秘密を隠し通せるほど人間は嘘が得意じゃない。
翌日。
いつものように授業を終え、俺は肩を軽くまわしながら部室へと足を運んだ。
扉を開けると、部屋の中には相澤、黒咲、そして佐藤の三人が、
のんびりお菓子をつまみながらおしゃべり中だった。
ワイワイと、実にのどかだ。
だが――。
「……時任は?」
俺の問いに、スナック菓子を指先でつまんだまま相澤が答える。
「時任くん? なんか用事があるって、先に帰っちゃったよ」
「ああ、そう……」
肩透かしというか、なんというか。
まあ、仕方ない。
俺は平静を装いながらいつも通り部屋の隅に腰を下ろした。
極力、普通を演じる。
いつもと変わらぬ部活時間――
依頼者も結局現れず、雑談が続いて、それもやがて終わる。
先に相澤と佐藤が帰っていき、気づけば部室には俺と黒咲のふたりだけが残っていた。
その静けさの中、黒咲がぽつりと俺に言う。
「神谷くん……今日、なんか元気ないね」
「え?」
一瞬、心臓がドクンと跳ねた。
図星を刺されたような感覚だ。
「そうかな。別に、何もないけど」
無理に笑ってごまかす。
俺の演技力に期待しよう。
いや、バレてる気しかしないが。
と、そのとき。
「――神谷くん。ちょっといいかな?」
部室のドアが開き、現れたのは直井先生だった。
「……はい」
少し動揺しながらも、俺は立ち上がる。
「二人で話してるところ、邪魔しちゃってごめんね、黒咲さん」
「いえ、もう帰るところだったので、大丈夫です」
黒咲は微笑んでそう言い、手早く荷物をまとめ始めた。
「それじゃあ――行こうか」
先生の言葉に戸惑いながらも、俺は頷いた。
行き先は――音無が言ってた学校の屋上か?
それにしても、先生の方から声をかけてくるなんて、
何かがおかしい。
内心、ざわつく気持ちを抱えながら、俺は直井先生と部室をあとにした。
夜の校舎ってのは、やたら音が反響する。
自分の足音さえも妙に大きく感じるのは、きっと気のせいじゃない。
人気のない廊下を歩きながら、スマホを取り出して時刻を確認した。
《19:30》
――音無が言っていた時刻は20時。あと30分もある。
20時に学校の屋上に来るよう言っていた音無は今、どこにいる?
まさか、音無が先生に話すより先に直井先生が独断で部室に来たのか?
「先生、ちょっといいですか?」
なるべく自然を装って、俺は声をかけた。
直井先生は振り返り、穏やかな表情で言う。
「どうしたの?」
「その……俺も先生に話したいことがあって。
屋上で……話しませんか?」
一瞬、先生の眉がわずかに動く。
「誰にも聞かれたくない話?」
「……はい」
俺たちは並んで階段を上り、屋上へと向かった。
鉄の扉を抜けた先――そこはすっかり夜の帳に包まれていた。
空は群青よりも深く、風が制服の裾をやさしく揺らす。
先生が立ち止まり、静かに口を開いた。
「本題に入る前に一つ…いいかな?」
「なんです?」
「先日、岡野くんたちから聞いた話について…。
君と相澤さん、それに時任くん。
三人で佐藤くんの靴を取り返したって話だよ。ここ、屋上でね」
ああ、そのことか。
嘘をつくのもヘタに動揺するのも逆効果だ。
俺は短く、「それが何か?」とだけ答えた。
「その時に起きた"不思議なこと"について君に聞きたいんだ」
「不思議なこと……?」
俺は動揺する心を隠すように訊ねた。
先生は少し間を置いて続けた。
「岡野くんたちの話によると――フェンスの向こう側にあった佐藤くんの靴が、
気づいたら本人のすぐそばにあったそうだよ」
俺は言葉を失い、息をのんだ。
「それだけじゃない。
佐藤くん自身も、フェンスを上っていたはずなのに、
次の瞬間には……場所が変わっていたって、そう言ってた」
風がふっと強くなり、先生の髪が揺れる。
「普通に考えて、おかしな現象が起きていた。
だけど、君たち――特に君と時任くんは、
まるで何もなかったかのように平然としていたって、岡野くん達は言っていたよ。
……それは、どうしてかな?」
喉の奥がひゅっと縮んだ。
俺は――言葉を探した。
が____何も出てこない。
何と答えても、墓穴を掘ってしまいそうな、そんな気がした。
「神谷くん、単刀直入に言うよ」
そう切り出した直井先生の声は、妙に冷静で、妙に刺さる。
「いったい君は――何を隠してるんだ?」
その瞬間、俺の中で何かがプツンと切れた。
(それは……こっちのセリフだ!!)
そう心の中で叫びながら、俺は一歩踏み出した。
「……先生だって、何か隠してることあるんじゃないですか?」
先生の表情がわずかに動く。
「……え?」
言葉を濁すでもなく、はっきりと、俺は問いかける。
「音無から聞きました。昔、先生が顧問をしていたFNK部には、
音無と赤井さん、それと別にもう一人いたと。
でもその人の名前も顔も、誰も思い出せないって。
――先生、その人のこと、本当に何も知らないんですか?」
先生は目を伏せる。
その瞬間、俺は意識を集中し、耳の奥で“あの音”を聞いた。
――カチッ。
そして、聞こえてきた直井先生の心の声。
『……嘘をつくにしても、もっとマシな嘘があるだろ、全く…』
(……なに? “嘘”?)
俺は目を見開いた。
そのときだった。
「勝手に話を進めるとは……神谷、貴様一体何を考えてる!?」
怒号とともに、音無が屋上の扉を蹴破るようにして現れ、俺に掴みかかってきた。
「止めろ!!」
直井先生の静かな、しかし鋭い声が響いた。
音無はビクリと肩を震わせ、俺の胸ぐらから手を離す。
「……先生、ごめん…」
兄に謝る弟みたいに音無が謝った。
「来るのが遅かったな、何かあったのか?」
と、直井先生が言う。
「……時任を、ここに連れてこられなかった」
その言葉に、先生がため息をつく。
「……はぁ」
そして、俺はすかさず割って入った。
「ちょっと待て、時任は関係ないだろ!
ここに連れてこられなかったって、どういうことだよ!?」
屋上の風が強く吹き抜ける。
誰もが言葉を失いかけたその瞬間、俺だけは言いたいことが次々と溢れてきた。
「いなくなった部員の話は嘘だったのか!?答えろ!音無!
二人とも、一体何が目的なんだよ!?」
音無はうつむいたまま、何も言い返してこない。
直井も沈黙する。
重い空気のなかで、俺の鼓動だけがやたらと速かった。




