トライ アンド エラー
私は今日もミニアンヌさんを観察する。
前回は失敗に終わってしまったので、新たに可愛くなるための仕草を模索中なのですわ。
ふむふむ。
手と手を合わせて目を瞑り、相手と目を合わせてからにこりと笑う、と。
これなら簡単ね。
早速試してみるべくユリウス殿下を探しに行こうとすると、いつのまにか後ろにいた。
「良いところにおりましたわ。ちょうど新たな可愛さを練習していたんです。見て頂いても?」
「うん。そのために来たからね。」
「それは良うございました。では早速。
…。これで如何でしょう。可愛ですか?」
「え?、今のが可愛い仕草だったの?何か魔法でも始める気なのかと思ったよ。むしろちょっと命の危険すら感じたかな。」
可笑しいわね。
マニアンヌさんと話していた側近候補の方達はこれで頬を赤くしていたのだけれど。
「君はたぶん笑わないから怖いことになるんじゃない?まずは笑ってみたらどうかな?」
なるほど。
笑っていなかったから可愛くないのね。
笑えばいいだけなら簡単よ。
「これでどうでしょう。」
にっこり。
「うーん。なんだか凶悪さが増してきたね。」
なんて失礼な。
私の美しい顔が凶悪ですって?
ユリウス殿下も病院に行くことをお勧めするわね。
「ふふっ。視力はいい方だよ。」
「な!なんですか?私は何も言っておりませんが!」
「顔に出てるよ。」
なんてことかしら。王子妃教育ですら感情を露わにしなかった私の表情を読み取るなんて、さすが王太子殿下、侮れませんわね。
「そういえば一つ疑問なんだけど、君のその可愛いポーズって言うのは誰の真似なんだい?」
「ミュレット子爵令嬢ですわ。」
「ミュレット子爵令嬢?」
「えぇ。弟のリーンハルトが可愛いと言っておりましたので、参考にさせて頂いておりますの。」
「ふーん。まぁそれは置いといて、今日も全くダメだからまた考えておいで。」
何という屈辱!今までやれば何でもできていたのに、何故こうも上手くいかないのかしら。
もっとよく観察して細かいところまで再現する必要があるということね。
「ということで、暫く隣に居させて頂くわ。」
「またなの?!」
「まぁ。令嬢たるもの、そんな大きな声を出すものではなくってよ。」
「あなたのせいじゃない!」
アリエンヌさんの大きな声で何事かと殿下達一行が集まってくる。
「どうしたんだ!リリー!」
「アルベイユ様ぁっ!アイリス様が訳のわからないことを言って来て…っ。これから付きまとうと言うんですっ!」
「どういうことだアイリス!」
「あらあら殿下。王族たるものそのように感情を露骨に剥き出しにしてはいけませんわ。いざという時、揚げ足を取られてしまいますことよ。」
「なっ!今、俺のことはいいだろう!それよりもリリーに付き纏うとはどういうことだ!」
「言葉の通りの意味ですけれど。今後その方の同行を確認させてもらうだけの話ですわ。」
「理由になっていない!」
困りましたわね。リーンハルトがいる手前可愛くなるために観察するとは言えませんし…。
何と言おうか悩んでいるとなんともいいタイミングで王太子殿下がおいでになった。
「それは君がその令嬢に入れ込んでいるからじゃないかな。アルベイユ。」
「あ、兄上…!」
「どうしたんだい?らしくないじゃないかい。僕の代わりに立太子する予定の君がそんなに声を荒げるなんて。」
「そ、それは兄上が成人までに病が治らなかったらの話です。」
「でも、そうなる覚悟はしておけと常々言われているよね?」
「っ…!」
ユリウス殿下の登場でその場の空気が変わる。
今はなんだか先程よりも空気が重々しく感じるわ。これが王太子の威厳というものなのかしら。
呑気にそんなことを考えていると急に肩に手を置かれたので隣を見るとユリウス殿下は笑顔なのに、怖い顔をしていた。
「兎に角、ルルベージュ公爵令嬢が何故君の婚約者なのか、その意味を今一度考えるんだね。行こうか、アイリス。」
「え?私まだ、…。」
観察していないと言おうとして思い止まった。何せ鬼のような目がこちらを見ていたのである。
すごすごとユリウス殿下と共にその場を去ることになってしまった私は後ろ髪惹かれる思いで、後ろを振り返ろうとしたけれどそれもユリウス殿下の鋭い眼光で止められてしまった。
初めてユリウス殿下と会った校舎が見える中庭にくるとユリウス殿下は笑顔のまま私を諭してくる。
「君は無闇にあのご令嬢に会いに行くのをやめようか。」
「失礼ですが、無闇ではありませんわ。目的があっての行動です。」
「うん。そうだね。言い方を変えよう。
君から傷つきに行く必要はないんだよ。観察なら離れてすればいい。」
「?傷ついたりしておりませんが。」
「それでも、婚約者のあんな姿を見せられていい気はしないよね。」
「いいか、悪いかで言われると、そうですわね。アルベイユ様が些か阿呆になってらっしゃる気がして残念に思いますわ。」
「ふふっ。そうだね。僕もそう思うよ。思慮深い弟はどこへいったのやら。」
そう言うユリウス殿下の横顔は少々寂しそうな、何かを悩んでいるような顔をしていた。