闇属性の美少女がクラスメイトなんてよくあることだ。
翌日。
入学式を終えた俺は、教室へ戻った。
クラスメートたちはすでにグループを作って談笑しているが、俺はどこにも属せずにいた。
「……はぁ」
新しい環境になれば自然と馴染めるなんて、そんな都合のいい話はない。
俺は自分の席に座り、ぼんやりと窓の外を眺める。
しばらくして、教師らしき男が教室に入ってきた。
熊の様にごつい体をした中年の男。
どうやら彼が俺の担任らしい。
黒板に大きな文字で熊田ひろしと書いた男は教壇に立ち、つまらないギャグを交えた自己紹介を始めた。
「えー、このクラスの担任の熊田ひろしだ!好きな特技は…
えー、こりゃ…くまったなぁ……!」
シーンと静まり返る教室。
「おいおい!お前ら!ノリが悪いぞ」熊田が頭をかき言った
そのとき、扉が開き、一人の女子生徒が入ってくる。
「入学初日で遅刻とはな……」
熊田はあきれた様子で女子生徒を見つめ、説教を始める。
しかし、女子生徒は無言でうつむく。
次の瞬間。
女子生徒の背後から禍々しい闇の剣のようなものが出現した。
それが熊田に向かって振り下ろされる直前——
「危ない!」
俺は熊田に体当たりした。
「うおっ!」
熊田は尻もちをつき、腰を痛める。
「いったたた……何するんだ!こら!」
クラスメートたちはそれを見て笑いはじめた。
「やべ、先生が腰やったぞ!」
「先生のギャグがつまらないからってタックルするなよ!」
……いや、そうじゃない。
俺には確かに見えたんだ。
あの闇の剣が。
だが、どうやら担任とクラスメートたちには何も見えていないらしい。
「お前ら二人!後で職員室に来い!」
熊田は怒り狂い、俺と遅刻してきた女子生徒に放課後職員室に来るよう告げた。
俺は横目で女子生徒を見る。
ぱっつん前髪の黒髪ロング、顔はよく見えないけれど
清楚系の雰囲気を漂わせている。
彼女は、さっきと同じように、ただ無言でうつむき
自分の席へと向かうのだった。
_________
「それで、お前は何のつもりで俺に体当たりしたんだ?」
職員室の一角。
俺の正面には腰をさすりながらしかめっ面の熊田がいる。
隣には、無言でうつむく女子生徒。
彼女の名前はまだ知らない。
本当のことを言うべきか?
いや、そんなことをしたらどうなる?
「彼女の後ろから、禍々しい闇の剣が飛び出してきたんです!」
なんて言っても、相手にされるわけがない。最悪、病院送りだ。
「えっと……ハチがいたんです」
「あ”ぁ??」
「先生の肩に、すごく大きなハチが止まってるように見えて……それで、思わず体当たりを……」
熊田はしばらく俺の顔をじっと見て、それから大きなため息をついた。
「お前なあ……まあ、いい。次からはちゃんと声を掛けろ」
助かった……のか?
熊田は女子生徒のほうを見た。
「お前も何か言うことは?」
しかし、彼女は何も言わない。
ただ、伏せたまつげの奥で、じっと何かを考えているように見える。
「……もういい。行っていいぞ」
俺たちは職員室を後にした。
「ちょっといいか?」
人気の少ない廊下、
俺は少し前を歩く女子生徒に話しかけた。
「……何?」
「あんたの背後から、黒い剣みたいなのが出てきたんだよ。
俺が教室で先生に体当たりしたのはあれが先生に襲いかかりそうになったからで——」
「知らない」
女子生徒はピシャリと言い切る。
「知らないって……あんたの後ろから出てきたんだぞ?」
「知らないものは知らない」
女子生徒はそれ以上何も言わず、俺に背を向けた。
そのまま歩き出そうとした、そのとき——
バリーンッ!!
鈍い破裂音とともに、俺たちの横の窓ガラスが粉々に砕け散った。
「うおっ!?」
「……!」
反射的に身をかがめる。
何が起きたのかとガラス片を避けながら外を見ると、
グラウンドのほうからサッカーボールが飛んできたようだった。
「おい、誰だ!?」
熊田が怒鳴りながら廊下に出てくる。
そして、そのまま窓から顔を出して、ボールを蹴った生徒を追いかけていく。
「わざとじゃないってー!」
グラウンドでは、サッカー部の生徒らしき男が逃げていた。
熊田の運動神経で捕まえられるかは怪しいが、それはまあ、どうでもいい。
「……おい、大丈夫か?」
俺は女子生徒のほうに近づく。
「これ…血……?」
彼女は頬を手でぬぐい、うっすらと赤く滲んだ指先を見つめていた。
どうやら、ガラスの破片が頬をかすったらしい。
ほんの小さな傷だが、彼女の表情は恐怖に満ちていた。
「……痛い……」
女子生徒がそう呟いた瞬間——まるで世界が彼女の感情と連動するかのように、空が暗くなった。
「え……?」
俺が顔を上げると、ついさっきまで明るかった空に、みるみる黒い雲が広がっていく。
廊下の窓から見える景色は、急に日暮れでも訪れたかのように薄暗くなり、吹きつける風が窓ガラスをガタガタと揺らした。
「なんだこれ……?」
俺が驚いていると、校内のあちこちからざわめきが聞こえ始めた。
「え、ちょっと待って、急に風が強くない?」
「さっきまで晴れてたよな?」
「やばい、雨降ってきた!」
ポツ、ポツ……と音を立てて降り始めた雨は、ものの数秒でどしゃぶりになり、
気づけば嵐のような暴風雨になっていた。
「うわっ、マジかよ!」
「こんな天気予報、聞いてねえぞ!」
窓の外では木々が激しく揺さぶられ、グラウンドでは逃げ惑う生徒たちの姿が見える。
空には雷が光り、ゴロゴロと低い音が響いている。
まるで、天そのものが怒り狂っているようだった。
「おいおい、何が起きてんだよ……!」
俺は唖然として立ち尽くした。
横を見ると——
女子生徒は、さっきから全く動かないまま、自分の指先を見つめていた。
「……顔に傷…」
彼女の声は、消え入りそうなほど小さい。
傷という言葉を聞き、
俺は咄嗟に母の言葉を思い出した。
「あんたの父親は、傷を治す力を持っていた」
もし、俺もその力を持っているとしたら——?
思い切って、俺は女子生徒の頬にそっと手をあてた。
「……!」
女子生徒が驚いたように目を見開く。
俺の手のひらが、じんわりと温かくなっていくのを感じた。
そして——
「……マジか…治ってる」
みるみるうちに、彼女の頬のかすり傷が消えていった。
血の跡も、傷口も、なかったことのように。
女子生徒は、驚きながらも安堵したようにそっと頬に手を添える。
「……どうして」
彼女の表情が和らいだ、その瞬間——
まるで合図を待っていたかのように、
空の黒い雲がスッと引いていった。
どしゃぶりだった雨が弱まり、やがて止む。
さっきまでの暴風が嘘みたいに収まり、雲の隙間から太陽の光が差し込んできた。
「嘘だろ……」
俺は思わず額の汗をぬぐう。
この異常気象の発生と収束。
女子生徒の傷と、それを治した俺の手。
まさか、彼女の感情が天気に影響してたのか……?
「まさか……な」
俺は自分の手を見つめながら、ひやりとした汗を流していた。
まだ続きます。