時として冷静さが何もよりも大事だったりする。
「時任をここに呼び出して、危険な目にあわせれば――
お前と時任の能力を、目の当たりにできると思ったんだ。
俺達は能力者を探してる…。神様につながる能力者を…ずっと…」
音無は言いづらそうにしながらも、俺の目を見てそう言った。
「……こら、素直に全部話してどうするんだよ」
直井先生がため息まじりに、音無の頭をぽん、と軽く叩く。
まるで弟をたしなめる兄のように。
なんだろう。
さっきまであれだけ張りつめていた空気が、少しだけ緩んだ。
(……二人は、最初からグルだったのか?)
俺の中に一つの疑念が湧き上がり、それが言葉として口から漏れる。
「おい、まさか……あの体育館のときのやつ、全部演技だったのか?」
「大人の前だと皆、取り繕うからね。
音無の能力を知った皆の素の反応が知りたかったんだ」
先生は悪びれもせず続ける。
「音無の能力については、僕は全部把握してる。
音無の能力の事を知って、誰かが能力について話すと思ったんだけど…
少し、考えが甘かったみたいだ」
そこまで言って、先生は俺にまっすぐ視線を送ってきた。
「まぁ、でも、いま君に聞けば、問題ない。
隠してることを全て話してもらうよ」
「……俺があんたに話すと思うか?」
俺は静かに言った。
怒りや警戒心というよりも、あきれの混じったトーンで。
「話すだろ、この状況なら!」
その声がしたのは、屋上の出入口だった。
ギィ……と重たい扉が開き、冷たい風と共に、見慣れた男が姿を見せた。
「なっ…!!!」
俺は目を疑った。
赤い髪の男…。
音無の友人である彼の腕には――黒咲が、ぐったりと抱えられていた。
「赤井さん、あんた黒咲に何を……!」
俺の問いに、彼は冷めた笑みを浮かべた。
「お前が話さなければ、この子に何が起こるかわからない。
そう言えば、お前はきっと話す。違うか?」
「てめえ……!」
思わず一歩踏み出しかけた俺を、直井が手で制止する。
「大丈夫。彼女は気を失ってるだけだ」
俺は直井の手を振り払い、赤井の方へと駆け寄る。
「黒咲を離せ!!」
俺は怒鳴った。
感情が制御できない。
拳を握りしめ、赤井の腕から黒咲を引き剥がそうと詰め寄る。
「離せって言ってるだろうが!!」
しかし、赤井の腕は鉄のように固く、黒咲の身体を抱きしめたまま微動だにしなかった。
「くそっ……!黒咲!!黒咲!!目を覚ませ!!」
必死に呼びかける俺の声に――
「……っ……かみ、や……くん……?」
彼女のまぶたがゆっくりと開き、
黒咲が目を覚ました。
その瞬間。
バチィィッ――!
空間が軋み、そしてそこに“それ”は現れた。
禍々しい、闇の中から削り出したような剣。
刃の先が、赤井に向かって一直線に突きつけられている。
「な、なんだ……あれは……?」
音無がうめくように言った。
「すごい……。あんなもの、見たことがない。
あれが……彼女の能力なのか……!?
赤井、離れろ。あれは危険だ…」
直井が震える声で呟きながら、黒咲に近づこうとした、
そのとき――
ギィィィンッ!!!
剣の矛先がぐるりと軌道を変え、今度は直井に狙いを定めた。
「っ!?」
直井がよける間もなく、剣が稲妻のようなスピードで――
ズバァァァッ!!!
――直井の身体を貫いた。
「なっ……!?」
膝から崩れ落ちる俺。
「なん、で……!?」
屋上の空気が一変した。
風が止まったわけじゃない。
音が消えたわけでもない。
時間が――“止まった”のだ。
すべてが静止する中で、ただ一つ。
あの禍々しい剣だけが、止まらなかった。
直井の胸を貫いた剣から、黒い光がじわじわと漏れ出し、
辺りの空間を浸食していく。
「くそっ……間に合わなかったか……」
屋上の扉の向こうから、ゆっくりと時任が現れた。
肩を落とし、額に手を当てている。
「……時任……!」
「神谷……」
時任は俺のそばまで来て、静かに息を吐いた。
「……時任……どうしてここに?」
俺が問いかけると、時任は口元に手をあて、短く息を吐いた。
「……音無が、俺の後をつけている気がして…
気になってここに戻ってきたんだ」
その時のことを思い出すように、時任は目を細めた。
「悪い…。黒咲のこと…もっと早く気付くべきだった」
その言葉に俺が何か返す前に、――声が響いた。
「先生!!直井先生!!!」
音無だった。
地面に倒れた直井の肩を必死に揺さぶっている。
「きゅ、救急車!!早く呼んでくれ!!だれか!!」
完全にパニックだ。
冷静さのかけらもない。
俺はそんな音無の肩に手を置いて、少しだけ強く言った。
「落ち着け。……先生が無事か……確認する」
音無が震える手で身を引く。
俺はゆっくりと先生に歩み寄った。
禍々しい剣は、すでに消えていた。
だが――。
「……なんだ、これ……?」
先生の身体は、黒い“霧”のようなものに包まれていた。
煙のような、影のような。
けれど、それは確かに、まとわりつくように直井先生の体を覆っている。
外傷は、どこにも見えなかった。
けれど、ただの気絶――なんかじゃない。
俺の直感が、そう告げていた。
「……っ」
俺はおそるおそる、先生の方に手を伸ばし、黒い霧に触れる。
すると、その霧は指先から静かに溶けて、薄れていった。
「直井先生!」
そう言って赤井が黒咲を手放した、その瞬間。
俺は黒崎に駆け寄って、彼女の体をしっかりと抱きしめた。
「黒咲……!」
その体は、小さく震えていた。
苦しげな顔で、黒咲はゆっくりと目を開ける。
「……かみ、や……くん?」
かすれる声。
けれど、それでも俺の名を呼んだ。
「黒咲……よかった……!」
無事だ。
それがわかって、心の奥底から安堵がこみあげる。
だが、安心する間もなく――
屋上の扉が開いた。
「な……お前達、ここでなにをしてるんだ!?」
熊田先生だった。
倒れている直井先生に目をとめ、急いで駆け寄る。
「お前ら、これはどういうことだ?」
熊田の鋭い視線が俺たち全員をとらえる。
俺は立ち上がり、答えた。
「皆で直井先生と話してたんです。そしたら、急に先生が倒れて……!」
嘘を混ぜながら、なるべく冷静に。
でも、それを遮るように音無が叫ぶ。
「嘘をつくな!
その女の能力で先生がこんな目に遭ったんだ!」
音無の指が、黒咲を指し示していた。
「っ……わたし……どうしよう……そんな……」
黒咲が小さく震えながら、膝をつく。
「違う! 黒咲がやったんじゃない!」
俺が間髪入れずに否定する。
「だったら、さっきの剣はなんだ!?
あの女が出したあの禍々しい剣が、先生を刺して……!」
音無の言葉は、鋭く、暴力的だった。
「いやぁああああ!!!」
黒咲の絶叫が、夜空に響いた。
そのときだった。
「……くっ、なんなんだ、一体…」
誰かの声がした。
声の主は――
倒れていたはずの直井先生だった。
「直井先生……!?」
俺だけでなく、赤井も、音無も、熊田先生までもが目を見開いた。
直井先生は、のそりと上半身を起こし、ゆっくりと立ち上がった。
「先生……! 本当に大丈夫なんですか!?」
心配そうに直井先生を見る音無と赤井を、彼は片手で制した。
「僕は大丈夫。それより……熊田先生、心配をおかけしました」
「……直井……お前、本当に……なんともないのか?」
「ええ、ちょっと貧血で倒れちゃったみたいです…」
そう言って、先生は微笑みながら熊田に頭を下げた。
黒咲が、しゃがんだままゆっくりと顔を上げる。
震えながら、直井先生の方を見つめていた。
先生は、そんな黒咲にゆっくりと歩み寄る。
だが――。
「それ以上、近づくな」
俺は二人の間に割って入った。
黒咲を守るようにして、直井先生の前に立ちふさがる。
「……」
先生が一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべた。
「黒咲は……悪くない」
そう言う俺を先生は黙って見つめる。
言葉にできない静けさが、屋上に流れていた。
黒咲を、誰の罪にもさせはしない。
たとえ、全員を敵に回したとしても――。
「……もう、今日は話し合える状態じゃない」
ぽつりと時任が言った。
沈んだ声。
けれど、俺の心にはその冷静さが妙に染みた。
「何があったかは、明日、部室でちゃんと話し合った方がいい。
みんなが落ち着いてからじゃないと、まともに話もできない。
それでいいですか?熊田先生?」
たしかにその通りだと思った。
今のこの状況で言葉を交わせば、余計に混乱を招くだけだ。
「あぁ……そうだな」
熊田先生がため息混じりに言った。
重たい空気の中、熊田はみんなの顔を順番に確認し、
無事を確かめたあとで、静かに屋上をあとにした。
「行きましょう、先生」
音無がぽつりと言い、赤井もそれに続いた。
直井先生は何も言わず、二人の後に続いて歩き出す。
屋上には俺と、震える黒咲、そして時任の三人だけが残された。
「黒咲……」
「神谷くん、私……すごく、こわいよ……」
弱々しくこぼれる声。
俺はそっと黒咲の肩を抱き寄せ、支えながら屋上をあとにした。
時任も無言で隣を歩いてくれる。
その静けさが、ありがたかった。




