改革令嬢、今日も町を照らす
「市長選、正式に辞退だってよ」
「えっ、あのクラリス様が?」
「くららさん、だよ。最近みんなそう呼んでる」
庁舎のあちこちで、ささやき声が飛び交っていた。
かつては、コスプレ女と陰口を叩かれ、変人扱いされた彼女は――いまや、市役所の誰よりも、町の未来を語る人になっていた。
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「おはようございます。総務課の綾小路ですわ!」
変わらぬ気品。けれどその声には、どこか肩の力が抜けた、優しい響きがあった。
「おはようございます。くららさん、昨日の読み聞かせ、子どもたちに大人気でしたよ」
「ふふっ、わたくしの民を導く力が、ようやく通じたということですわね」
美紗がこっそり耳打ちする。
「でも、改革令嬢とかいうあだ名、本人には言えませんけどねぇ♡」
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くららの目に映る町は、以前よりも少しだけ、明るかった。
地域イベントに顔を出せば、住民が笑顔で声をかけてくる。
「おっ、くららさん! この間の申請、助かったよ!」
「今度またご意見、聞かせてくださいね!」
あの高飛車で浮世離れした元貴族は、いまやしっかりとこの町に根を下ろし、信頼を得ていた。
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昼下がり。中野と並んで公園のベンチに座る。
「……正直、最初はどうなることかと思ったよ。あんたの言動、常識の真逆ばっかでさ」
「わたくしも、庶民社会という異世界に困惑し続けておりましたわ」
中野は少し笑ってから、ふと真顔になる。
「でも、あんたが来て、確かに何かが変わった。役所も、町も、そして俺自身も」
くららは一瞬、目を丸くして――すぐにいつもの笑みに戻る。
「そのお言葉、わたくしの功績一覧に刻んでおきますわね」
「それ、どこにあるんだよ……」
「心の書庫、第二棚・右から三番目にございます」
「知らんがな」
二人の笑い声が、公園に溶けていった。
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庁舎の屋上に立つ、くらら。見下ろす町は、まだ課題だらけだ。
けれど、彼女はもう、ひとりで戦っているわけではない。
同僚がいる。理解者がいる。住民がいる。
そして何より、自分自身の中に、「この町を良くしたい」という想いがある。
「わたくしは、もう公爵令嬢ではございません」
「ただの地方公務員――いえ、この町の一員として」
風が髪をなびかせる。
かつてのクラリスなら、そんな風に乱される姿は許せなかっただろう。
でも今のくららは、まっすぐ前を見て、笑った。
「改革令嬢、今日も町を照らしてまいりますわ!」