危ない状況を救ってくれる友人は大切にするべきだ。
校門を出て、俺たちは黒咲の家へと向かった。
「……このへんって、住宅地だったっけ……?」
案内されたその家は、俺の想像をはるかに超えていた。
大きな門。広い庭。
重厚な作りの一軒家――。
内心、(もしかして黒咲って、すごいお嬢様……?)
と呟いてしまいそうになる。
でも、口には出さない。
今の黒咲に、返事をする余裕はないだろうから。
「……送ってくれて、ありがとう……」
黒咲が、か細い声でそう言って、家の中へと消えていった。
二人きりになった帰り道、俺は時任に話しかけた。
「……ごめん。さっき、言いそびれてたことがある」
そして、俺は話した。
音無に騙されていたこと、直井先生に能力について問い詰められたこと、
屋上で赤井が黒咲を連れて現れたこと。
それから、あの剣のこと――
そして、直井先生が倒れた瞬間のことまで。
全部、ありのままに。
「……そうか。つまり、直井先生は……」
黙り込んだ時任は、しばらくしてから小さく言った。
「……もしその話が本当なら、
先生の中に“何か”が入り込んだ可能性がある。
身体に外傷がなかったのは、むしろ危険な兆候かもしれない」
「俺も、同じことを考えてた」
あの時の黒い霧――
明らかに、普通の怪我とは違っていた。
目に見えない、けれど確実に“悪意”のようなものが、
直井先生の中に流れ込んでいた気がした。
「明日、部室で改めて情報を整理しよう。
……その前に、直井先生の様子が確認できたらいんだが…」
時任の言葉に、俺はうなずく。
「朝、学校に着いたら直井先生に会いに行こう」
「そうだな。そうしよう」
「…じゃあ、また明日」
「あぁ、またな」
そう言って、時任は俺に背を向け歩き出した。
俺はしばらくその背中を見送ったあと、
自分の家の方向へと歩みを進めた。
〇●〇
翌日――。
教室に入って、なにやら騒がしいクラスメイト達の声に
俺は耳を傾けた。
「今日、直井先生、休みなんだって~」
「先生が休むなんて珍しいよね。何かあったのかな?」
「黒咲さんも体調不良で休みらしいし、なんかありそうだよね」
「実は裏で付き合ってるとか?」
「そんなわけないじゃん!ありえないって!」
まさかとは思っていたが、やはり……。
黒咲も直井先生も体力、精神的に疲れているに違いないと俺は思う。
俺はすぐにスマホを取り出して、音無に連絡を入れた。
<なあ、今どこにいるんだ?>
すぐに返ってきた返信には、意外なことが書かれていた。
<直井先生の家で看病してる。先生、ひとり暮らしだから。放っておけないだろ>
看病してるって……。
音無にとって直井先生は実の兄弟みたいに大切な存在なのか?
もやもやした気持ちを抱えながら授業を終え、
放課後、教室から部室に向かって歩いていたとき――。
「神谷、時任、話がある」
聞き慣れた低い声が俺の背中を貫いた。
振り返ると、そこには熊田の姿があった。
険しい表情。
冗談を言うような空気じゃない。
「わかってると思うが、昨日あったことについて話してもらうぞ」
俺と時任は顔を見合わせ、うなずいてから、熊田のあとについて部室へ向かった。
おそらく熊田が相澤達に部室を空けるよう言っていたのだろう。
部室の空気は、昨日とは別物だった。
誰もいない、静かな空間に、重苦しい空気だけが残されていた。
熊田は扉を閉め、ゆっくりとこちらを見た。
「……昨日の件について、何があったのか正直に話してくれ」
あの件、というのが何を指すかは言うまでもない。
屋上で起きた“あの異変”。
黒咲の能力、直井先生が倒れた本当の理由。
音無や赤井のこと。
そして、時任の力ですら止められなかった、あの剣。
ふと、黒咲の顔が、脳裏に浮かぶ。
(大丈夫かな……)
昨日のことを思い返すたびに、胸の奥が締めつけられるように苦しくなる。
あのとき、あの場にいたのは俺で、あんな状況に彼女を巻き込んだのも――俺だ。
黒咲のことはともかく、俺のことを全て話していれば、
あんなことにはならなかったのかもしれない…。
「神谷、ちょっと…」
ぼそっと、すぐ隣から声が聞こえた。
時任が心配そうな顔で俺の手を引き、熊田から距離を取る。
「熊田には、俺がそれっぽいことを説明しておく。
お前は……黒咲と直井先生の様子を確認しにいってくれ」
「……いいのか?」
「あぁ。……黒咲に関しては、お前が一番、気にかけてることだろ?」
俺は小さくうなずいて、熊田の方に目を向ける。
「すみません、熊田先生。これからちょっと用事があって……先に失礼します」
一瞬、熊田の顔がしかめっ面になった。
「お前ら、本当のことを話す気はないようだな」
「先生、俺が全部話します」
ぴしゃりと、時任の声が飛んできた。
まるで時間を計ったかのようなタイミングだった。
「昨日、屋上で何があったかは、俺がすべて説明します。
だから、神谷を行かせてやってください」
熊田はじろりと俺を睨んだが、やがて肩をすくめ、ため息をついた。
「……仕方ないな。好きにしろ」
「ありがとうございます」
俺は深く頭を下げ、その場を足早にあとにした。
黒咲の家までそう遠くない。
昨日、彼女を送っていった道を、俺の足で、確かにたどっていく。
その胸にはただひとつ――
黒咲の無事を願う気持ちだけが、静かに灯っていた。




