能力を使い過ぎるとろくなことにならない。
夕日が沈む中、
「佐藤くん、一緒に帰るよ!」
学校の下駄箱の前で、相澤がそう言って佐藤の腕を引いた。
「えっ、あ、うん……」
佐藤は少し驚いた様子だったが、どこかホッとしたように相澤の隣に並ぶ。
「無事に家に帰すまでが依頼だからね!」
そう言って笑う相澤の横で、佐藤は「お世話になりました…」と俺と時任に頭を下げた。
少しの沈黙の後
「じゃあな」
それだけ言って、時任はスタスタと歩き出す。
俺は少し迷ったが、結局、彼の背中を追いかけた。
「なあ、さっきの能力について詳しく教えてくれないか?」
時任は無言のまま、しばらく歩き続けた。
街灯の明かりがぼんやりと歩道を照らしている。
学校の喧騒とは違う、静かな空気が流れていた。
「……知りたいなら、お前のことも話せ」
足を止めず、時任が鋭い口調で言った。
俺は少し躊躇ったが、腹を決めた。
「……俺は、神の子かもしれない」
時任がピクリと反応した。
「傷を治せる能力があるんだ。さっき、学校の廊下を歩いてた時、外からサッカーボールが飛んできてそれが廊下の窓に当たってガラスが割れたんた。
その時、一緒にいた黒咲が顔に傷を負って…」
「…その傷をお前が治したっていうのか?」
「あぁ。俺が治した。自分でも詳しいことはわからないけど……つい最近、母さんが俺の父親について言ってたんだ。
『あんたの父親は傷を治す力を持っていた』って。
だから、俺もその力を受け継いでいるのかもしれない」
時任はしばらく黙っていたが、やがて口を開く。
「……そうか」
短くそう言った後、時任は自分の能力について語り始めた。
「改めて言うが俺は<時を止める力>を持ってる…」
俺はごくりと息を呑む。
「幼い頃に一度、能力を使ったことがある。あれ以来、使ってこなかったんだが…
今日で二回目だ」
「今まで生きてきて、たった二回しか使ってないのか?」
時任が静かに頷く。
「…得体のしれない力なんてリスクがつきものだろ。
さっきだって、本当は使いたくなかった」
時任の声には、どこか自嘲が混じっている。
「けど、使わなきゃ佐藤は屋上から落ちていた。だから使ったんだ」
彼はそう言うと、少し息をつく。
「……俺の能力は、一日一回が限界だ。
今も、能力を使ったせいで体がだるいし重い」
そう言った時任の横顔は、どこか疲れたような、それでいて少し達観したような表情だった。
「それより、さっきの嵐みたいな天気……あれは一体なんだったんだろうな」
時任がふと呟く。
俺は歩きながら、自分が思っていることを話すべきかどうか迷った。
あれは偶然じゃない。
嵐がきたあの瞬間、黒咲の周囲に異常なエネルギーを感じた。
彼女が怒った時、天気が荒れたのはただの偶然なのか?
それとも——
「何か心当たりがあるのか?」
時任が俺の表情を見て問いかける。
「いや、何も……」
俺は曖昧に言葉を濁し、視線を逸らす。
その時だった。
視界の端に、コンビニの明かりが入った。
何気なくそっちを見ると、黒咲が数人の派手な女子生徒たちに囲まれていた。
女子生徒達の制服を見るにうちの学校の生徒だろう。
「おい、ここで何してる?」
時任が気怠そうな声で
女子生徒達に声をかけた。
「あっ!優也くん!!聞いてよ!」
俺たちに気づいた女子生徒の一人が時任に駆け寄り、突然、態度を変えて媚びるような仕草を見せた。
どうやら時任に気があるらしい。
「何かあったのか?」
そう言って黒咲のほうを見る。
今にも泣き出しそうな彼女は「ほおっておいて」と目を伏せた。
「この子さぁ、私たちにぶつかってきたのに謝らないの!マジでありえないんだけど」
女子生徒の一人が言った。
「ぶつかってきたのはそっちでしょ…」
声を震わせながら黒咲が反論する。
「どちらが先だったかはともかく、お互い謝ったほうがいいんじゃないか?
このまま深夜まで言い争いたいっていうなら話は別だが…」
時任が静かに言った。
一瞬、気まずい沈黙が流れる。
女子生徒たちは納得いかない様子だったが、時任にそう言われると文句も言えないのか、
「……わかった。ごめん」と渋々折れた。
黒咲も俯きながら
「……私も…ごめんなさい」と口にする。
それからしばらくして
「優也くん。これは仮だから!必ず返してね!」と
女子生徒たちは満足そうに去っていった。
「…くそっ、面倒なことになった」
時任が頭を掻きながら言った。
「巻き込んでごめんなさい」と黒咲が軽く頭を下げる。
「気にするな。じゃあな」
そう言って時任が足早にその場を後にする。
今は午後8時前くらいだろうか、辺りはすっかり暗い。
冷たい風が吹く中、黒咲と二人で誰もいない住宅地を歩く。
「あの…神谷くん…」
と黒咲が照れくさそうに
「頬の傷…、ありがとう」
そう呟いた。
黒咲の頬にあった傷は跡形もなく、とても綺麗な状態に見える。
「どうやって治したのか気にならないのか?」
思わず心の声が漏れた。
長い沈黙の後、黒咲が口を開く。
「不思議なこと…、今まで沢山あったから…」
「不思議なことって?…今日の嵐みたいな?」
「うん…。私の周りで色んなことが起こるの…。
それが嫌でお祓いとか行ってるんだけど全然効果がなくて…」
そりゃあそうだ。
黒咲が破壊神の子供であるなら、お祓いでどうこうできる問題じゃない。
「神谷くんは私と真逆なのかも…」
「えっ?」
「神谷くんの周りでは良い事がたくさん起こる…、そんな気がする」
俺は肯定も否定もできなかった。
俺は自分の能力についてわからないことだらけだ。
ふと、さっき時任が言っていた言葉が頭の中に響き渡る。
<…得体のしれない力なんてリスクがつきものだろ>
俺に神の力があるとするなら、そのリスクって一体…。
なんともいえない不穏な影が心の中に広がっていくように感じる。
「あたしの家、こっちだから。またね」
黒咲はそう言って俺に背を向けた。
「あぁ、また明日…」
まだまだ聞きたいことはあったはずなのに、俺は黒咲に何も聞けなかった。
彼女の過去になにがあったのか、まだわからない。
だけど、確信だけはあった。
黒咲アンナは、"自分が破壊神の子供だとは微塵も思っていない"。
それが俺の"運命"にどう関わるのか——それは、知る由もなかった。
まだ続きます。