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閑話 久保幹人②

 ……。

 そんな、昨日のこいつの姿を見たから……他の女とは同じには見れなくなった。


 だからだろうな。

 俺がらしくないことをしてるのは。

 そんな風に昨日のことを振り返っているうちに寮に着いた。


「おい、着いたぞ? 鍵どこだ?」


 聞くけど、返事はない。


「おい?」


 背中の様子を気にしてみると、苦し気ではあるけど規則正しい呼吸音が聞こえる。


「マジかよ。……寝ちまったのか?」


 悩んだのは数瞬。

 俺は自分の部屋のカギを開けてそのまま中に入った。


 保険証も金も自室の中ってんなら病院に連れて行くことも出来ねぇ。

 行ってもまあ何とかなるだろうが、本人の意志確認も出来ねぇのに連れてってもなぁ……。


 それに、奏……だったか? そういうのはこいつの兄に任せた方がいいだろ。

 ずっとおぶってるわけにもいかねぇからな。

 熱は下がる様子はない。

 何はともあれいったん横になって休ませた方が良いだろ、と思った。


 部屋に入って、何とかおぶったまま靴を脱がせる。

 そして奥のベッドまで行くと頭をぶつけない様に慎重に下ろして寝かせた。

 布団をかぶせながら、まさかこんな風に部屋に連れ込むことになるとはな、と苦笑する。


 こいつを連れ込むのは抱くときだと思ってたからな。

 でもま、仕方ねぇか。


 いくら何でも苦しそうに呻く病人をどうこうするつもりはない。


「あ、そだ」


 ここままじゃ寝にくいだろうと髪も解いてやる。


「って、すげぇ……」


 結んであったゴムを取った瞬間、スルスルと勝手にほどけていくさまは凄いとしか言いようがなかった。

 こんなにきつく結っていたってのに全くクセが付いてない。

 指を通すと、引っかかる様子もなくサラサラと勝手に手の中から滑り落ちていく。


「キレイ、だな……」


 純粋にそう思った。

 触り心地が良くて何度か()いていると、「んんぅ……」と美来が眉を寄せる。


「おっと、いけね」


 ちゃんと看病してやらねぇとな。

 その前に眼鏡も取ってやるか。


 美来の眼鏡に手を掛けながらそういえば、と思い返す。


 最初八神さんのところに連れて行ったとき、こいつ眼鏡取られるの頑なに拒否してたな。

 なんでだ? そこまでブサイクって感じはしねぇけど……?


 そう思って眼鏡を取り、理解する。

 眼鏡を取りたがらなかったのは、真逆の理由だったってことを。


「っ!」


 息を呑み、その素顔を凝視(ぎょうし)する。

 ブサイクどころか可愛い。

 可愛いと綺麗という言葉がどっちも当てはまるような顔。


 信じられない気分で見続けていると、その繊細なまつ毛がフルリと震える。

 ゆっくりと瞼が上げられ、薄い色の瞳が現れた。


「……ん……奏?」


 熱に浮かされてちゃんとした判断が出来ないのか、その可憐な唇は兄の名前を呼んだ。


「……いつも、ありがとねー……」


 そうして微笑んだ美来に、俺は心臓をわし掴まれる。

 美来はそのまま目を閉じ、また規則的な寝息を立て始めた。



「……はっ」


 しばらくして、俺は自分が息を止めていたことに気付いた。

 呼吸を取り戻し、冷静になろうとする。


 でも、出来そうにない。

 心臓がバクバクと音を立てて、胸が痛いくらいだったから……。


「ちょっ、うそだろ?」


 初めての感覚に心がついて行かない。

 何かを確かめたくて、俺は美来に手を伸ばす。

 その柔らかそうな頬に触れれば何か分かる気がしたんだ。


 でも、その手は触れることなく止まる。


 っていうか……俺、今までどうやってこいつに触れてた?


 触れれば壊れてしまいそうなほどの繊細な美しさに、触れることが出来ない。

 ついさっきまで普通に触っていたはずなのに、どうやって触っていたかなんてキレイサッパリ忘れてしまった。


「おいおいおい」


 マジで俺、どうしちまったんだよ!?


 その後からの俺はポンコツで、こいつの兄の奏が来るまでに出来たことと言えば熱を冷ますためのシートを額に貼ってやることだけだった。

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