【詠龍譚】廃城の妖女と名誉の騎士
「悪しき者を退治せよ」
王命を帯びて、若き騎士は古びた城へやってきた。近隣の噂によれば近頃、魔性が住み着きだしたという。
ところが中にいたのは美しい妖女。
深海にたなびく藻のように艶めいた黒髪。泥沼のように潤んだ瞳。血の気を感じぬほどに白い肌。
騎士は一目で恋に落ちてしまった。
そして妖女も騎士を見て衝撃を受ける。
白絹のように純粋な心根。剣のようにまっすぐな眼差し。
こんな無垢な青年、見たことない。彼を我が手で好き勝手に汚したら、どんな楽しいことだろうか。
彼女も騎士に一目惚れしてしまった。
結果、ふたりが最初に交わしたのは戦いの剣ではなく、互いの唇。
既に、もうあなたを離さないとばかりに抱きしめ合う。
だが冷静になって、困ったのは騎士だ。
このままでは王命が果たせない。王命が果たせなければ、騎士としての名誉を守れない。
かといって、いま得た愛も手放したくはない。
そこで妖女は騎士に奸言をささやく。
この言葉を聞いた騎士は、意気揚々と領地へ帰ってしまった。
帰参すると、さっそく騎士は王に謁見する。王は騎士に尋ねた。
「悪しき者は退治したか?」
「今まさに、我が都合に悪い者を退治してやる!」
すると騎士は唐突に剣を抜き、王の首を刎ねてしまった。
「王命は悪しき者の討伐。これならば王命に逆らったことにはならぬ。我が騎士の名誉は守られたぞ!」
つまりは、これが妖女が騎士に吹き込んだ奸言であった。
「悪しき者」を討つのが王命ならば、あなたに都合の「悪い」王を斬ってしまいなさい。ならば王命に逆らったことにはならない。騎士の名誉は守られる。
忠実だった騎士の裏切り。城中の騎士に兵士が総出で彼を討とうとする。
だが、どこからともなく現れた妖女も加わり、もう手を付けられない。戦いですらない、惨劇が行われることとなる。
騎士が忠誠を誓った国は滅んでしまった。
以後、名誉を守ろうとした騎士はこの国の王を名乗る。傍らには、妃となった妖女。彼らは自分に都合の「悪しき者」を殺戮し続けた。
結果、四方国を戦火に巻き込み、百年の間、民草は地獄の苦しみを味わうこととなる。
そうして多くの国を滅ぼしたため、呼ばれた名が「廃城の妖女」。
その間、騎士と妖女とだけは幸せに暮らしましたとさ。