わたくしに、下がるという選択肢はございません
「改革? それで町がよくなるって、本気で信じてんのかよ」
怒号が飛び交う職員会議室。
鷲田派のベテラン職員たちが、くららの進める新制度(地域提案型予算制度)に猛反発していた。
「地域の声を聞く? そんなことしたら、クレームと要望で現場は大混乱だ!」
「民の声が混乱を生むとお考えなのは、もはや職務放棄ですわね」
冷静に言い返すくらら。その姿に、中野は少し目を細めた。
「……もう完全に、あの人は役所の顔だな」
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この町の予算制度は、長らく上が決め、下は従うだけというトップダウン型だった。
だが、くららはあえて逆をいく。
「民の声を集め、磨き上げ、宝石のような提案として結晶化する……それが、公務員の本懐ではなくて?」
提案された案の一つに、若者支援の就労カフェや、空き家を活用したアートスペース設置などが含まれていた。
「くだらん。町に必要なのは夢じゃない実利だ!」
鷲田派の猛反発。しかし、くららは一歩も引かない。
「夢を持てぬ町が、どんなに立派な道を作っても、人は戻ってきませんわ」
――その言葉は、若手職員たちの胸に深く響いた。
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その夜。屋上で、くららは中野と並んで缶コーヒーを飲む。
「味、なれてきたか?」
「ええ、なんとか……でもこの『微糖』という品、絶望的に甘くなくて嫌いですわ」
「それ、今の町にも似てるな。甘くない。でも、手放すわけにもいかない」
「……ふふ、うまいことをおっしゃいますのね」
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翌朝。
議会で、予算案の採決が始まる。
反対票は多い。だが、以前より確実に支持が増えていた。
若手議員、地域住民、市役所の若手職員――くららの姿勢が、少しずつ理解から信頼に変わりつつあるのだ。
「……可決です」
議長の声が響く。
一瞬、静寂。そして、拍手。
中野、まどか、美紗、そして多くの職員が立ち上がる。
くららは立ったまま、目を閉じる。
心の中で、誰かがささやく。
《貴女、それが正しいと信じているのね》
「ええ、わたくしは正しく在ると決めましたの」
クラリスの幻影が、また少し薄れていく。
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鷲田の執務室。
「……終わったな」
誰にともなく呟いた彼は、そっと机の引き出しを閉めた。
その背に、もう威圧感はない。ただ、老いた支配者の静かな哀愁があった。