貴族の接遇、窓口に通ず
「本日より、窓口業務を担当いたします。綾小路くららと申しますわ。以後、お見知りおきを」
市民課窓口。そこは、現代行政の最前線である。
住民票の手続き、税金の相談、クレーム、クレーム、またクレーム。
「おい姉ちゃん、こっちはなあ、平日に仕事抜けてきてんだよ! なんで待たされるんだ!」
さっそく、怒鳴り声が飛んできた。
だが――。
「おや、それはご足労いただき感謝いたします。では、民の貴重なお時間を奪った罪、誠心誠意、お詫び申し上げますわ」
深々と一礼。美しい所作。完璧な敬語。気品。
怒鳴っていた中年男性、動揺。
「……え、いや、そんなつもりじゃ……」
「それではこちらの椅子におかけになって♡ 本件、貴殿の権利が最大限に尊重されるよう、最短ルートでご案内差し上げます」
「……あ、ありがとう」
退場。
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午後。
「うわ、なんだこのお嬢様……すげぇ、めっちゃ丁寧」
「対応された瞬間に怒れなくなる……これが威圧じゃなくて風格ってやつか」
「てか、めっちゃ筆跡きれいじゃない? 領収書、飾ろうかな」
市民の間に広がる謎のファン層。
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「……おい中野。この間の新入り、窓口でやたら話題になってるぞ。貴族対応とか言われて」
とある先輩職員が中野に耳打ちする。
中野は遠くからその様子を見ていた。窓口に立つくららは、どこか誇らしげだ。
「ふん……お客様じゃなく民として接してるんだな、あれ」
「え?」
「上下関係を見せてるようで、実は真剣に相手の尊厳を扱ってる……本物の接遇だよ、あれは」
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その日の帰り。
「くららさん、今日の対応、めちゃくちゃ助かりました! すっごいなあ、やっぱ接客のプロって感じで!」
日比野美紗がキラキラした目で話しかけてくる。
「まあ、当然ですわ。民の声に耳を傾けること――それこそが、統治者の基本ですもの」
美紗はうっとりしながらメモを取る。
「……統治者の基本っと。使えそう~」
「使いどころを誤ると、逆に炎上いたしますわよ」
「こわっ♡」
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その夜。
くららは寮の机に向かい、一冊のノートを開いた。
『観察記録:現代市民の感情と構造(初級編)』
――いつか本当に、この町を導くために。
今日もまた、ひとつ理解が進んだ気がした。