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12/21

神社には何か特別な空気が漂っている。

神社に着くまで、およそ30分。


周囲は木々に囲まれていて、澄んだ空気が肌に心地いい。


久しぶりに訪れた神社は、昔と変わらず静かだった。

鳥居の前では、一人の男性が掃き掃除をしている。


三十代くらいの眼鏡をかけた黒髪の男──恐らく、この神社の住職だろう。


俺の記憶にあるのは、六十代くらいの、白髪混じりの年配の神主だった。


眼鏡の男が誰であれ、話を聞いてみないことには何もわからない。


ふと、男性がこちらに気づき、穏やかに微笑みながら軽く会釈する。


俺も会釈を返し、少し緊張しながら口を開いた。


「あの、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど……いいですか?」


男性は掃除の手を止め、柔らかな声で答える。


「ええ、なんでしょう?」


「今から十年くらい前、この神社にいた神主さんにお会いしたいんですけど……

今、どこに……?」


俺の言葉に、男性はふっと表情を曇らせた。


そして、少し伏し目がちに言う。


「父のことでしたら……昨年、体調を崩してしまって。今は自宅で休養しています」


「……そうですか……」


思わず視線を落とす。


どうやらこの男性はあの神主の息子らしい。


「父とは、どういったご関係ですか?」


「えっと、幼いころ、よくここに遊びに来ていて……

神主さんが、よく話しかけてくれたんです。

会話の内容は、正直あまり覚えてないんですけど……

優しい方でした。またお話がしたかったんですけど……本当に残念です」


住職の男性は少し考えるように沈黙し、それから静かに口を開いた。


「……お名前をお聞きしてもよろしいですか?」


「神谷です。神谷春斗」


俺がそう名乗ると、彼は丁寧に一礼しながら名乗った。


「神谷さん、初めまして。私はこの神社の住職をしております、福徳竜馬です。

よろしくお願いします」


彼の姿勢に、俺も自然と頭を下げる。


「よろしくお願いします」


この神社と、俺の家族とのつながり。


父のこと。


すべてが複雑に絡み合っている気がして、俺はそっとお守りを握りしめた。


俺は意を決して、福徳さんに尋ねることにする。


「あの、実は最近、神社に興味があって……

この神社について詳しく聞きたいんですけど、教えてもらえませんか?」


自然を装ったつもりだったが、内心は緊張でいっぱいだった。


福徳さんは少し驚いたように目を瞬かせたあと、穏やかに微笑む。


「いいですよ。どうぞこちらへ」


そう言って、彼は神社の奥へと歩を進めた。俺もその後をついていく。





鳥居をくぐり、拝殿を過ぎ、さらに奥へ。


辺りは一層静かになり、木々が風に揺れる音だけが響いている。


やがて、福徳さんが足を止めた。


そこには、小さな祠があった。


長い年月を経ているのか、木の部分には苔が生え、古びた雰囲気を醸し出している。


「この祠は……?」


俺が問いかけると、彼はゆっくりと口を開いた。


「父から聞いた話によると……ここには、ある神様が眠っているそうです。

そして、その神様がこの神社を守っていると、代々伝えられてきました」


「神様……?」


「えぇ。その神様の名は──眠封神みんふうじん


「眠封神……?」


聞き慣れない名だった。


福徳さんは頷き、続ける。


「はい。この神社の名前の由来にもなった神様です。

伝承では、眠封神はあらゆる生命を眠らせ、

封じるほどの力を持っていたと言われています」


眠らせ、封じる……?


その言葉を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。


まさか……。


そんな大きな力を持った神様が──俺の父親なのか?


そんな馬鹿な、と頭では思う。

けれど、心の奥底では、それを否定できない何かがあった。





「その神様が、人の前に姿を現すことって……あったりするんですか?」


俺は自分の言葉を確かめるように、慎重に問いかけた。


福徳さんは少し目を伏せ、考え込むように沈黙した。


やがて、一呼吸置いて静かに語り始める。


「……父が生前、こんな話をしていました。

眠封神は、かつて一人の女性を愛してしまった、と」


その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓が跳ねた。


「一人の女性……?」


「ええ。しかし、神が一人の人間を愛することは、

この世界の理に反しているのでしょう。

眠封神はその女性を愛してしまったが故に、神の力が衰え、

やがて実体を保つことすらできなくなってしまったそうです」


愛したが故に、実体を失った……。


「じゃあ、その神様は……その女性と会話することもできなくなったってことですか?」


「そうです。触れることも、言葉を交わすこともできず、ただ存在が薄れていった。

愛する人の目の前にいながら、その女性に認識されなくなってしまった、

と父は言っていました」


愛する人に認識されなくなった──。


俺は、はっと息を飲んだ。


その愛した女性って……母さんのことなんじゃないか?


そう考えた瞬間、頭の中の霧が晴れていく感覚がした。


俺の父親は、いなくなったんじゃない。

母さんが──いや、能力を持たない人が、父を認識できなくなったんだ。


なら……もし俺が、本当に神の力を持っているなら。


眠封神と話せる可能性があるんじゃないか?


この目で、父の存在を確かめられるんじゃないか……?


「福徳さんは……その眠封神に会ったことあるんですか?」


俺は思わず前のめりになりながら聞いた。


彼は軽く首を横に振る。


「いいえ、私は父から話を聞いただけですので」


「……そうですか」


仮に眠封神の姿が見えたとしても、ここにいるとは限らない。

胸の奥が、少しだけ重くなる。


そんな俺を見て、福徳さんは優しく微笑んだ。


「神谷さん。あなたがここに通い続ければ、

あなたの想いに眠封神も応えてくれるはず……。

だから、またここにいらしてください」


福徳さんの声に励まされるように俺は静かに頷く。


「……はい。また来ます」


そう返して、俺は神社を後にした。





まだ続きます。

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