観察始めます
次の日、私は図書室で可愛いの意味を調べていた。
「『可愛いとは…愛らしく感じるさま。 いとしく思うさま。小さいもの、弱いものなどに心引かれる気持ちをいだくさま。』」
ふむ。愛らしくといとしくなら何とかなるだろうけど、小さく、や弱くは無理ね。
何せ私は身長が高い。そして公爵令嬢として、履いては王子妃として強くあることを望まれており、そのための教育を受けましたもの。
だから私よりも随分と小さく、そういう教育を受けていないミミアンヌさんは可愛いと思われるのね。
さて、どうしたものか。
そういえば、昨日リーンハルトが健気さがあれば可愛いと言っていたことを思い出して、再度健気を調べることにした。
「えーっと、『(女性・子供など)力の弱いもののかいがいしさが、ほめてやりたいほどであること。』ですって?」
これまた弱いことが健気なの?なんて不憫な世の中かしら。弱さなんて何のメリットもないのに。
考えたところで私には想像できないのだから現物を観察するしか無さそうね。
「ということで、暫く貴女を観察させて頂いてもよろしくて?」
「ということでって、どういうこと?!」
「あら。察しが悪いのね。社交界で生きていくには向いていないわ。」
「そんなの誰だって無理でしょっ!」
昨日とは打って変わって健気にも威嚇するミモンヌさん。
あら!これが健気ってことね!
「いいものを見せて頂けたわ。ありがとうミモンヌさん。」
「誰?!」
「でもこれだけだとまだわからないからもう少し観察させて貰うわね。」
「無視?!」
そんなこんなで私の可愛いのための観察ライフが始まった。
「″リガード″」
校舎内が見える中庭に来ると、 私は自分に遠くまでよく見えるようになる魔法をかけ、校舎にいるアリアンヌさんを見続ける。
ふむふむ。なるほど。
話す時は顎に拳を当てて下から相手の目を見つめて話す、と。ポイントは片手でスカートを握っておくことですわね。
よし!これで私も可愛くなるはずですわね。
魔法を解除したら早速試してみるべく、リーンハルトを探していると思わぬ人物と遭遇した。
「やぁ。久しぶりだね。元気にしてた?」
「王太子殿下…。何故こちらに?お身体は大丈夫ですか?」
「うん。もうすっかり良くなったよ。やっと通学の許可が出てね。久しぶりに来てみたんだ。」
「そうですか。それは良う御座いました。ですがお身体に触ります故、あまり御無理はなさいませんよう。」
身体が弱く部屋から出られることが少なかったユリウス殿下がこんなにも元気そうに外にいることに驚くも、一臣下として病気が悪化しないか心配になる。
そんな私の心配を感じ取ったのか、ユリウス殿下はクスクスと優しく笑いながらまたも驚くことを言ってのけた。
「心配してくれてありがとう。でも安心して。病気は完治したんだ。もう剣だって待てるよ。」
「え?!不治の病だったんでは?!」
驚いて失礼にも大声をあげてしまったことに気がつき慌てて礼をとる。
「大変失礼致しました。御見苦しい姿を見せてしまいましたわ。」
「ふふっ。無理はないよ。だって、あの父だってこのことを聞いたら勢い良く立ち過ぎて椅子を倒していたからね。」
「え…?!あの冷静沈着で何事にも動じない国王陛下がですか?」
「うん。あれは流石に可笑しくなって笑っちゃった。」
まぁ、何と言うことでしょう。
常に冷静故に冷徹な判断をも迷わず即決する鬼の陛下がその様な姿を見せるとは。
私も見てみたかったですわ。
「それより。アイリスは変なポーズをとっていたけど一体何をしているんだい?」
「変?これは可愛くなるポーズの練習ですわ。」
「…かわいく、なる?」
「えぇ。そうです。リーンハルトに可愛く無いと言われたのでギャフンと言わせるべく、可愛いを習得していますの。」
「ふふっ!あははははっ!
ごめんね。笑って。君は十分に可愛いと思うけど、ちょっとその練習の成果を僕に見せてくれないかな?」
「何故ですか?」
笑われてしまったことに少し腹が立ってつんけんどんな言い方をしてしまうのは許して欲しいわね。
「第三者が見て可愛いかどうか判断した方が失敗がなくていいんじゃないかな?
それにリーンハルトに言われたってことはいつもは頼りになるリーンハルトには相談できていないんでしょう?なら彼の代わりに僕が客観的意見を言えば、より明確になるでしょ?」
確かに…。
仕方がないわね。こればかりは殿下の言う通り、見てもらった方が効率がいいわね。
「では、僭越ながら。
…これでどうでしょう?可愛く見えますでしょうか?」
先程習得した拳を顎に当てて、スカートを片手で握る話し方を実践してみた。
「!!あっははは!」
大爆笑されたのですけど、どういうことなのでしょう。
「どうしてそんなに真顔なの?手も力が入り過ぎてて逆に怖いよ。何か恨みを溜め込んでいるみたいだ。」
「そんなつもりは毛頭ありませんが。」
「うん。だから全然だめってことだね。アイリスは僕がいいって言うまで他の人にそういう姿を見せたら駄目だよ。リーンハルトをギャフンと言わせたいならなおのこと。ね。」
「それは私に指導をしてくださると?」
「うーん。指導と言うか、テスト、みたいな感じかな。僕が合否を出すから、君はそれに答えるべく試行錯誤して練習してくる。そして、僕が合格を言い渡したらリーンハルトに実践する、てこと。」
「なるほど。わかりましたわ。その提案お受け致します。」
こうして私とユリウス王太子殿下の奇妙な師弟関係が始まった。