なんですの? その書類仕事とやらは
朝、出勤した瞬間から空気が変だった。
「お、おはようございます……綾小路さん……」
職員の一人が、まるで時限爆弾でも見たかのような目で会釈する。
「おはようございます。今日も民の平穏を守るため、邁進いたしますわ」
優雅に挨拶を返して執務室へ向かうと、すでに中野誠一が待っていた。
「綾小路さん。今日は書類整理からお願いするよ」
「しょるい……しごと? ……聞き慣れませんわね、その呪文」
ぴたりと中野の動きが止まった。
「え、まさか……いや、さすがに書類仕事って言葉は知ってるよね?」
「ふふっ、知っておりますわよ。仕事は仕える事――そして書類とは、おそらく魔導書のようなものでしょう? 火を吹くのかしら」
「吹かねえよ。というか、ちょっと本気で心配になってきた……」
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その日、くららは初めて、文書管理システムなる存在に出会った。
「この……ぱそこんとやらで、あの山積みの文書を扱うのですの? なるほど、魔術的操作を伴うタイプなのね」
「いや、そんなRPG感出さなくていいから。こっちは普通にExcel開くだけ」
クリック。
画面に広がる表。
くらら、硬直。
「な、なんという……これはまるで、情報の迷宮……!」
「いやExcelの表だから。慣れたら大丈夫だよ、たぶん……」
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案の定、騒動は起きた。
印刷ボタン連打→コピー機暴走。
ファイル保存ミス→共有フォルダ崩壊。
昼前には課全体がほぼ機能不全となり、中野は頭を抱えていた。
「……お願い、もう触らないで」
「中野さん。わたくし、民のために全力を尽くしているだけですのに……っ」
「全力が災害になってるの。貴族レベルの被害規模だから」
しかし――午後。
「では、書類はこう分類いたしましょう。施政方針は一括。決裁ルートは三段階まで削減。なぜこのような回りくどい仕組みにしているのですの?」
「そ、それは昔からの慣習で……」
「その昔という前例、今すぐ処刑いたしましょう」
「処刑……!?(比喩だよな!?)」
慣習という名の非効率を、論理と令嬢精神で次々と断罪していくくらら。
「回覧板は回すから時間がかかるのです。掲示すれば、民の目には早く届きますわ」
そしてついに、古参の職員までが呟いた。
「……この人、やるわよ。破壊の天才かと思ったけど、整理の天才だった……」
「破壊の整理ですわよ♡」
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その夜、定時後。
「なあ、中野くん。今日、新人さんのせいでコピー機壊れたんだろ? でも書類仕事は早く終わってるらしいね」
「……ええ。人は効率と威厳には逆らえないって、学びましたよ」
「なんか名言っぽいな……」
市役所総務課に、新たな伝説が生まれつつあった。