不法侵入する奴には気を付けた方がいい。
日曜の朝──というか昼。
俺は爆睡から目覚め、ぼんやりとした頭でリビングへ向かった。
テーブルの上にはメモが一枚。
寝ぼけ眼で拾い上げると、母親が書いたであろう丸っこい字が目に入る。
『友達とアイドルのライブ行ってくるから帰り遅くなる。
晩ご飯は適当に食べておいて』
「・・・・・」
冷蔵庫を開けてみると、そこには缶ビールとバナナと牛乳だけ。
このラインナップ、どう考えてもまともな飯にはならない。
「……とりあえず、バナナかじるか」
仕方なく、バナナを手に取り牛乳で流し込む。
栄養バランスは最悪だが、空腹は満たされた。
「晩飯、買いに行くか……」
そうつぶやきながら寝巻きからパーカーとジーンズに着替え、
水が入ったコップを片手にテレビをつける。
画面に映っていたのはニュース番組。
『今、SNSで話題のインフルエンサー・音無蒼真さんが、
ついにCDデビュー決定!』
──ぶはっ!!
口に含んでいた水を勢いよく吹き出した。
画面に映るのは、あの音無。
あの全裸の透明男が、スーツ姿で爽やかに微笑んでいる。
『ありがとうございます。これも応援してくれる皆さんのおかげです』
──いやいやいや、何が「ありがとうございます」だよ!?
混乱しながらテレビを凝視していると、アナウンサーが質問した。
『デビュー曲のタイトルは?』
『はい。「ネイキッドライフ」です』
……ネイキッド?
裸の人生?
……いやいやいやいや!!!
「これは夢か?」
頭を抱えていると、突然、玄関のインターホンが鳴った。
誰だよ、こんなタイミングで──。
訝しみながらモニターを確認すると、そこに映っていたのは……。
裸の音無だった。
「ぎゃああああああああ!!!!」
俺の悲鳴が部屋中に響き渡った。
俺の悲鳴に気づいたのか、すぐさまインターホンが再び鳴った。
「大丈夫ですかー?」
この声は……隣人の田中さんだ。
ヤバい。このままだと裸の音無がいるのを見られてしまう。
いや、そもそも音無の姿が見えているのは俺だけだ…。
試しにチラリとモニターを見ると、やつは涼しい顔で玄関先に立っている。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
俺は慌てて玄関のドアをほんの少しだけ開け、顔を出す。
「どうかしたの?」
田中さんは不思議そうにこちらを覗き込む。
音無の方を見る気配はない。
(やっぱり……見えてないのか?)
そう確信した瞬間、田中さんが玄関のドアに手をかけた。
「ちょっ…!」
俺が制止する間もなく、音無は堂々と俺の家の中に入っていった。
「……何かあった?」
田中さんが不審そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「え、えっと……ホラー映画を見てて、
ちょっと怖いシーンがあって……それで、つい……」
俺は苦し紛れに言い訳を捻り出す。
「あら!そういうこと!?じゃあ大丈夫なのね?」
「は、はい! お騒がせしました!」
田中さんは納得したようで、
「戸締りには気をつけてね」と言い残して去っていった。
俺は急いで玄関の扉を閉め、振り返る。
そこには、相変わらず裸のままの音無が仁王立ちしていた。
「……あんた、一体なんなんだ?」
怒りを抑えつつ問い詰める。
「どうして俺の家を知ってる?」
音無はまったく悪びれる様子もなく、むしろ誇らしげに答えた。
「昨日の夜、自転車で貴様の後をつけていたから、貴様の家の場所は把握している」
「……」
一瞬、思考が停止した。
「いやいやいや!! それ、普通にストーカー行為だろ!?
つけてたって、お前……!」
背筋がゾワッとする。
こいつ、本当にやばい奴なんじゃないか?
「不法侵入だぞ、今すぐ出ていけ! じゃないと警察を……」
俺はスマホを取り出し、通報しようとする。
だが、その瞬間——
「待て!」
音無が鋭く叫んだ。
その声音には、どこか切迫したものが混じっていた——。
「貴様に聞きたいことがある!」
音無が緊張した面持ちで言う。
「……聞きたいこと?」
「そうだ!それだけ聞いたら出ていく!」
こっちを真剣な目で見つめる音無。
俺は警戒しながら、「なんだ?」と問い返す。
音無は不安そうな表情になり、少し躊躇ってから口を開いた。
「どうして貴様には俺の姿が見えているんだ?」
「……は?」
「昨日の夜だって、お前以外の人間には見えていなかったのに……」
その言葉を聞いて、俺は内心ギクリとする。
インフルエンサーとして表に出ている音無に、
俺が『神の子』であることを知られるわけにはいかない。
「ただ目がいいだけだ」
俺はできるだけ淡々と答える。
「ふざけるな!」
音無が声を荒げる。
「目がいいだけで俺の能力が見破れるはずない!」
「人によって色の見え方が違うように、俺は人より見える色が多い。
そんな感じだろう」
堂々とした態度を崩さず、俺は淡々とした口調で言った。
「悪いけど、どうして俺にあんたの姿が見えるのか、自分自身、よくわからないんだ」
「・・・・・」
音無はしばらく黙り込んだ。
そして、悔しそうな顔をして俯く。
「聞きたいことには答えた。早く出ていってくれ」
俺がそう言うと、音無は渋々といった様子で玄関の方へ向かう。
しかし、ドアを開ける前に振り返り、静かに告げた。
「最後に名前を聞いていいか?」
俺は一瞬迷ったが、短く答える。
「神谷だ」
「……神谷、お前が特殊な人間だというなら、直井には気をつけた方がいい」
「直井先生が何だって?」
音無はため息まじりに言った。
「直井には気をつけろと言ったんだ」
「それ、どういう意味だ?」
音無は俺をじっと見つめた後、静かに口を開く。
「昨日、お前らが体育館の倉庫を見に来たのは、FNK部の活動のためだろ?」
「ああ、そうだけど……」
「FNK部を作ったのは直井だ」
「……そうなのか。知らなかった」
音無は腕を組みながら視線を逸らし、言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。
「ただのオカルト好きか、何なのかはわからないが……
俺が一年の時、学校で不可解なことが起こった。それでだ。
そのことについて直井は何かを隠している」
「不可解なことって?」
「知りたいか?」
「そこまで言ったなら教えてくれ」
音無はしばらく沈黙した後、再び口を開く。
「…SNSで『ツナグチャット』にアクセスして
そこで俺の名前を検索しろ。
今日の夜の10時、そこでやりとりしよう。じゃあな」
一方的にそう言い残し、音無は玄関の扉を開けると、そのまま去っていった。
まだ続きます。




