この町には魔王がいますわね
「やりすぎだ、綾小路くらら。これは町おこしなんかじゃない。乗っ取りだ」
重々しい声が、役所の会議室に響いた。
発言主は、地元の重鎮――元市議会議員・鷲田隆政。
この町の開発、予算、人事――すべてに裏から口を出してきた影の支配者である。
舞踏会イベントの成功を機に、一部の職員や若手議員がくららに期待を寄せ始めたことに、彼は苛立ちを募らせていた。
「君のような、正体も経歴も曖昧な若造に、この町を任せていいはずがない」
「まぁ。あなた様こそ、この町を変えたくないというお考えではなくて?」
クラリス……いや、くららは一歩も引かない。
「長年にわたるご功績は重々承知しております。ですが、今や功労者が、抵抗勢力となっているようにお見受けしますわ」
「なんだと……?」
「改革を邪魔なものと感じていらっしゃるなら――それは、貴族としてではなく、魔王としての振る舞いですわね」
冷たい沈黙。中野とまどかは遠巻きに見守りながら、小声でささやく。
「くららさん、完全に喧嘩売ってる……」
「でも、逃げなかった。真正面から行った。あたし、負けたわ……カッコよすぎ……」
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その夜、役所にて。
くららは中野に問いかける。
「わたくし、間違っておりましたか?」
「さぁな。でも、鷲田が本気で潰しに来るのは間違いない。次の議会、確実に潰しにくるぞ」
「上等ですわ」
くららの瞳に、炎が灯る。
「魔王には、悪役令嬢がお似合いですもの」
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議会当日。
鷲田派の議員たちが、「イベントの予算不備」や「前例のない計画性の欠如」など、あらゆる批判を浴びせてくる。
しかし、くららは動じない。
「全予算内で運用してございます。経済波及効果も、試算済みですわ」
書類を手に、理路整然と反論する。
「前例がないという言葉、何度も伺いましたが――この町を停滞させたのは、その前例そのものですわ」
場内がざわつく。
「人は変化を恐れます。でも、恐れたままでは町も、職員も、未来も腐ってしまいます」
「今こそ、この町を開かれた舞台に変えましょう」
――演説、完了。
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議会終了後。
中野、まどか、美紗たちが拍手する中、鷲田は無言のまま立ち去る。
だが、背中越しに一言。
「……言うじゃねぇか、嬢ちゃん」
それは、初めての敗北宣言だった。
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夕暮れ、庁舎の屋上。
「やり切ったのね、わたくし……」
くららは風を受けながら、つぶやいた。
その背後に、かつての幻影クラリスが立っている。
「貴女、民のために頭を下げるような令嬢になったの?」
「頭を下げるのは、誇りを捨てることではありませんわ。覚悟を見せることですのよ」
幻影は、静かに消えていった。