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わたくしに、下がるという選択肢はございません

「改革? それで町がよくなるって、本気で信じてんのかよ」


 怒号が飛び交う職員会議室。


 鷲田派のベテラン職員たちが、くららの進める新制度(地域提案型予算制度)に猛反発していた。


「地域の声を聞く? そんなことしたら、クレームと要望で現場は大混乱だ!」


「民の声が混乱を生むとお考えなのは、もはや職務放棄ですわね」


 冷静に言い返すくらら。その姿に、中野は少し目を細めた。


「……もう完全に、あの人は役所の顔だな」


 


====


 


 この町の予算制度は、長らく上が決め、下は従うだけというトップダウン型だった。


 だが、くららはあえて逆をいく。


「民の声を集め、磨き上げ、宝石のような提案として結晶化する……それが、公務員の本懐ではなくて?」


 提案された案の一つに、若者支援の就労カフェや、空き家を活用したアートスペース設置などが含まれていた。


「くだらん。町に必要なのは夢じゃない実利だ!」


 鷲田派の猛反発。しかし、くららは一歩も引かない。


「夢を持てぬ町が、どんなに立派な道を作っても、人は戻ってきませんわ」


 ――その言葉は、若手職員たちの胸に深く響いた。


 


====


 


 その夜。屋上で、くららは中野と並んで缶コーヒーを飲む。


「味、なれてきたか?」


「ええ、なんとか……でもこの『微糖』という品、絶望的に甘くなくて嫌いですわ」


「それ、今の町にも似てるな。甘くない。でも、手放すわけにもいかない」


「……ふふ、うまいことをおっしゃいますのね」


 


====


 


 翌朝。


 議会で、予算案の採決が始まる。


 反対票は多い。だが、以前より確実に支持が増えていた。


 若手議員、地域住民、市役所の若手職員――くららの姿勢が、少しずつ理解から信頼に変わりつつあるのだ。


「……可決です」


 議長の声が響く。


 一瞬、静寂。そして、拍手。


 中野、まどか、美紗、そして多くの職員が立ち上がる。


 くららは立ったまま、目を閉じる。


 心の中で、誰かがささやく。


 《貴女、それが正しいと信じているのね》


 「ええ、わたくしは正しく在ると決めましたの」


 クラリスの幻影が、また少し薄れていく。


 


====


 


 鷲田の執務室。


「……終わったな」


 誰にともなく呟いた彼は、そっと机の引き出しを閉めた。


 その背に、もう威圧感はない。ただ、老いた支配者の静かな哀愁があった。


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