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『魔王城の最終決戦に臨んだら、魔王が 「実は俺も転生者で、魔王やらされてるだけ」と言い出した ~お前が一番被害者じゃないか~』  作者: 駄貧知


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第4話「申請書の通り転記、と書いてありました」

第3課の中は、颯の想像を超えていた。


横長の部屋だった。窓が3つあるはずだったが、見えていたのは1つだけで、残り2つは天井まで積み上がった書類の壁に埋まっていた。


机は長机が1台。椅子が1脚。棚は6台あったが、うち2台は完全に書類に呑まれて棚の形を失っていた。


机の端に小さなホワイトボードが立てかけてあった。


「本日の処理件数」——正の字が並んでいた。数えると、63件。


その隣に、「本日の未処理件数」。


正の字が、ホワイトボードの端まで続いて、途中で止まっていた。数えるのを諦めた跡だった。


机の前に立った天使は、頬に書類の跡をつけたまま、颯と田中を交互に見ていた。


「あの、面会申請書の発行、でしたっけ」


「はい」と颯は言った。


「大臣への面会申請書ですね。えっと、ちょっと待ってくださいね」


天使は振り返り、書類の山を探り始めた。


一つの山を崩し、別の山を掻き分け、棚の奥に手を突っ込み、何かを引っ張り出し、違う書類だったのでまた戻し、別の棚を開け、雪崩が起きかけて手で押さえ、もう片方の手で別の束を引き抜いた。


颯は見ていた。田中も見ていた。


「……あの」と颯は言った。


「はい?」


「お名前を聞いてもいいですか」


「あ、すみません。第3課のルカです。えっと、第3課は、私です」


颯は一瞬、意味がわからなかった。


「第3課は私です、というのは」


「第3課、私1人なんです」


沈黙。


「……1人」


「はい。元は3人いたんですけど、2人が別の課に異動になって。補充がまだ来てなくて」


「いつ異動したんですか」


「2年前です」


颯は深呼吸した。


「2年間、1人で?」


「はい。補充の申請は出してるんですけど」


「審査中ですか」


ルカは少し首を傾げた。


「いえ、申請先がわからなくて。人事は第27課なんですが、第27課に聞いたら第45課に聞けと言われて、第45課に聞いたら第27課に戻されて」


颯は何も言わなかった。言えなかった。


田中が部屋の中を見ていた。書類の山を。埋まった窓を。1脚だけの椅子を。


「……ルカさん」


「はい」


「仮眠、どのくらいぶりですか」


ルカは少し考えた。


「3日……いや、4日目かもしれません。ちょっと曜日の感覚が」


颯は田中を見た。田中の表情が変わっていた。


怒りではなかった。見覚えのある顔だった。颯はそれが何なのか、少し考えてからわかった。


共感だ。


「ルカさん。この書類の山、分類は誰がやってるんですか」


「私です」


「仕分けの基準は」


「課ごとに番号を振って、年度別に——」


「年度より案件番号を先に分けた方がいいですよ。年度をまたぐ案件が多いと、同じ案件が2つの山に分かれて——」


「田中さん」


颯の声に、田中が口を止めた。


「……癖で」


「わかってます。でも今は書類を出してもらう方が先です」


「そうだね」


ルカは書類を探しながら、少し振り返った。


「あの、魔王様」


「うん」


「書類の分類、詳しいんですね」


「前の職場が同じようなものだったから」


「天界の別の課にいらしたんですか」


「いや。市役所」


ルカは少し首を傾げた。その名前に心当たりがないようだった。颯は何も言わなかった。


ルカが棚の奥から1枚の書類を引き出した。


「ありました。大臣面会申請書——あ」


「あ、は何ですか」


「これ、旧書式ですね。2年前に書式が変わってて」


颯はもう驚かなかった。


「新書式はどこにありますか」


「印刷は第15課がやってるんですが、こっちにまだ届いてなくて」


「届いてない」


「発注はしたんですけど」


「いつ発注しましたか」


ルカは少し考えた。


「1年半前です」


颯は天井を見た。金色の光が差し込んでいた。天界だった。天界なのに、ここだけ薄暗かった。


「旧書式で出します」


「受理されない可能性がありますが」


「されなかったら、その場で書き直します。田中さん、いいですか」


「いい」


田中は即答した。


「書き直すのは慣れてる。送った申請書が差し戻されて再提出したこと、14回ある」


颯はルカを見た。


「旧書式で、お願いします」


ルカは書類を差し出した。颯が受け取った。


田中が書類を覗き込んだ。


「記入欄が多いですね」


「そうですね」


「でも、天界に来るときの申請書より少ない」


「それ、比較対象がおかしいですよ」


田中はテーブルに書類を置いた。置いてから、ルカの机を見た。机の上は書類で埋まっていた。書くスペースがなかった。


田中は床に座った。


「田中さん」


「ん?」


「机がないなら、廊下で書きましょう」


「いや、ここでいい。床の方が落ち着く」


「落ち着かないでください」


田中は床に書類を広げて書き始めた。颯は立ったまま見ていた。


ゼファが部屋の隅に立っていた。エリエルは入口の近くにいた。ルカは自分の椅子に座り直して、別の書類を処理し始めていた。


颯はルカを見た。


「……ルカさん」


「はい」


「自分の仕事を続けるんですか」


「未処理が溜まってるので」


颯は口を閉じた。


田中が書きながら、小声で言った。


「……あの人も被害者だよ」


颯は少し黙った。


「わかってます」


「システムがおかしいんだよ。ルカさんが悪いんじゃない」


「わかってます。だから大臣に会いに行くんでしょう」


田中は頷いた。頷いてから、手を止めた。


「……ここの書類、ちょっと見てもいいかな」


「田中さん」


「自分の申請書がどこかにあるかもしれない」


颯は何か言おうとして、やめた。


田中は立ち上がり、棚の前に歩いた。山になった書類を、一枚ずつ丁寧にめくり始めた。


探すのが早かった。窓口職員の勘なのか、書類の分類方法に推測がつくのか。棚の3段目、右奥に、田中は手を伸ばした。


「……あった」


声が静かだった。


颯が近づいた。田中の手には、二枚の書類があった。


一枚目は、『転生先希望申請書』。記入欄の「希望転生先」に、丁寧な字で書いてあった。


「農村」。


田中の字だった。


二枚目は、『転生先配属処理票(第3課処理)』。転記欄の「配属先」に、書いてあった。


「魔村」。


颯は二枚を並べた。


「農村」と「魔村」。


処理票の右下に、小さく備考が書いてあった。


「申請書の通り転記」


颯が覗き込んだ。田中が覗き込んだ。ゼファが近づいて覗き込んだ。


「……申請書の通り、とは」颯が言った。


「転記、とは」ゼファが言った。


ルカが椅子から振り返った。


「何かありましたか?」


誰も答えなかった。


田中は二枚の書類を持ったまま、しばらく動かなかった。


自分が書いた「農村」の文字が、ここにあった。3年間、ずっとここにあった。正しい希望が、正しい字で、ずっとここにあった。


颯は田中の横顔を見た。


怒っていなかった。怒っていないことが、颯には一番つらかった。


「……これ、持っていっていいですか」


田中がルカに聞いた。


「え?」


「自分の書類なので」


ルカは少し困った顔をした。


「持ち出しは規則上——」


「ルカさん」颯が言った。


「はい」


「この処理票の『魔村』、誰が書いたかわかりますか」


ルカは処理票を覗き込んだ。備考欄を見た。申請書を見た。


少し間があった。


「……これ、うちの課の処理印が押してありますね」


「はい」


「つまり、うちの課の誰かが転記したんだと思います」


「ルカさんではない?」


「私は3年前、まだこの課にいませんでした」


「当時の担当は?」


「2人とも異動してます」


颯は一瞬だけ目を閉じた。


「……田中さん。持っていきましょう。そば打ちセットの書類と一緒に」


田中は二枚の書類を重ねた。丁寧に、角を合わせて折った。鎧の内側にしまった。


整理番号の紙の隣に。


ルカが少し立ち上がった。


「あの」


「なんですか」


「面会申請書の記入、まだ途中ですけど」


颯は床を見た。書きかけの申請書が置いてあった。


「田中さん」


「あと少し」


田中は床に戻った。書き始めた。


颯はルカを見た。


「ルカさん。大臣室はどこにありますか」


「この廊下の一番奥です。第47課の先に、別棟があって」


「遠いですか」


「歩いて10分くらいです」


「案内は必要ですか」


「道は1本なので、迷わないと思いますが」


ルカは少し言葉を探した。


「……あの」


「なんですか」


「私も、行っていいですか」


颯は少し驚いた。


「なぜですか」


ルカは机の上の書類を見た。未処理の山を見た。ホワイトボードを見た。


「大臣に、補充の件を、直接言えるかもしれないので」


颯は田中を見た。田中は書類を書きながら、少しだけ顔を上げた。


「いいんじゃないかな」


「……いいんですか」


「人手が足りないのに2年放置されてるなら、それも大臣案件だよ」


ルカの目が少し揺れた。


「でも、持ち場を離れると——」


「ルカさん」田中が言った。「1人で全部やる必要ないですよ」


窓口職員の言葉だった。被害者の言葉ではなく、同じ場所で働いていた人間の言葉だった。


颯は何も言わなかった。


田中が立ち上がった。


「書けた」


「今度は何分ですか」


「10分」


「早いですね」


「項目が少なかったから」


颯はルカに書類を渡した。ルカは確認した。


「……記入漏れ、ないです」


「田中さん、慣れすぎですよ」と颯は言った。


「褒めてないですからね」


「わかってる」


ルカが机の引き出しから処理印を出し、書類に押した。処理印の横に日付を書いた。


「旧書式ですが、第3課の処理印は押しました。受理されなかった場合は」


「その場で考えます」颯が言った。


ルカは頷いた。机の上の書類に目をやった。未処理の山に。それから、立ち上がった。


廊下に出たのは、5人だった。


颯。田中。エリエル。ゼファ。ルカ。


颯は一度振り返って、人数を数えた。


「……増えてますね」


「うん」と田中が言った。


「最初、俺1人だったんですけど」


「最初、俺もひとりだったよ」


颯は少し考えた。


「田中さんは3年ひとりだったんですよね」


「うん」


「ルカさんは2年ひとりだったんですよね」


「うん」


「エリエルさんも、クレーム処理で、ひとりで来ましたよね」


エリエルは書類の後ろで少し小さくなった。


「……はい」


「ゼファさんも、引き継ぎを受けて、ひとりで会議室に来た」


ゼファは少し間を置いてから頷いた。


颯は前を向いた。


「全員ひとりだったんですよ。この組織、全部」


誰も何も言わなかった。


廊下は長かった。扉が並んでいた。第10課。第11課。第12課。


田中は歩きながら、一つだけ足を止めた。第12課の前だった。


「……ここ、ゼファさんの課ですよね」


「はい」


田中はプレートを見た。それから、歩き出した。


「何も言わないんですか」颯が聞いた。


「何を」


「第3課の前では止まったのに」


田中は少し考えた。


「ゼファさんの課は、ちゃんとした人がいたから」


ゼファが何か言おうとして、やめた。


廊下の先に、壁が見えた。


突き当たりに、扉が一つ。他の扉と同じ高さ、同じ色。


ただし、プレートが違った。


『天界転生管理省 大臣室』


颯は立ち止まった。田中も立ち止まった。後ろでエリエルとゼファとルカも止まった。


「……ここですね」


「ここだね」


颯は振り返った。


5人の顔を見た。


颯。剣を佩いた勇者。


田中。鎧の内側に、整理番号と、そば打ちセットの書類と、修正テープで塗り替えられた原本を持った魔王。


エリエル。書類を抱えた、最初に来た天使。


ゼファ。このまま終わりにしたくないと言った天使。


ルカ。2年間ひとりで課を回していた天使。


「田中さん」


「うん」


「ノックしますか」


田中は扉を見た。


「……俺がする」


颯は少し驚いた。


「いいんですか」


「ここは、俺がやらないと」


田中は扉の前に立った。身長2メートル超の影が、扉を覆った。


角が廊下の照明をかすめた。


拳を上げた。


止まった。


「……田中さん」


「うん」


「止まってますよ」


「うん」


「どうしました」


「いや、ノックの強さを考えてた」


「普通に叩いてください」


「普通って、どのくらい」


「加減しなくていいです」


田中は1度だけ息を吸った。


叩いた。


普通の音だった。魔王の拳にしては、びっくりするほど普通の音だった。


扉の向こうから、声が聞こえた。


「はい、どうぞ」


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