何のために
目が覚めてからの療養中は暇で暇で仕方がなかった。
確実に骨が折れていたであろう私の右足も私が眠っている間に聖女様に治して頂いたそうで、聖女様の貴重なシーンを見逃してしまったし、アザだらけだった身体も全て完治しているのだから学園に登校しようとしたらお父様の許可が出ていないからと馬車を出してもらえないし、全く娘馬鹿なんだから。
お母様は
「しょうがないわよー。だってアイリスちゃんが心配なんですものー。」
と言ってお父様の肩を待つので頼りにならない。
かと言ってリーンハルトも
「いいんじゃない?暫くゆっくりしても。」
なんて言う始末。
私だって学園でやりたいことがあるのよ。
これじゃぁ、ますます可愛くなるのに時間がかかってしまうわ。
暇だけど、何処にも行くことを許されないので何をしましょうか。
そうだわ。特級魔法を使えるように練習しましょう。
暫く学園をお休みするのだし、時間はたくさんあるからいい機会ね。
それから私はお父様に強請って魔法の家庭教師(素晴らしく優秀な)を付けてもらうことにした。
だって学園を休むんですもの。このくらいの我が儘は聞いて頂かないとね。
そしてやって来た家庭教師はなんと、宮廷筆頭魔法使いのエデュラス・フォンギアスであった。
お父様ったら、なんて方にお願いしたのかしら。
絶対迷惑がられるわね。
ま、引き受けたのですから最後まできっちり教えて頂きますけれど。
「お初にお目にかかります。わたくし、宮廷筆頭魔法使いをさせて頂いております。エデュラス・フォンギアスと申します。以後お見知り置きを。僭越ながら貴女様の家庭教師として任命を受けましたので最後までお付き合いお願い致します。」
淡々と言う彼の第一印象は無愛想で真面目、けれども美しく整った顔立ちはユリウス殿下と並ぶと華々しくなりそうね。
ユリウス殿下は儚く、繊細な美しさだけどこの方は線は細いけれど芯のある男性らしい色香を纏っているって感じかしら。
アルベイユ殿下は綺麗な顔だけど雄々しくて、がっしりとした身体つきは守られてる安心感を感じさせるのよね…。
て、何を考えているのかしら!
頭をぶんぶんと横に振って邪な考えを捨てようとしていると、筆頭魔法使い様から声がかかる。
「任命された以上遊び半分ではなくしっかりと学んで頂けるよう、些か厳しくさせて頂きますのでご了承を。」
…これは、我が儘娘の気まぐれに付き合わさせていると思われているわね。
ふふっ。やってやろうじゃないの。
それから筆頭魔法使い様の授業は本当に厳しかった。これが私でなければとうに泣いて逃げ出すほどよ。
まず、基礎はしっかり身に付いているのでそこは褒められたが魔力量のコントロールが些か雑であるということで魔力の調整から始まった。
魔力のコントロールはできていると思っていたのに…。
まぁ確かに、微調整は苦手だから火力が大きくなりがちなのよね。
「10回撃ったら10回とも同じ威力にすること、と言いましたよね。これはなんですか。」
「10回とも同じように吹っ飛ばしただけですわ。」
「…的を吹っ飛ばせばいいという訳ではないんですよ。的に同じ威力で穴を空けるだけです。」
こんな風に微調整が苦手なため魔法を弱く撃つのが難しいから生活魔法とかの弱い魔法を使って調整しているのに、それではだめだと言うんですもの。困ったものね。
「…苦手を放っておいてもいいことはありませんよ。」
「う…。」
心の声が聞こえているかのような言いようにぐうの音も出ない。
「では、今日は魔力の糸通しを30回ですね。」
「え?!またですの?」
「コントロールが身に付けばやる事も変わりますよ。」
「くっ…。わかりましたわ。」
魔力の糸通しとは可視化した魔力を圧縮した後、その魔力を使ってビーズを編んでいくというものなのだが、これが本っっ当に疲れるのよ。
手元で魔力を圧縮させて穴の小さなビーズに通すというのは物凄く集中力がいる。
あまりにも強いとビーズが弾けるし、圧縮が甘いと穴に通らない。
般若の如く顔で仕切りに糸通しをしている私の横で悠々とお茶を飲む筆頭魔法使い様に多少苛立ちながらも一つ、また一つ、と仕上げていく。
「そういえば、何故特急魔法を覚えたいのか聞いていませんでしたね。」
「何で知る必要があるんですのっ?」
「私は貴女の師範ですので。どのような理由で使えるようになりたいのか知る権利があります。」
「そんなのっ…、ありますっ?」
「えぇ。ありますよ。まぁ教えて頂けないのであれば、私も教える義務はありませんが。」
ぱぁんっ!!
ビーズが弾け飛ぶもその破片さえ避け、相変わらず優雅にお茶を飲む筆頭魔法使い様。
「意識を逸らせてはいけませんよ。貴女はまだコントロールできないのですから。」
「だ、誰のせいでっ!と、いうか教えないなんて話が違いますわよ!」
「別に教えないとは言っていません。貴女が理由を言って下さるならばいくらでも御教えしますよ。」
「っ!」
なんて食えない方なのかしら!
私は仕方なしに渋々と口を開く。
「先日、魔法学園であった実習で不意を付かれて怪我をしたのですけれど、特級魔法が使えれば…殿下を、危険な目に合わせることなく自分でどうとでも対処できたと思ったからですわ。」
「殿下、とは君の婚約者のアルベイユ殿下のことですか?」
「そうですわ。」
「ふむ。殿下は余程君を大事に思っているようですね。」
「…は?何処にそんな意味がありました?」
「それは、君の言う危険に殿下は自ら飛び込んだのでしょう?」
「飛び込んだなど一言も言っておりませんが。」
「それじゃあ、殿下が危険な目にあって君が飛び込んだんですか?」
「…いいえ。」
「ならば殿下が自ら飛び込んだのでしょう。と、いうことは何とも思っていない相手にはしないことでしょうし、余程貴女を心配していたと思われる。」
確かに、心配した、と言っていたわね…。
あの時の殿下を思い浮かべていると筆頭魔法使い様はまたも驚くことを言う。
「そして貴女も殿下のことを大切に思っているのですね。」
…………は?
「…何を言っていますの?」
「え?…だってそうじゃないですか?貴女は殿下を危険から遠ざけるために魔法を学ぶのだから。」
「誰も殿下のためなんて言っておりませんわ!」
「あの言い方は殿下のためと言っているようなものです。」
ピシャリと言う筆頭魔法使い様に言葉が出ない。
私が特級魔法を使えれば自分で対処できるようになるし、殿下が私を心配して危険なことをしなくなるから一石二鳥と思っただけなのに。
これの何処が殿下のためだというのかしら!
私自身のために他ならないのに!
ゔーんと頭をひねる私を見て筆頭魔法使い様は急に笑い出す。
「ふっ…っあははっ!まだまだお子様ですね。」
あまりにも綺麗に笑うものだからつい見惚れてしまうけれど、己が馬鹿にされているとわかり怒りが湧いてくる。
「子ども扱いしないでくださいませ。もう15ですのよ!魔法だってその辺の貴族より使いこなせていると自負しておりますの。」
「確かに君はその辺のボンクラより優秀だけど、中身はまるでお子様ですよ。15なんてまだまだ赤ん坊に毛が生えたくらいなんですからいいじゃないですか。」
聡明な私を子ども扱いなんて両親以来初めてですのよ。
全く、ちょっと…いや、かなり自分が優秀だからって!
ジト目で見るとさらに笑ってくる筆頭魔法使い様は最初の印象とは程遠い、人を小馬鹿にする性悪でとてもよく笑う人であった。




