噂の悪女、アイリス・ルルベージュ
私、アイリス・ルルベージュは筆頭公爵家に産まれ落ちてから両親に溺愛され、蝶よ花よと大事に大事に育てられてきた。
言えば何でも手に入ったし、嫌なものは嫌だと言えば目の前から無くなる。誰にも咎められることも無かったし、全て受け入れられてきた。
そんな環境でのびのびと育った私は美しくも才能豊かに成長した。
そんな私が鏡の前で何をしているのかですって?
それは、
笑顔の練習よ!
何故そんなマヌケな事をしているのかというと、ことの発端は私と同じくルルベージュ公爵家に産まれた、正真正銘、私の双子の弟のリーンハルトが、
「お前ってホント可愛くないよな。」
と、言いやがったからですわ。
少々吊り目で力強い瞳に、化粧要らずの派手な顔の私はどちらかと言うと美しいのだけれど、可愛くないなんて言われたのは初めてのことで腹が立ちましたの。
しかも、一番信頼できて、可愛がっていた双子の弟にこんなことを言われるなんて…。
私のプライドがズタボロですわ。
だから可愛くなって弟をギャフンと言わせてやるのです!
そう決意し、鏡の前で笑顔の練習をしているのです。
「マリー!どう?!こうかしら?」
にーっこり笑って侍女のマリーに見てもらうとマリーは真顔で
「お嬢様はどんな顔でも可愛いですのでご安心を。」
と、言ってのけた。
この公爵家は両親のみならず、使用人たちまで本気でそう思っているからいただけない。全く参考にならないわ。その点リーンハルトは客観的な意見をくれるので頼りになったものを。
今はそんなリーンハルトをギャフンと言わせなくてはならないので、頼ることができないのが痛いですわね。
どうすれば可愛くなれるのかしら。
確か、リーンハルトは魔法学園のミュレット子爵令嬢が可愛いと言っていたわね。
何でも、控えめで花の様な笑顔が可愛いんだとか。
他人のことなんて全く興味がないから名前なんて知らないけれど、確か彼女は聖女候補だったはず。
明日、その可愛いと言われる令嬢を観察することにしましょう。
そう考えた次の日、私は早速噂のミュレット子爵令嬢に会いに行った。
しかし、顔がわからないので道行く人に尋ねていく。
「ちょっと、そこのあなた。私をミュレット子爵令嬢の所まで案内なさい。」
「え?!わ、私?ですか?」
「あなた以外に私の前に居まして?いいからさっさと案内なさいな。時間は限られているのよ。」
「いえ、あの、私がそのリリアンヌ・ミュレットです。」
あらまぁ。私ったら運がいいわね。探さなくても会えるなんて。
それにしてもこの方本当に同級生かしら。
そう思うほどに小さいのだけれどちゃんと食べてるのかしら。心配ね。
「あなたちゃんとしたものを食べてらして?全く貧相で見ていられないわ。」
「え…。そんな…っ。確かに胸は無いですけど、そんなこと言わなくてもいいじゃないですかっ!」
は?胸?
そう言われてみれば確かに胸は無いわね。
でも誰も胸のことなんか言っていないのだけれど。
何とも不思議な思考回路に驚いてジッと見ているとまたもや訳のわからないことを言い出す始末。
「そんなに睨まないでください〜っ!」
睨んでいるつもりなど毛頭ないのだけれど。この方大丈夫かしら?頭のネジがどこかへお散歩に行かれているようだわ。
「あなた大丈夫?頭の様子が少しおかしくてよ。仮にも聖女候補なのでしょう。早急に病院に行くことをお勧めするわ。」
「ひ、酷いですっ!」
そんな疲れるやりとりをしていたら前から私の双子の弟のリーンハルトと、婚約者である第二王子のアルベイユ殿下、そしてその側近候補のその他諸々の方々がいらした。
リーンハルトは私と…、なんでしたっけ。マリアンヌ的な令嬢を見るや慌てて彼女に駆け寄って行く。
「リリー。大丈夫?アイリスに何か言われてない?」
「失礼ね。その方の頭の様子がおかしかったから心配して差し上げていただけよ。感謝はされどもそんなことを言われる筋合いはなくってよ。」
「そういうところが可愛く無いって言ってんの。」
まぁ!またしても可愛くないだなんて!
こんなに貴方の想い人を心配して差し上げたというのに。なんという仕打ちかしら。
ジッとリーンハルトを睨んでいたらアルベイユ殿下がハァ、と溜め息を吐き呆れた顔でこちらを見てくる。
「またか、アイリス。その態度をいい加減どうにかしたらどうだ?傲慢で横暴な悪女だと言われているんだぞ。」
「なんですのそれ?初耳ですわ。」
「そりゃアイリスは興味が無いことは一切耳に入ってこないからね。噂なんて全く知らないだろ。」
そんなことを言われても興味がないことにいちいち耳をそばだてる意味も理由もないし、時間の無駄ですもの。当たり前よね。
そんなことを思っているとマリアナ的な令嬢が潤んだ瞳で側にきたリーンハルト達を見上げて言うのである。
「みんなありがとう。いきなり責められてちょっと怖かったけど、みんなが来てくれたからもう大丈夫!アルベイユ様も私のために怒って下さってありがとうございます。」
その言葉を聞いて殿下もリーンハルトもうっとりした、少々間抜けな顔をした。
「リリー…。」
「リリーは本当に優しいな。それに比べてお前は…。少しはリリアンヌの健気さを見習ったらどうだ!」
「え?嫌ですわ。私に頭のネジでも外せと申しますの?そんな阿呆になるのなんて御免被りますわね。」
殿下の言葉にすぐさま言い返すとわなわなと震えていらっしゃるけど、何が気に要らないのかしら。未来の王子妃が馬鹿だと困るのではなくて?
「もういい!行こうリリアンヌ。あんな奴の言葉に耳を傾ける必要はない。」
そう言って去って行く殿下一行を見送りながら何をあんなに怒っているのか私には不思議でならなかった。
その日の夜、リーンハルトから何故かはわからないが怒られてしまった。
何でも私は言い方が威圧的過ぎてよく無いのだとか。
それからミリアンヌさんには明日謝るよう言われたけどそれは断った。何故心配までしてあげたのに謝る必要があるのかわからなかったから。
そしたらリーンハルトは余計に怒ってしまったけど。
「まったく…。リリーの様な健気さがちょっとでもあれば可愛げがあったものを。このままだと殿下の心は一生アイリスには向かないよ!」
「あら。殿下との仲を心配してくれるの?でも大丈夫よ。お互い気持ちなんて欠片もないのだから。今更よ。」
「…アイリスはそれでいいの?」
「いいも何もそれが貴族と言うものでしょう?」
「…。それでも俺は双子の姉には幸せになって欲しいけど。」
「ふふっ。ありがとう。私はずっと幸せよ。」
「アイリス…。」
「でもまぁそこまで言うなら殿下にだって可愛いと言わしめて差し上げるわ!」
「…え?」
「兎に角、可愛いと思われればいいのでしょう?
ふふふっ!やってみせるわ!この私に出来ないことなんて無いんですから!」
ふふふふふっ!と意気込む私にリーンハルトがボソリと何かを呟くが聞き取れなかったので気にしないことにした。
「あーあ。押しちゃダメなスイッチ押しちゃった…。」