選ばれしは、わたくし? 市長選という迷惑なお誘い
「くららさん、ちょっといいですか」
ある日、庁舎の一角。広報課の若手職員が、くららに話しかけてきた。
「今、町のアンケートで、次期市長にふさわしい人って項目があるんですけど……その、あなたの名前がけっこう上がってまして」
「……は?」
優雅な紅茶が一瞬、手元から滑り落ちそうになる。
「どこのどいつがそんな愚かなことを」
「まあ、たぶんイベントとか学校の件で市民の間に名前が広がってきたんでしょうね。えーと、今は正式な立候補者ではないですけど、次期の風雲児って言われてます」
「風雲児!? わたくしが!? 田舎町の政局の!?」
くらら、半ギレ。
====
その日から、くららの周囲はざわつき始める。
市民からの感謝の手紙には、「市長になってください」の言葉が混ざり始め、
職員の間でも「実際、あの人がトップのほうが合理的じゃないか?」という声まで。
そんな中、くららは中野誠一に詰め寄る。
「聞きましたわよ、あなたも支持派に回ったとか」
「いや、俺はただ、この町を変えられる人って聞かれたから正直に答えただけで」
「……裏切り者」
「でも、くららさん。もしあなたが市長になったら、きっと面白くなる。町も、役所も」
その言葉に、くららは静かに目を伏せる。
「わたくしは面白さで生きているわけではありません。責任があるのです」
====
その夜。くららは幻影――かつてのクラリスと再び対峙していた。
「庶民のために汗を流す? 民の声に身を任せる? あなたはもう、貴族ではないのね」
「そうですわ。……そして、それがどれほど尊いことか、あなたにはわからない」
「民に媚びる道化として生きるつもり?」
「民に仕える者こそ、真の高貴ですわ」
クラリスの幻影は静かに微笑み、やがて霧のように消えた。
====
翌朝。役所の屋上で、くららはひとり町を見下ろしていた。
老朽化した商店街。廃校寸前の中学校。疲弊した市民。
「この町を……導く?」
風が髪を撫でる。あの乙女ゲームの世界にあった、王城のバルコニーを思い出す。
でも今は、そこにあるのは責任と未来。
「――覚悟だけは、しておきましょうか」
その言葉を風に乗せて、彼女は微笑んだ。