明るい性格の人ほど物凄く繊細なのかもしれない。
コンビニの裏口の前、音無が口を開く。
「……お前の秘策が何なのかは知らないが、
俺には何もしていないように見えたぞ」
張り詰めた空気の中、俺は口を開く。
「またなんか変なこと言いやがって、
こいつ……なんかヤバい薬でもやってるんじゃないか?って
赤井さんはそう言ってた」
「……なんだと?」
低く唸る音無に、俺は静かに言った。
「さっき秘策を使って、赤井さんの本心を聞いた」
音無の目が見開かれる。
口元がわずかに震えていた。
「秘策って…こいつ、やっぱり、俺と同じ能力者なんじゃ…。
今、お前はそう思ってる。違うか?」
「っ…」
俺の言葉に音無は目に見えて動揺している。
完璧な音無が、はじめて無防備な表情をさらけ出した瞬間だった。
「今、あんたの心を読んだ。……さっき赤井さんにやった時と同じように」
その言葉に、音無の呼吸が一瞬、止まった。
「その反応を見るに、どうやら――本当に俺は、心を読めているらしい」
予感は確信に変わる。
さっきの“声”も、反響も、偶然じゃなかった。
音無は、まるで神様でも見るかのように俺を凝視しながら、
低く唸るように言った。
「……俺の姿が見えるだけじゃなく、人の心も読める、だと?
ありえない……いや、しかし…、これは現実…。
神谷…お前は…その…、人間…なのか?」
「…俺自身、自分がなんなのか、よくわかってない」
その言葉が、自分の中にある得体の知れない違和感を、
さらにくっきりと浮かび上がらせる。
不思議だった。
力を使ったのに、時任や相澤のように具合が悪くなることもない。
頭痛もない。目まいもない。
むしろ――何も“なさすぎる”のが、逆に不気味だった。
「神谷だけに、神となにかしら関係ありそうだな」
ふいに、音無が言った。
その目に、さっきまでの動揺はもうなかった。
代わりにあったのは、信頼に近い――期待にも似た光。
「神谷、折り入って頼みがある」
音無が急に真面目な顔になった。
いつもの自信に満ちた軽口はどこへやら、今の彼はまるで、
何か重大な賭けに出ようとしているようだった。
「頼みって?」
音無が俯きながら答える。
「…その、お前の力を使って……直井の本心を探ってほしい」
「……そう言うと思った」
俺も気にはなっていた。
直井先生の“本音”…。
あの人は何かしら秘密があるに違いない。
「仮に直井先生が何か知っていたとして、あんたはその後どうするんだ?」
俺の問いに、音無は一瞬、目を細めて考え込んだ。
「……さぁな、その時の俺の心に従うだけだ。
何か知ってるにしても知らないにしても、俺は真実を知りたい」
その言葉に、俺の脳裏にも、あの夜の光景が浮かび上がる。
直井先生の車の中。
助手席に座る俺。
言葉に詰まった先生が、最後にぽつりと呟いた。
――ダメか……。
あれは何に対する“ダメ”だったのか。
その真意が知りたくて、俺は音無の申し出を受けることにした。
「わかった。あんたに協力する。けど……」
少し間をおいて、現実的な問題を口にする。
「直井先生は部室にほとんど来ない。
仮に来たとしても、部員のみんながいるし、心を読むタイミングが難しい」
「そういうことなら、俺に任せろ」
音無が自信ありげに頷く。
「直井には“話がある”って言って、俺が屋上に来るように伝える」
「時間は? 明日の放課後か?」
「いや、放課後は部活動に専念してる方が自然だ。
そうだな……夜の8時でどうだ?」
「……夜の8時、か」
部員の皆が帰っているであろう時間帯。確かに都合はいい。
「わかった」
俺が頷くと、音無は真剣なまなざしで続けた。
「それじゃあ、明日のその時間になったら、学校の屋上に来てくれ。
……わかってると思うが、一人で来いよ」
「……ああ、わかってる」
静かに、けれど心の奥に何かがざわつくような返事をした。
夜の学校、人気のない屋上、そして秘密を抱えた教師――
少しばかり、物語の幕が上がる気配がした。
「それじゃ、また明日」
家に帰ろうと、コンビニの駐車場からゆるりと歩き出したそのときだった。
「こっこの間の変態男ッ!」
鋭い声が飛んできた。
視線を向けると、案の定、相澤が俺の方へ駆け寄ってくる。
そして、俺の後ろにいたサングラス姿の音無を指差して怒鳴った。
「何とか言いなさい!変態男!
神谷くんに何かしたら、この私が許さないんだから!」
「…能力を持つ選ばれし者と呼べ。この、なんの能力もない無力な人間が!」
音無はまったく怯む様子もなく、
むしろ威厳たっぷりに相澤を睨み返した。
「はぁ? 私だって能力あるもん!」
と、案の定、相澤も反撃。
まるで小学生の口喧嘩だ。
いや、これは能力者同士の壮大なバトル……
というわけでもなく、ただの口げんかである。
俺はため息をひとつつき、二人の間に割って入った。
「おいおい、落ち着けって」
そして、相澤の耳元で小声でささやく。
「……音無に能力のこと、話していいのか?」
その瞬間、相澤はぐっと口を閉じ、目線を逸らした。
言いたいけど、言えない。
そんな雰囲気が全身からにじみ出ていた。
「まさか……今のFNK部は、能力者たちで構成されてるのか?」
音無が目を見開き、ゆっくりと言葉を漏らす。
……何も答えられなかった。
俺も、相澤も。
その沈黙を破ったのは、数人の女子生徒の声だった。
「あっ、あれ!音無くんじゃない!?」
「ホントだ!!カッコよすぎてヤバい!!!」
音無は素早く反応し、
追いかけてくるファンらしき女子達から逃げるように姿を消した。
コンビニの裏手に消えるその背中を、
俺たちはただ黙って見送るしかなかった。
ぽつんと残された俺と相澤。
「……なあ、相澤。心が読める能力のこと、俺以外に誰が知ってるんだ?」
俺の問いに、相澤は小さく、けれどはっきりと答えた。
「神谷くんだけだよ」
「……え?」
「だから、私の能力知ってるの、神谷くんだけなの」
少しだけ寂しそうに、でもどこか安堵したようにも見える顔でそう言った。
「両親は?知らないのか?」
長い沈黙の後、相澤が口を開く。
「…私、生まれてすぐ施設に送られて、
そこで育ったから本当の両親がどこにいるのか知らないの……。
施設の皆や私を育ててくれた人達に嫌われちゃうと思って
本当に心が読めること、今まで誰にも言ってこなかった」
そう言って、うつむいた相澤の声は少しだけ震えていた。
「だけど……神谷くんはすごい力を持ってるってわかったから。
私の気持ち、わかってくれるって、そう思ったんだ」
理解者なら他にもいるだろうに、
時任の能力についてはまだ知らないんだな。
俺は心の中でそうつぶやく。
「神谷くんの気持ち、もっと知りたいのに……
心、閉ざしちゃうんだもん。もう読めなくなっちゃったよ……」
残念そうに視線を落とす相澤に
「心が読めなくても、俺は本心で話してるから問題ない。
聞きたいことがあれば何でも聞いてくれ。出来る限り答える」
と本音を口にする。
その言葉に、彼女はぱっと顔を上げて、満面の笑みを浮かべた。
「わかった!ありがと!神谷くん」




