銀の総長④
噛みつくようなキス。
そして舌がねっとりと唇を撫でまわし、割り入ろうとしてくる。
でも、予測出来てた私は絶対にその侵入を許さない。
顎をしっかり掴まれていて逃げられない私の、せめてもの抵抗だった。
どれくらい経ったのか。
一分は経ってないと思うけど、早く終わってと思っていた私には長く感じた。
やっと離れた銀星さんは皮肉気に笑う。
「ったく、強情だな」
その言葉でやっと終わったんだと思った瞬間、耐えていたものがあふれ出した。
「うっふぇ……」
ボロボロと、涙があふれる。
「なっ⁉ ここで泣くのかよ」
初めて銀星さんがうろたえたような声を出したけど、今の私にはそんなことどうでもよかった。
「うっ……今度こそは、好きな人とって……思ってたのに……」
また、無理やり奪われた。
こんなことにならない様に、空手以外も頑張ってたのに……。
ただただ、悲しくて悔しい。
涙が止まってくれないほどに。
そうして銀星さんにも隙が出来たからだろうか。
その隙を突いて誰かが彼の死角から攻撃を仕掛けたのが視界の片隅に見えた。
銀星さんも直前まで気付かなかったのか、攻撃をモロに受けそうになって私から手を離す。
唐突に離されて少しよろけてしまった私を引き寄せるように、腕を掴んでその胸に抱き留めた人がいた。
そのままギュッと少し抱き締められ、身を固くする。
でもそんな私の反応に気づいたのか、すぐに力を緩めてくれた。
「……ごめんな」
降りてきた低い声は、思ったより優しい声音。
見上げた先にあったのは、申し訳なさそうに眉を寄せた八神さんの顔だった。
彼は眉間のしわを一本増やして、もう一度謝罪の言葉を口にする。
「ごめんな……その、キスのことも……」
私は一瞬何を言われているのか分からなかった。
でも、今私は【かぐや姫】の状態だってことを思い出して理解する。
八神さんは、二年前のことを言ってるんだ。
今更謝られたところで過去は変えられない。
私の意志を無視した行為をそう簡単に許すことも出来ない。
でも。
それでもちゃんと謝ってくれたことに、良かったと思った。
少しだけ、悲しみに満ちた今の心が救われた気がした。
でも許したわけじゃないから、私はプイッと顔を逸らして態度でそれを表す。
そんな私の頭を八神さんはポンポンと優しく撫でるように叩いてから視線を銀星さんの方に戻した。
「ホントに、あいつがいてくれて良かったよ」
今の今まで忘れてたけどな、という言葉に私もそっちの方に視線を向けた。
「ってめぇ! いつもいつも存在感無さ過ぎなんだよ!」
そう叫ぶ銀星さんと相対しているのは稲垣さんだ。
「わざとじゃねぇよ!」
あ、そっか。
あの人もいたんだね。
存在が空気だと言われている彼だから、さっき私と銀星さんの近くに来られたんだ。
今回ばかりは本当に感謝しないと。
いつか機会があったらちゃんとお礼をしよう。
そう思ったけれど、彼の存在に気付けずそのまま忘れてしまう未来しか見えなかった。
稲垣さんは存在感がないので良く分からない人だけれど、銀星さんとやり合えてるくらいには強い。
どちらも決定打を出せない感じだ。
でも、やっぱり銀星さんの方が強いのか稲垣さんは少し押されていた。
この状況、どうすれば……。
何も出来ないうちにお巡りさんが来てしまうかな?
そうなったら色々聞かれて困るんだけど……。
でもそんな心配は杞憂に終わる。
銀星さんと稲垣さんの間に、第三者が現れたから。
「お前らそこまでっ」
その人には見覚えがある。
黒髪に、前髪の一部を赤く染めている細身の男性。
数時間前に会ったばかりなんだから忘れるわけがない。
南校の“暴走族”の副総長。
西木戸さんと呼ばれていた彼だった。
でもどうしてあの人が?
疑問が浮かび、ある可能性が頭の中にひらめく。
まさか……。
西木戸さんが現れたことで二人のケンカは止まる。
彼は銀星さんの方を見て、呆れを含ませた不満顔を見せた。
「おい銀星、探してたんだぞ? 今日はちょっと話があるって言っただろ? 何遊んでんだよ?」
「あー? そうだっけ?」
対する銀星さんは悪びれもなく忘れていたと話す。
でもいつものことなのか、西木戸さんは「ったく」とため息を吐いてその会話を終わらせる。
そうしてやっと私達周囲を見回す。
「で? これどういう状況?……あれ? メッチャ可愛い子もいるじゃん誰だよその子」
私の姿を見て突然喜色を表す西木戸さん。
やっぱりチャラい。
するとそんな彼から守ろうとでもするかのように八神さんが私を背後に来るように隠した。
抱きしめられていた状態から解放されてホッとする。
このまますぐに逃げたい気もするけど……ダメかな?
ダメだよねぇ……。
状況的に今逃げたら収集がつかなくなりそう。
それに、銀星さんが何者なのかハッキリさせておきたかった。
だから八神さんの背中から顔だけを出して様子を伺う。
「その目……もしかしてその子があんたらが探してた【かぐや姫】? 想像以上じゃん」
私の容姿――主に目の色を見て自分で答えを見つけ出したらしい。
「なぁ銀星、あの子俺らのにしねぇ? 【crime】で可愛がってやろうぜ?」
そして楽しそうにそう提案する。
いや、だから私の意志は?
何でみんなこうも私の意志を無視するかなぁ?
腹立たしくはあったけど、とりあえずは眉を顰めるだけにとどめた。
「俺もそう思ったんだけどなぁ。キス一つで泣き出すくらいお子様だったみたいでな」
「は? キスだけで? 笑える~」
笑えない!!
腹立たしく思っていると、笑っていた西木戸さんがまた話し出す。
「あー……まあでも、そういう子好きに育てるのも好きだけどねー、俺」
「そうか? まあ、何にせよ今日はもういいさ。何か萎えたし」
だるそうに言う銀星さん。
そんな彼に西木戸さんは軽く息をついた。
「はいはい、総長のおっしゃる通りに」
その言葉にやっぱりと思う。
銀星さんは南校の“暴走族”【crime】って言ったかな? の総長なんだ。
マズイ人に変な借り作っちゃったなーと思っていると、銀星さんはだるそうにだけれどしっかり私と目を合わせた。
「ま、服の代金分はいずれもらうとするさ。じゃあな」
無理やりキスしたんだから十分でしょう⁉
と言いたいところだけれど、銀星さんが納得してないなら結局のところ何かを要求されてしまうよね。
仕方ない。
なんか悔しいけど、後で店の方にちゃんとお金支払っておかなきゃ。
遥華にまた会えると思えば気も楽だしね。
そう自分を納得させて銀星さん達が去って行くのを睨みつけるように見送った。
そして人込みの中に彼らの姿が消えていくのを見はからって冷静な声がその場に落ちる。
「……さて。俺達が探し求めていた人物がここにいるわけだが……とりあえず君のことを知りたい【かぐや姫】?」
眼鏡の奥の瞳を光らせて、如月さんが告げた。
「っ!」
そうだった。
この人達からも逃げなきゃないんだ。
大丈夫。
今度は拘束されてないし、逃げ道もある。
私はそれを確認すると、みんなに向かってペコリと頭を下げた。
「助けてくれてありがとうございます。それじゃあ!」
そして止められる前に一目散に逃げだした。
「は?」
「なっ⁉」
「え?」
それぞれのトップの間抜けな声を背後に、私は走る。
でも呆気に取られてくれたのは一瞬だったみたいで。
「おい! 待てよ!」
八神さんの声が追いかけてきた。
他にも足音が聞こえるから、みんなが追いかけて来てるのは嫌でも分かる。
うわーん!
また鬼ごっこなっちゃったよー!
いつになったら寮に帰れるんだろうと思いながら、取り敢えず彼等を撒かないと帰るに帰れないということだけは分かった。
とにかくひたすら走るしかない!
そう思って気力を振り絞って私は走った。




