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20/21

時として冷静さが何もよりも大事だったりする。

「時任をここに呼び出して、危険な目にあわせれば――

お前と時任の能力を、目の当たりにできると思ったんだ。

俺達は能力者を探してる…。神様につながる能力者を…ずっと…」


音無は言いづらそうにしながらも、俺の目を見てそう言った。


「……こら、素直に全部話してどうするんだよ」


直井先生がため息まじりに、音無の頭をぽん、と軽く叩く。

まるで弟をたしなめる兄のように。


なんだろう。

さっきまであれだけ張りつめていた空気が、少しだけ緩んだ。


(……二人は、最初からグルだったのか?)


俺の中に一つの疑念が湧き上がり、それが言葉として口から漏れる。


「おい、まさか……あの体育館のときのやつ、全部演技だったのか?」


「大人の前だと皆、取り繕うからね。

音無の能力を知った皆の素の反応が知りたかったんだ」


先生は悪びれもせず続ける。


「音無の能力については、僕は全部把握してる。

音無の能力の事を知って、誰かが能力について話すと思ったんだけど…

少し、考えが甘かったみたいだ」


そこまで言って、先生は俺にまっすぐ視線を送ってきた。


「まぁ、でも、いま君に聞けば、問題ない。

隠してることを全て話してもらうよ」


「……俺があんたに話すと思うか?」


俺は静かに言った。

怒りや警戒心というよりも、あきれの混じったトーンで。


「話すだろ、この状況なら!」


その声がしたのは、屋上の出入口だった。


ギィ……と重たい扉が開き、冷たい風と共に、見慣れた男が姿を見せた。


「なっ…!!!」


俺は目を疑った。


赤い髪の男…。

音無の友人である彼の腕には――黒咲が、ぐったりと抱えられていた。


「赤井さん、あんた黒咲に何を……!」


俺の問いに、彼は冷めた笑みを浮かべた。


「お前が話さなければ、この子に何が起こるかわからない。

そう言えば、お前はきっと話す。違うか?」


「てめえ……!」


思わず一歩踏み出しかけた俺を、直井が手で制止する。


「大丈夫。彼女は気を失ってるだけだ」


俺は直井の手を振り払い、赤井の方へと駆け寄る。


「黒咲を離せ!!」


俺は怒鳴った。

感情が制御できない。

拳を握りしめ、赤井の腕から黒咲を引き剥がそうと詰め寄る。


「離せって言ってるだろうが!!」


しかし、赤井の腕は鉄のように固く、黒咲の身体を抱きしめたまま微動だにしなかった。


「くそっ……!黒咲!!黒咲!!目を覚ませ!!」


必死に呼びかける俺の声に――


「……っ……かみ、や……くん……?」


彼女のまぶたがゆっくりと開き、

黒咲が目を覚ました。


その瞬間。


バチィィッ――!


空間が軋み、そしてそこに“それ”は現れた。


禍々しい、闇の中から削り出したような剣。


刃の先が、赤井に向かって一直線に突きつけられている。


「な、なんだ……あれは……?」


音無がうめくように言った。


「すごい……。あんなもの、見たことがない。

あれが……彼女の能力なのか……!?

赤井、離れろ。あれは危険だ…」


直井が震える声で呟きながら、黒咲に近づこうとした、

そのとき――


ギィィィンッ!!!


剣の矛先がぐるりと軌道を変え、今度は直井に狙いを定めた。


「っ!?」


直井がよける間もなく、剣が稲妻のようなスピードで――



ズバァァァッ!!!





――直井の身体を貫いた。



「なっ……!?」


膝から崩れ落ちる俺。


「なん、で……!?」


屋上の空気が一変した。


風が止まったわけじゃない。

音が消えたわけでもない。


時間が――“止まった”のだ。


すべてが静止する中で、ただ一つ。


あの禍々しい剣だけが、止まらなかった。


直井の胸を貫いた剣から、黒い光がじわじわと漏れ出し、

辺りの空間を浸食していく。


「くそっ……間に合わなかったか……」


屋上の扉の向こうから、ゆっくりと時任が現れた。

肩を落とし、額に手を当てている。


「……時任……!」


「神谷……」


時任は俺のそばまで来て、静かに息を吐いた。


「……時任……どうしてここに?」


俺が問いかけると、時任は口元に手をあて、短く息を吐いた。


「……音無が、俺の後をつけている気がして…

気になってここに戻ってきたんだ」


その時のことを思い出すように、時任は目を細めた。


「悪い…。黒咲のこと…もっと早く気付くべきだった」


その言葉に俺が何か返す前に、――声が響いた。


「先生!!直井先生!!!」


音無だった。

地面に倒れた直井の肩を必死に揺さぶっている。


「きゅ、救急車!!早く呼んでくれ!!だれか!!」


完全にパニックだ。

冷静さのかけらもない。


俺はそんな音無の肩に手を置いて、少しだけ強く言った。


「落ち着け。……先生が無事か……確認する」


音無が震える手で身を引く。

俺はゆっくりと先生に歩み寄った。


禍々しい剣は、すでに消えていた。

だが――。


「……なんだ、これ……?」


先生の身体は、黒い“霧”のようなものに包まれていた。


煙のような、影のような。

けれど、それは確かに、まとわりつくように直井先生の体を覆っている。


外傷は、どこにも見えなかった。


けれど、ただの気絶――なんかじゃない。

俺の直感が、そう告げていた。


「……っ」


俺はおそるおそる、先生の方に手を伸ばし、黒い霧に触れる。

すると、その霧は指先から静かに溶けて、薄れていった。


「直井先生!」


そう言って赤井が黒咲を手放した、その瞬間。


俺は黒崎に駆け寄って、彼女の体をしっかりと抱きしめた。


「黒咲……!」


その体は、小さく震えていた。

苦しげな顔で、黒咲はゆっくりと目を開ける。


「……かみ、や……くん?」


かすれる声。

けれど、それでも俺の名を呼んだ。


「黒咲……よかった……!」


無事だ。

それがわかって、心の奥底から安堵がこみあげる。


だが、安心する間もなく――

屋上の扉が開いた。


「な……お前達、ここでなにをしてるんだ!?」


熊田先生だった。

倒れている直井先生に目をとめ、急いで駆け寄る。


「お前ら、これはどういうことだ?」


熊田の鋭い視線が俺たち全員をとらえる。


俺は立ち上がり、答えた。


「皆で直井先生と話してたんです。そしたら、急に先生が倒れて……!」


嘘を混ぜながら、なるべく冷静に。

でも、それを遮るように音無が叫ぶ。


「嘘をつくな! 

その女の能力で先生がこんな目に遭ったんだ!」


音無の指が、黒咲を指し示していた。


「っ……わたし……どうしよう……そんな……」


黒咲が小さく震えながら、膝をつく。


「違う! 黒咲がやったんじゃない!」


俺が間髪入れずに否定する。


「だったら、さっきの剣はなんだ!? 

あの女が出したあの禍々しい剣が、先生を刺して……!」


音無の言葉は、鋭く、暴力的だった。


「いやぁああああ!!!」


黒咲の絶叫が、夜空に響いた。


そのときだった。


「……くっ、なんなんだ、一体…」


誰かの声がした。

声の主は――

倒れていたはずの直井先生だった。


「直井先生……!?」


俺だけでなく、赤井も、音無も、熊田先生までもが目を見開いた。


直井先生は、のそりと上半身を起こし、ゆっくりと立ち上がった。


「先生……! 本当に大丈夫なんですか!?」


心配そうに直井先生を見る音無と赤井を、彼は片手で制した。


「僕は大丈夫。それより……熊田先生、心配をおかけしました」


「……直井……お前、本当に……なんともないのか?」


「ええ、ちょっと貧血で倒れちゃったみたいです…」


そう言って、先生は微笑みながら熊田に頭を下げた。


黒咲が、しゃがんだままゆっくりと顔を上げる。

震えながら、直井先生の方を見つめていた。


先生は、そんな黒咲にゆっくりと歩み寄る。

だが――。


「それ以上、近づくな」


俺は二人の間に割って入った。


黒咲を守るようにして、直井先生の前に立ちふさがる。


「……」


先生が一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべた。


「黒咲は……悪くない」


そう言う俺を先生は黙って見つめる。


言葉にできない静けさが、屋上に流れていた。

黒咲を、誰の罪にもさせはしない。

たとえ、全員を敵に回したとしても――。


「……もう、今日は話し合える状態じゃない」


ぽつりと時任が言った。


沈んだ声。

けれど、俺の心にはその冷静さが妙に染みた。


「何があったかは、明日、部室でちゃんと話し合った方がいい。

みんなが落ち着いてからじゃないと、まともに話もできない。

それでいいですか?熊田先生?」


たしかにその通りだと思った。

今のこの状況で言葉を交わせば、余計に混乱を招くだけだ。


「あぁ……そうだな」


熊田先生がため息混じりに言った。


重たい空気の中、熊田はみんなの顔を順番に確認し、

無事を確かめたあとで、静かに屋上をあとにした。


「行きましょう、先生」


音無がぽつりと言い、赤井もそれに続いた。

直井先生は何も言わず、二人の後に続いて歩き出す。

屋上には俺と、震える黒咲、そして時任の三人だけが残された。


「黒咲……」


「神谷くん、私……すごく、こわいよ……」


弱々しくこぼれる声。


俺はそっと黒咲の肩を抱き寄せ、支えながら屋上をあとにした。


時任も無言で隣を歩いてくれる。

その静けさが、ありがたかった。






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