朝 雑貨屋 「甘えるってどうするんだっけ」
本年もよろしくお願いいたします。
「にゃおん」
ヒーターの前、無邪気な顔で愛猫はお腹を見せた。
綿毛を無限に生やして纏ったような天然の毛布は時間を忘れて撫でまわしたくなる。無遠慮に。鬱陶しがられるまで豪快に。
朝昼晩、いつだって我が物顔で特等席を占領し、奪おうとすれば普通に抗議する図々しさ。
正直言って、羨ましい。
先日雑貨屋に行った時、私はある小物に一目ぼれした。
小さくて、柔らかく潰れた蛙を模した陶器製の置物だ。
そこそこの重さと、壁に押しつぶされたかのように平たくなった側面から、もしかするとブックスタンドの類かもしれない。あるいは文鎮か。
なんならそもそも蛙ではなくスライム等の架空の軟体生物だったという可能性もあるが──それはまあ、さておき。
とにかくそれがなんであれ、私は気に入ったのだが「あ、いえ、あ、はい、どうぞ」と譲ってしまったのだ。
先ほど言ったようにまさしく「一目惚れ」だったのに、だ。
数分か、十数分か。時を忘れるほどに謎生物と見つめ合っていた私に、不意に横から声をかける人がいた。
何のことはない。私と同じで、その店の客だ。単に私が商品棚の前を占領していて、その客がたまたま欲しい物に手が届かず、それで声を掛けられたにすぎないのだが、自分の世界に入っていた私は心底驚いた。
そして動揺している内に、そのまま連れていかれてしまったのだ。
一目惚れした彼を。
ある同僚は私の事を「お人よし」などと言う。もしくは「自我」がないとも。
後者は脳を発達させた考える葦である人間に対する最悪の悪口ではないだろうかとおもったのだが、少なくとも私はお人よしというつもりはさらさらない。しかし、一目惚れした彼の事を三日三晩考えている内に私は気付いたのだ。
「本当にお人よしなのかもしれない……」
未練タラタラだった。
自分でも思っていた以上に思い入れがあった。「一目惚れ」とは言ったが、その形容の仕方で本当に正しいのか、もっと相応しい言葉があるんじゃないかと悩んでしまうほどに、私はよく分からない雑貨の事を引きずっていたんだ。
にもかかわらず、名前も知らない赤の他人に譲ってしまった。仮称・ガチ恋ガエルを。
このままではきっと人間を好きになっても同じことをしてしまうだろう。本当の気持ちを伝えれないまま、かっさらわれて泣きはらす日々──などと俳句を詠めるうちはまだいいが本当にそうなっては遅い。
ならば変わろう。
無遠慮になろうとは思わないけど。せめてもう少し人に心を開けるように。
でも、
「甘えるってどうするんだっけ。なあ」
「なーん」
問いかけて猫吸いをする。
社会人になってすっかり何年も一人で生きてきた私には甘え方が分からないのだ。
飼い主にされるがままの猫を、私に似やがって、と思いながら夜が更けていく。
最後までお読みいただきありがとうございました。
よいお年を!
2024/12/31の一人ワンライ企画にて投稿




