生まれ故郷。
まずは私の始まりから話していこうか。
私は、西の果てのミークハインと呼ばれていた神の存在する山の中で、綺麗な毛足の長い灰色の母猫の元に三匹の兄姉と共に生まれた。寒くなり始める時期で、兄姉達と団子のようになって過ごしていたのをよく覚えている。
猫は半年で巣立ちを迎える。暖かくなる頃にはそれぞれが巣立ちをして、母や兄姉とは二度と会えなかった。一番血の近い家族というものは、もう私の記憶の中にしか居ない。
ミークハインの山の麓には集落があって、巣立ち後はひとまずそこへ向かった。なにせこの山、神がいるという割に凄腕の狩人たちも命を落とす事があるという危険な場所。何とかここまで生まれ育ったが、何度も魔獣や野生の獣に喰われそうになるし、美味いものも無い。人間の暮らす所にはきっと美味いものがあるだろうと踏んだのだ。
七日程かけて私はようやく人里までおりてきた。人里、とは言っても遥か昔の話。今みたいに宿屋や飯屋があるわけではなく、ただ人々が集まり暮らしているというだけ。それでもこの名も無い集落には、ミークハインから下りてくる敵意の無いものは歓迎せよという掟があり、見知らぬ猫である私にも大変良くしてくれた。
今でこそ言葉の理解も出来ているが、そこはまだ幼い私。集落の人々がすれ違う度に声を掛けてくれるが、さっぱり何を言っているか解らず適当に返事をする毎日だったが、食事の時には鐘のような物を鳴らして知らせてくれ、寝床と決めた場所には干した草を敷いてくれた。中には私のような獣を嫌う者も居たようだが、あからさまなものは無かったように記憶している。それだけここの掟は絶対であったのだろう。
そうそう、語る上で忘れてはいけない。ここに来て初めての食事は今でも忘れる事の出来ない、至上の美味さだったのだ。何てことはない、集落の狩人が狩ってきた鹿の肉をただ焼いただけの物。これが最高に美味かったのだ!この頃は私はまだただの猫であり魔法も使えない、肉を焼くという知識はあれども術が無かった。ただの鹿肉を焼いた物……後にも先にも、この美味さの、魂が震えるほどの感動は無い。
こんがりと焼けた肉に滴る肉汁、噛むと歯にしっかり食い込む肉の感触と口の中いっぱいに広がる旨味。こんな美味いものがこの世界にはあるのかと、しばらくの間は食事の度に感動していたな。
あの衝撃と味が忘れられないし、もちろん今でも鹿肉は大好物だ。
その集落には長い年数住まわせてもらった。途中からは私も、皆で食べる獲物を狩るために狩人達と一緒に山へ入り、果実や野菜や野草を摘んだりもしていた。毒の有る無しや料理に使えるもの、一緒に体内に入れる事で毒にも薬にもなるもの等、沢山の事を教えてもらった。
そんな楽しくも慌ただしい日々に終わりが来たのは、涼しい時期だった。
その日は寝床に干し草を敷いてくれた若い娘が産気づき、今日にも生まれそうだ・久しぶりの赤子だと皆が集まって嬉しそうに話しているのを聞いて、祝いに兎かリスを狩って来ようと私はひとりで山へ入った。集落から少し離れた場所に、兎のねぐらがあるのを覚えていたからだ。そして全部余す所なく食べられるリスも、滋養に良いだろうと思い狩るつもりだった。兎とリスくらいなら銜えて持ち帰る事が出来るからね。
そう長い時間はかからず狩りを済ませ、陽が傾く前には帰路についていた。
私はね、この危険の多い山で育ったから危ない事に関する勘は良い方だと思っていたんだ。確かに狩りのさなかに敵意のある視線を向けられるとすぐ気づいたし、猫にしてはうまく戦えている方だった。
でもね、災害にはその勘が働かなくてね。
帰り着くとそこにはもう集落は無くて、山崩れで流れ込んだ土砂の丘があるばかりだったんだ。
助かったのは狩りに出ていたほんの数人。気が狂いそうになりながら手分けして生存者を探した。弔うために土砂を掘り返して、掘り返して、掘り返して……。
いつも声を掛けてくれた人……鹿肉を焼くのがめっぽう上手だった人……薬草に詳しい人……干し草を敷いてくれた人と、その腕に守るように抱かれているもう動かない赤子……。
皆を弔ってしばらく経った頃、残された狩人たちは隣村へ身を寄せさせてもらうと決めたようだった。一緒に来ないかと誘ってくれて有り難かったが、断った。きっと今生の別れになるから、別れの前夜は皆を埋葬した広場で沢山話して、沢山笑って、沢山泣いた。
狩人たちと別れた後、私はミークハインの神に会いに行った。




