断罪された令嬢、公務員に転生す
――公開処刑かと思った。
「クラリス・アリア・フォン・グリューエン! あなたは数々の悪行により、この場で断罪されます!」
ざわめく貴族たち。涙ぐむ聖女。震える王子。その中央で、わたくしは静かに、そして優雅に一礼してみせた。
「悪行とは、具体的に何を指しておいでですの?」
そう尋ねたときの、王子の目。まるで何かを、わかっていたような、複雑な感情が滲んでいたのを、わたくしは見逃さなかった。
だが、言い訳など無粋の極み。わたくしは貴族。誇りを持って、敗北を受け入れる所存――
……だった、はずなのに。
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「……受験番号〇三二。あ、綾小路くららさん? ではこちらの面接室へどうぞ~」
開け放たれたドアの向こう、よくわからないスーツ姿の男たちが、何やら書類を広げている。
え?
わたくし、死んだのではなくて? あの断罪イベントは? 魔王の陰謀でも、転生女主人公の手柄でもなく、普通に無慈悲なBAD ENDだったのではなくて?
「おい、次の受験者入ったぞ」
「えーと、くららさん? まずは志望動機を……」
パキン。
何かが音を立てて割れた気がした。たぶん、現実と理性である。
だが、そこは元・悪役令嬢。即座に切り替え、背筋を正す。
「……志望動機? もちろんですわ。民を導くのは貴族の務め――ならば、この時代で言うところの地方公務員こそ、その務めにふさわしいと判断いたしましたの」
「……」
「……」
静まり返る面接室。
一人の面接官が、おそるおそる尋ねた。
「あの、どちらのご出身……?」
「グリューエン公爵家、クラリス・アリアと申します。……ああ、現在はこちらの世界では、綾小路くららと登録されておりますわね。慣れませんこと」
そして見よ、この堂々たる態度。
元・令嬢魂、今ここに開花。
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それから数週間後。
「――合格? わたくしが……?」
信じられないことに、あの混乱の面接で採用通知が届いた。
わたくし、晴れて現代日本の地方公務員に就任いたしました。
「やはり、面接官の目は確かでしたのね。ふふっ、民の未来、わたくしが照らして差し上げますわ!」
そして迎えた初出勤の日――
「……あの、君、何かの撮影の方?」
迎えてくれたのは、黒髪に眼鏡の男性。スーツ姿、手には書類束。疲れた目つきでこちらを見ている。
「わたくしは職員、綾小路くららですわ。今日からよろしくお願いいたします、教育係の……?」
「中野誠一、総務課。……いやマジで、キャラ濃すぎだろ……」
そうつぶやいた彼が、のちにツッコミ役として定着するなど、このときのわたくしはまだ知らなかった。
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その日の午前中だけで、事件は起きた。
「……パソコン、触ったことない?」
「聞いたこともありませんわ。魔導具の一種ですの?」
「……この女、マジかよ」
コピー機、エアコン、給湯室……すべてが未知との遭遇だった。が。
「これが、業務フローですか。まるで下層の迷宮ですわね……ふむ、ならばこう改善いたします」
持ち前の観察力と統率力を発揮し、指示だけは的確に飛ばすわたくし。
「書類整理は右から左へ。段取りは朝のうちに。先延ばしという悪徳、わたくしの職場では許しませんわ!」
「は、はいっ!」
なぜか新人なのに、みなわたくしの指示に従って動き始めた。
その理由は、中野がこっそり言っていた。
「……威圧感と品のある敬語で、パワハラに見えない。しかも実際、ミスが減ってる……」
気づけばわたくし、現場の女帝とささやかれるようになっていた。
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昼休み。ふと窓辺に立って、わたくしはこの町を見渡す。
瓦屋根の家々。遠くに見える山。公園で遊ぶ子どもたち。
貴族制度も、魔法もない。けれど――
「……ふふっ、民の平和はいつだって尊いものですわ」
「何笑ってんすか、女帝さん」
「中野さん。お茶でも持ってきてくださる?」
「それ俺の仕事じゃないから」
そんなやりとりすら、どこか心地よい。
これは新たな舞台。かつての悪役令嬢が、再び歩みを始める場所。
「わたくし、今度こそ……この世界で、本物の誇りを築いてみせますわ」
決意を胸に、窓の外を見つめるその背には、まだ名もなき革命の風が、そっと吹いていた。