プロジェクト《かぐや姫》決行③
ザワザワと騒がしかったその場の様子がピタリと止まる。
ピリついた雰囲気だけを残してシンと静まり返った。
離れているし、大きな声じゃなかったから何を言っているのか分からなかったけれど、八神さんと如月さんがいくつか言葉を交わしているのだけは分かる。
その語調が徐々に強くなり、周りを巻き込んで広がっていく。
大きなうねりとなって、ついに衝突した。
「テメェらはこの学校に必要ねぇんだよ!」
「んなのお前らに言われる筋合いねぇんだよ!」
怒声がこちらにも聞こえてくる。
殴り合う音が聞こえてくる。
本当なら今の時点でも止めに行きたい。
でも発散させるのが目的だから、ここで止めてしまったら意味がない。
不満はくすぶったままで、またこの間のように一般生徒を巻き込むようなことになってしまう。
だから、今は見ない様にして我慢するしかない。
このまま、二年前のようにならなければ一番いい。
でも、そう思えば思うほど何かが起こりそうで……。
そして、そういう嫌な予感は大体が当たってしまうんだ……。
パァン!
突然、何かの破裂音が響き渡る。
一度だけなら聞き逃した人もいただろう。
でも、その破裂音は何度か響き渡る。
パァン!
パァン!
「何これ? 空砲みたいな……」
最初に破裂音で肩をびくつかせたしのぶが不安そうに眉尻を震わせている。
それを落ち着かせるように奏が寄り添って極力優しい声をかけた。
「そうだな。……あれだ、徒競走とかで使うスターターピストルみたいな……」
そう言ったところで、もう一度パァン! と音が鳴る。
そして続けて色んなところからパパパパパン! と連続音が鳴った。
「こ、今度は何⁉」
またビクついたしのぶに今度は私が答える。
「多分これは爆竹だね、連続した音だし。……でも何でこんな音が?」
その理由は、喧噪の中から聞こえてきた声で分かることになる。
「なんだよこれ⁉」
「銃か⁉」
「銃? 銃だって⁉」
月光で明るいとはいえ今は夜。
そこまで周囲の状況が分かるわけじゃない。
しかも、乱闘状態でケンカをしている。
冷静な状態ならそんなわけないって分かるはずのことも、今の彼らには分からないんだ。
そして、混乱が混乱を呼ぶのは必然だった。
「誰だよ⁉ そんなの持ち出して来たやつは⁉」
「くそっ! やられる前にやらねぇと!」
そして、二年前と同じ光景が広がる。
流石の異変に目を逸らし続けることも出来なくて、ステージの隅の辺りまで上って校庭を見渡す。
月光の下、数か所から白銀がきらめいていた。
「っ!」
息を呑む。
本当に嫌な予感が現実になってしまった。
あの破裂音といい、爆竹の音といい、どこか作為を感じる。
でも、今はそれを考える余裕は無い。
「うそ……本当に……?」
しのぶが眼前の光景にショックを受けている。
たぶん、今の今まで本当にここまでのことが起こるとは思っていなかったんだろう。
「大丈夫だ、しのぶ。美来がちゃんと止めてくれる」
奏がしのぶに寄り添い、私を見た。
「行けるか?」
「……うん」
本当に私が歌うことでみんなを止められるかは分からない。
でも、二年前は出来たことだから試してみる価値はあると思う。
私は少し離れたところにいる坂本先輩に視線を向ける。
「すまないけれど、頼むよ美来さん」
悲しそうに眉を寄せた坂本先輩に頼まれ、頷いたときだった。
「うぐぁっ!」
聞き覚えのある声の、呻くような叫びが聞こえてきたのは。
振り返り、校庭を見る。
この暗い中、大勢がいる中。
どうして彼をすぐに見つけられたのか分からない。
でも、引き寄せられるように私の目は彼の姿を捕らえた。
左腕から血を流し、苦痛に耐えるような表情をしている久保くんを。
「っ!」
頭が、真っ白になった。
心臓が、嫌な感じにドクドクと早くなって……呼吸が乱れる。
よく分からない感情が渦巻いて、ただ嫌だと感じた。
「美来?」
誰かが呼ぶ声が聞こえたけど、それが誰の声なのかも分からないくらい私は久保くんしか見ていなかった。
吹き荒れる感情の赴くまま、私はステージの中央へと走る。
そして――。
「ああああぁぁぁぁ!!!」
感情のすべてを吐き出すように、ただ叫んだ。
嫌だ、嫌だ!
どうして?
何で久保くんがケガをしてるの?
混乱してナイフを持っていた人が暴れたんだっていうのは分かっていたけれど、分かりたくなかった。
私はまるで癇癪を起した小さな子供みたいに、ただ感情のまま叫ぶ。
息が切れるまで吐き出すと、今度は大きく息を吸う。
そのタイミングを見計らって奏がスピーカーのスイッチを付けたんだろう。
次に出した声が、ステージの脇にある大きなスピーカーから流れていった。
歌うのはやっぱり二年前と同じ歌。
紡ぐ言葉は争いを悲しむもの。
愛を願う言の葉。
でも、今の私はそんな優しい感情だけではいられなかった。
争いを悲しむ?
ううん、むしろ憎しみに近い。
愛を願う?
ううん、とにかくやめてとしか思えない。
震える感情は涙となって出てきそうで、私は泣かない様に空を見た。
暗闇の中、煌々と光る満月を。
止めて。
この争いを止めて。
そんなに大きく光って見渡しているだけなら意味がない。
その高い位置から、争いをやめろと訴えかけて。
そんな風に、私は空に静かに浮かぶ月を睨むように見上げて歌った。
強く、強く。
心の底から。
魂の奥底から。
力強い旋律に、ただひたすら止まれと願う。
そうして歌い終わった頃には、肩で息をしていた。
シンと静まり返っている様子に気づき視線を地上へと戻すと、みんなが私を見ている。
分かってはいたけれど、注目を浴びていることに一瞬息を呑む。
でも、久保くんのことが一番気になっていたから彼の姿を探す。
さっきとほぼ同じ位置にいたからすぐに見つけらた。
仲間の人がすぐに止血してくれていたのか、手首より少し上の位置に布が巻かれている。
思ったよりは深くなかったのか、その巻かれている布まで血まみれにという状態では無いようでホッとする。
そうして、歌で発散したこともあって荒ぶっていた感情も落ち着きを取り戻すと、どこからか「……すげぇ」という言葉が聞こえてきた。
「ん?」
と思っている間にザワザワと波が広がるように騒がしくなる。
「【かぐや姫】だ!」
また誰かがそう大声で言うと、ざわめきはさらに大きくなる。
「……」
あれ? ちょっとこれ、ヤバくない?
「美来! 早く来い! 逃げるぞ!」
「え? ええ⁉」
奏に呼ばれてステージを降りると、大勢がこっちに向かって来るような足音が聞こえてきた。
「美来さん、ありがとう。あとは何とかするから」
坂本先輩が急ぎでそう言ったのを頷いて返して、私達三人はステージから離れる。
そのまま誰にも会わずに寮へ戻る――はずだった。
「え? 美来、さん?」
誰もいないと思った場所から、戸惑いの声が聞こえる。
え? と振り向くと、そこにいたのは【月帝】のNO.2である稲垣さんだった。
「え? 美来さんが……【かぐや姫】?」
「あ、えっと……」
不意打ち状態に一瞬頭が真っ白になる。
存在が空気とまで言われる彼の気配は全く感じなかった。
声が出されるまで、いることに全く気づかなかった。
いつからいたのか。
それは分からないけれど、今の言葉と驚きの表情で私が【かぐや姫】だってことはバレてしまったということだろう。
何とか思考を巡らせることが出来て、口止めしなきゃ! と思ったときには大勢の足音や声が近くに聞こえて来ていた。
「美来! 行くぞ!」
奏に腕を引かれて逃げる方を優先する。
せめて黙ってて欲しいと言っておきたかったけれど、追って来る人達の姿も見えてきた。
あの集団に捕まったらそれはそれでさらに混乱を呼びそうな気がする。
とにかく今は逃げるしかない!
そうして驚きで目を見開いている稲垣さんをもう一度だけ見て、私は何も言葉に出来ず足を動かした。
稲垣さんは追ってこない。
途中で第一寮へ向かいしのぶと別れ、何とか学校の敷地外に出る。
その頃には不良達を何とか撒けたみたいで、騒がしさは少し遠くに聞こえていた。
それでも学校の近くにいるわけにも行かないので、私達は第二学生寮へと急いだ。
「はぁ……はぁ……」
寮の自分達の部屋の前まで来ると二人で息を整える。
自分の部屋の鍵を開けながら、私は奏に聞いた。
「はぁ……稲垣さん、黙っててくれるかな?」
「はぁ……はぁ……無理、だろうな……」
「……だよね」
奏の返事に、諦めの心境で同意する。
何となく二人の総長にもバレそうな感じはしていたけれど、まだ余裕はあったはず。
でもきっと、その余裕は無くなってしまった。
「奏……明日学校行かなきゃダメかな?」
「諦めろ。どうせそのうちバレてた」
ちょっと投げやりにも聞こえる言葉にムッとする。
「なにそれ。大体あの地味な格好は奏のためにやってたんでしょう?」
「お前なぁ……」
文句を言うと、ジトリとした目で淡々と語られた。
元々二人の総長や坂本先輩に目をつけられていたのは私。
ちょこちょこと色んな人に素顔を見られてしまったのも私。
無自覚でも人をたらし込んできたのも私。
そう並べ立てられて、最後に一言。
「お前がもっと気を付けていればこんな大げさなことにはならなかったんじゃないか?」
「うぐっ!」
言い返せなかった。
不本意な部分もあるけど、確かな事実で……。
なにより、奏には全く悪いところはない。
むしろフォローしてくれてたくらいだ。
「うぅぅ……だってぇ……」
私だって進んでトラブルを引き寄せてるわけじゃないのに……。
そうして項垂れた私の頭に奏はポンと男らしく硬くなってきた手を置いた。
「ま、出来る限りはフォローしてやるから」
「うん……」
なんだかんだ言っても助けてくれようとする奏に、申し訳ないと思いつつ感謝した。
「ありがとね、奏」
「ま、お前の兄だからな」
そうして私達は、今夜だけでもと残りの夜を静かに過ごした。
久保くんは大丈夫だったかな?
と、少しの心配を残して――。




