模擬戦
アルベイユ殿下達の喧嘩を買ってからやっと私の番がやって参りましたわ。相手は私と同じくらいの背丈の令嬢。
動き易い服装に着替えようか迷ったけれど、学校の模擬戦くらいで汚れたりはしないでしょうし制服のままで試合に望むことにしたので、その姿を見て相手は驚いていた。
壇上に立ち、相手を見据えて一礼する。
そして、試合開始の合図が言い渡される。
自分が舐められていると思ったのか先制攻撃を仕掛けようとしてくるので、制服が汚れる前に方をつけることに致しましょう。
「“ポルカドット“」
静かに魔法を唱えると相手を呑み込みながら大きな水の玉ができてくる。
それに閉じ込められた相手は、なす術もなく降参の合図を出すので、指を鳴らして解除する。
ばしゃぁっ!と大きな水飛沫をあげて水の玉が弾け、ゴホゴホと咳き込みながら相手が地面へと着地する。
すぐにレフリーが試合の判定を言い渡し、私の勝利を知らせる。
なんて呆気ないのでしょう。
まぁそれもその筈よね。
だって私、全ての属性の魔法が使えるんですもの。
生まれつき魔法の才能があったわけではない。
これは王子妃になるのが決まって、他の者に遅れを取ることが許されなかったから死に物狂いで努力した結果ですもの。
因みに、私には及びませんが、私の練習に付き合わされたリーンハルトも全ての属性の魔法が使える。
だから手を抜かなければたぶんリーンハルトが決勝で私と戦うことになるのでしょう。
颯爽と壇上から降り、元いた座席へと戻る道すがら、唖然としているアルベイユ殿下とその側近候補の方達、そしてヌリエンヌさんと目が合うので、したり顔で見て差し上げた。
するとどうでしょう。
何とも悔しそうに顔を歪める、喧嘩を売ってきた側近の方。
笑いが込み上げてきますわね。
御自分が喧嘩を売った相手を後悔なさるといいわ。
それから滞りなく試合は進み、リーンハルトも着々と駒を進めていた。
意外なことにあの短慮な側近の方も勝ち進んでいる。
あら。意外とおできになるのね。
まぁそれくらいできないとアルベイユ殿下の騎士にはなれないわよね。
頭が悪すぎるのがたまに傷だけれど。
そして、リーンハルトとアルベイユ殿下の対戦となった。
勿論、私はリーンハルトを応援しますわ。
けれどこういう時、彼は相手を尊重するのでたぶんわざと負けますわね。
そう思っていると、案の定。わざと負けたと思われないぎりぎりまで戦いつつ、最後の一手を相手に決めさせるのだ。
全く。よくやりますこと。
座席からリーンハルトを一睨みすると頭を掻きながらヘラヘラと笑っている。
そんなリーンハルトにため息を吐きつつ、次は自分の番であるため、壇上へと向かう。
「ここまで残れたのは流石に褒めてやるが、止めるなら今のうちだ。どうする?」
「愚問ですわね。」
「チッ。アルベイユ殿下に言い含められているから手加減はしてやるが、少々怖い思いはさせて貰うぞ。」
「ふふっ。楽しみですこと。ですが、手加減は不要ですわ。まぁ、もし負けた時の言い訳に使いたいのなら構いませんが。」
「なんだとっ?!その言葉後悔させてやるっ!」
そして試合開始の合図が言い渡された。
「“ファイアショット”!」
出してきたのは初級も初級の炎魔法。
あんな大口を叩いた癖にこんなものなのかしら、とその火の玉を一瞥してすぐに鎮火させてあげる。
「“エクスティング“」
ただ火を鎮火させるだけの生活魔法で己の得意とする炎魔法を打ち消されたのがそんなに驚いたのか、愕然としているけれど、それほどまでに貴方の魔力が弱いのよ。
しかし、それでは心折れず勇猛にも追攻撃をかましてくる。
「“ラピットファイア“!」
炎の球が連射され、一直線にこちらに向かってくる。
あら。面倒ね。
「“ディスアピア“」
私が呪文を唱えると全ての炎が一瞬で消える。
そして、それを見てとうとう心が折れたのか、膝をついて呆然とする側近候補の方。
ふふっ。
私が上級魔法を使えるなんて夢夢思っていなかったのでしょう。
残念ながら14歳で全ての属性魔法を上級まで使いこなせるようになりましたのよ。
王子妃としてやることはしっかりやっていましてよ。
打ちひしがれてもうお終いかと思ったけれど、なかなか根性はあるようで諦めずに向かってくるので、何度かお相手して差し上げることにした。
その後も撃ち続けてくる炎の球を余裕で消して差し上げる。
ついにぜーっぜーっと肩で息をするので、これ以上は可哀想に思うので終わらせて差し上げることにしますわ。
「“ファイアショット”」
私との差を思い知りなさい。
己と同じ魔法なのに威力が数倍違うその炎の球に驚き慄く側近候補の方。
ご愁傷様。直撃は避けて差し上げてよ。
目の前で弾ける炎に意気消沈したのを見たレフリーが戸惑いながらも勝敗を告げる。
これで決勝は私とアルベイユ殿下になるということですわね。
少しの間が空いた後決勝が執り行われた。
壇上には私とアルベイユ殿下。
殿下は少々戸惑いつつも私を心配してか、まだ辞めさせようとしてくる。
「アイリス。本当にするのか?お前が魔法を使いこなせているのはわかったが、俺はお前に傷をつけたくは無い。」
「あら。そのような心配は無用ですわ。リーンハルトともよく魔法の撃ち合いをしておりましたので。自分の身くらいは守れますことよ。」
「そういうことではなくて…。」
「はぁ…。でしたら降参なされては如何です?
まぁ、オトモダチには見損なわれると思いますけれど。」
「…リリアンヌは関係ない。」
「どうでしょうか?本人はそう思っていないのでは?」
眉間に皺を刻んで暫く睨んできたかと思ったら、ふーっ、と一息吐いてそのままレフリーのところに行く殿下。何かをやりとりした後、殿下は壇上から降りていき、レフリーが不戦勝を告げた。
はぁ?どういうことですの?敵前逃亡?
敵わないと思って諦めたってこと?
なんて情けないのかしら。次期国王には相応わしくありませんことよ。
ストレス発散のために買った喧嘩でしたのに、もやもやが残る結果となってしまった。