は立ち上がった。


「今日中に第40課に行きます。写しはもう1枚あります——」


颯は手を見た。第11課用の写しが、まだ手にあった。第11課は明日まで受付できない。この写しは今日使わない。


「この写しを第40課に見せて、転送陣を今日中に使います。田中さんが魔王城に戻って、印鑑と登録証を取ってくる。それで明日、全部まとめて処理する」


田中が立ち上がった。


「……俺、また魔王城に戻るのか」


「取りに行くだけです」


「片道何分くらいですか」ルカに聞いた。


「転送陣なら一瞬です。ただ、帰りも申請が必要でして」


「帰りも」


「片道ごとに申請が必要です」


「往復で2回」


「はい」


颯は指示書の写しを握った。


「行きましょう。第40課へ」


「颯さん」


エリエルが小さく言った。


「なんですか」


「第40課は、午後5時に閉まります」


颯は時計を見た。


午後4時21分。


「……走りましょう」


颯は走った。田中が走った。鎧の音が廊下に響いた。エリエルが書類を抱えて走った。ルカが後を追った。


廊下を、4人で走った。


扉の番号が流れていった。第8課。第15課。第22課。第30課。


田中は走りながら言った。


「颯」


「なんですか」


「走るの、久しぶりだ」


「魔王城で走らなかったんですか」


「走る理由がなかった」


颯は前を向いたまま少し笑った。


第40課の扉が見えた。颯は扉の前で止まった。息を整えた。田中が隣に立った。息が上がっていなかった。


「……体力あるんですね」


「身体スペックだけは高いから」


颯はノックした。


「はい」


開けた。


小さな部屋だった。中央に、光る円形の紋様が床に描かれていた。転送陣だった。担当天使が1人、椅子に座っていた。


「転送陣の使用申請です。大臣の指示書の写しがあります」


颯は写しを差し出した。


担当天使が受け取った。読んだ。


「大臣の決裁印つきですね」


「はい」


「即日使用、承認します」


颯は少し呆然とした。


「……すんなり行くんですか」


「大臣の決裁印がありますので」


ゼファに始まり、今日何度も聞いた言葉だった。決裁印は効く。効くのに、その決裁印に辿り着くまでに3年かかった。


「行き先は」


「魔王城です。煉獄魔城・第1から第7塔複合施設」


担当天使が少し間を置いた。


「……正式名称をご存知なんですね」


「住んでるので」と田中が言った。


担当天使は転送陣を起動した。床の紋様が光り始めた。


「転送先に到着後、帰還には帰還申請が必要です。帰還申請書は——」


「持ってます」


エリエルが書類の束から1枚を引き抜いた。


颯がエリエルを見た。


「……なぜ持ってるんですか」


「クレーム処理で、各課の書式は一通り集めてあると申し上げました」


「第40課のも」


「はい」


颯はしばらくエリエルを見た。


「エリエルさん」


「はい」


「昇進してください」


「管轄外です」


田中が転送陣の前に立った。光が足元から昇ってきた。


「田中さん」


「うん」


「印鑑と登録証だけ持って、すぐ戻ってきてください」


「うん」


「寄り道しないでくださいね」


「しないよ」


「蕎麦も打たないでください」


「打たないよ。蕎麦粉ないから」


「小麦粉もだめですよ」


「……うん」


颯は田中を見た。


「待ってます」


田中は少し笑った。角のある顔が少し怖くなった。


「……ミカエルさんにも、同じこと言ったな」


「言いましたね」


「今度は俺が言う側か」


田中は転送陣に足を踏み入れた。光が強くなった。


颯は目を細めた。


光が消えた。


田中がいなかった。


転送陣の上に、何もなかった。


颯はしばらくそこに立っていた。


エリエルが隣に立った。ルカが後ろに立った。


「……静かですね」


「うん」


颯は転送陣を見ていた。


ほんの1時間前まで、6人だった。


今、ここにいるのは3人だった。ゼファは第7課。ミカエルは大臣室。田中は魔王城。


全員が、また別々の場所にいた。


「……明日」と颯は言った。「明日、全部終わらせます」


エリエルは何も言わなかった。


ルカも何も言わなかった。


第40課の転送陣が、静かに光を消していった。


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