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野良猫は人を覚えるか否か。

コンビニのレジ袋を片手に帰り道を歩いていたら、

ちょっとした既視感に足を止められた。



あれは……直井先生? 

しかも隣にいるのは……黒咲?



まさかの組み合わせに目を細める。

住宅街のど真ん中にある小さな公園。

滑り台とブランコがセットになった、放課後キッズ専用アスレチックのような場所。

そのベンチに座る二人を見たとき、

なにやら嫌な予感が俺の胸の中に広がっていった。



「おーい、神谷くん」



こっちに気づいた先生が手を挙げて呼びかけてきた。

しぶしぶ、というわけじゃないが、

自然と足がベンチに向かって動いていた。



俺が会釈すると、先生はこともなげに言った。



「さっき偶然、黒咲さんに会ってさ。

体育館での怪奇現象の正体が音無君だってことを、少し話してたところなんだ」



そうなんですか……と俺は相槌を打つ。

偶然ってのはこの世界でもっともらしいウソに使われがちな単語だ。

信用度で言えば“割引後価格”並みに怪しい。

だけど、いまはその件にはツッコまないことにした。

とりあえず。



ひとまず納得したふりをして、視線を黒咲に移す。

制服じゃない、私服姿の黒咲。

髪はいつもよりラフに結ばれていて、

シンプルな白のカーディガンが妙に似合っていた。



……なんだろうな、率直に“かわいい”と思った。



「黒崎、なんていうかその服、すごく似合ってるな」



我ながら直球すぎたかもしれないが、

言葉はもう発射済みのミサイルのような状態で元に戻せるわけもない。

黒咲は「……ありがと」と、ちょっと頬を染めて下を向いた。




俺達のやりとりを見ていた直井先生が、にやけた顔を隠しもせず立ち上がる。



「……じゃあ、僕は用事があるから。また学校で」



そう言い残して、公園の出口へと歩き出した。

おいおい、あからさますぎる退場だな。と俺は思う。



そして残された俺と黒咲。

彼女の視線が、俺の手元のコンビニ袋に向かう。



「それ、お昼ごはん?」



「いや、晩御飯。これから帰るとこ」と俺。



なんてことないやり取りなのに、やたら落ち着かないのは、

たぶん彼女と二人きりになったせいだ。

沈黙の気配が漂う前に、俺は思いきって聞いてみた。



「黒咲はこれからなにか用事あるのか?」



「ううん、何もないよ」と彼女が首を横にふる。



その返事に、俺の中で何かが“カチッ”と音を立てた。



今しかない。



「あのさ、ちょっと話しておきたいことがあるんだけど…」



と、すぐそばにあるベンチに腰を下ろす。

「話しておきたいことって?」

黒崎はそう言って、俺のすぐ隣に自然と座った。



ベンチに座った俺は、夕暮れ色に染まったコンビニの袋を膝に置きながら、

黒咲の横顔を盗み見た。



黒咲の目線は真っ直ぐ俺の方を見つめている。


「体育館でのこと……直井先生から聞いたと思うんだけど」



俺がそう切り出すと、黒咲はこくんと小さくうなずいた。

真面目に話を聞くときの彼女は、すごく真剣で俺の話を心の底から

受け取ってくれているようなそんな気がする。



「音無について、ほんとのことを話しておきたい」



「ほんとのことって……?」



「…信じてもらえないかもだけど――

音無は一日一時間だけ、透明人間になれる能力を持ってる」



「……体が透明になるってこと?」



「そう。だけど、問題はそこじゃない。

あいつ、よりにもよって“裸”で体育館にいたんだよ」



このあたりで黒咲の目がちょっと見開かれた。

まあ普通の反応だ。



「能力が切れるまで、音無は透明で、

他のみんなにはまったく見えなかったみたいだけど……

俺には、はっきりあいつの姿が見えたんだ」



静かになった夕方の公園。

風が木の葉をざわつかせる音が、会話の合間にしれっと差し込んでくる。



「……そのこと、部員のみんなは知ってるけど、直井先生はまだ知らない」



「そうなんだ…。音無さんのこと、直井先生に話さなくていいの?」



 黒咲の問いに、俺はすぐには答えられなかった。



『直井には気をつけろ』

――あのとき音無が言った言葉が、まるで録音テープみたいに、

頭の中で繰り返されていた。



 あの言葉の真意はわからない。

けど、意味もなくあんなことを言うような奴じゃない。

ちゃんとした理由があって、俺に警告したんだろう。そう思いたい。



「体育館の問題は解決したわけだし……

直井先生には、このまま黙っておいたほうが余計な心配かけずにすむんじゃないかな」



ちょっと言い訳っぽい言い方になってしまったのは、

我ながら情けない。

でも黒咲は、そんな俺の言葉を、何も詮索せずに受け取ってくれた。



「……そうだね。音無さんのこと、私は誰にも言わないから。安心して」



 彼女が微笑んだ。

その笑顔を見た瞬間、俺の胸の中に小さな火が灯った気がした。





――そんな時だった。



「……にゃあ」



足元から、柔らかくてあたたかい感触と共に鳴き声が耳に入ってきた。

視線を落とすと、そこには一匹の猫。

こいつは……。



「あっ、あの猫……」


 

ついこの間、車道に飛び出してきたあの野良猫だ。

助かったのか、よく見るとどこもケガはしていないみたいだ。

よかった。



猫は俺の足元にスリスリと体をこすりつけてきて、

まるで懐かしい友達にでも会ったみたいなリアクションだ。



「首輪してないから野良猫かな? 神谷くんのこと、すっごく好きみたい」



黒咲が微笑む。



「いや、俺が食べ物持ってるから、多分その匂いにつられて…」



そう言ったものの、猫は俺の足元でしばらくゴロゴロした後、

ふと顔を上げて黒咲の方をじっと見つめた。

そして……くるりと向きを変え、走り去っていった。



「私は……好かれてないみたい」



ちょっと残念そうに黒咲が呟く。



「いや、この幕の内弁当の匂いだよ。

猫にしてみれば飯かそれ以外か、それだけの話」


 

そう返しても、黒咲は首を横にふった。



「神谷くんは優しいから、動物にも好かれるんだよ」



……そう言われると、悪い気はしない。

いや、むしろちょっと照れる。

視線をそらして咳払いなんかしてしまった。

おそらく俺の両耳は今、赤く染まっているに違いない。




「……あっ、ごめん。ちょっと電話」



黒咲のポケットから着信音が鳴り、

彼女は立ち上がって少し離れた場所へ歩いていった。

背中越しに「うん、わかった!」なんて楽しげに会話している。



自分がまだ知らない黒咲を姿を見て、なんとも複雑な気持ちになる。


俺の胸の奥が理由もなく、ザラつく。

ほんのちょっと、だけど。



数分後、黒咲が戻ってきて、申し訳なさそうに言う。



「神谷くん、ごめん。急用できちゃって……私、もう行くね」



「あ、ああ。わかった。俺ももう帰るよ」



言葉は自然に出たはずなのに、口の中にモヤが溜まったようにスッキリしない。

彼女の背中を見送りながら、俺は静かにため息をついた。





まだ続きます。

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