体術の秘密⑪
なんとも居心地の悪い思いで食事を終えると、久保くんから声を掛けられた。
「珍しいな、残すなんて。具合でも悪いのか?」
珍しいと言えるほど私の食事風景を見てるわけじゃ無いだろうに。
まあでも、確かに私がごはんを残すのは珍しい。
いくら美味しく食べれない状況だったとしても残す程とは……。
やっぱり自分で思ってるより体調が悪いのかもしれない。
「……誰のせいだと」
明らかに昨日久保くんに圧し掛かられて早く着替えられなかったせいだ。
恨めし気にジトっと見つめると、反対側から手が伸びて来る。
「え?」
何? と思ったときには大きな手が私の額に当てられていた。
「熱は……ねぇみてぇだな?」
いつの間にか立ち上がって近くに来ていた八神さんが私の頭の上でそう言う。
心配、してくれているんだろうか?
だとしてもいきなりこんな風に触れて来られるとビックリする。
私の目の前にいる久保くんも目を丸くして驚いてるし。
「何だ? 風邪でも引いたのか? 幹人が何かしたのか?」
手を離すと、今度は立て続けに質問してくる。
私は八神さんに向き直りつつも、どれから答えればいいのかと彼を見上げていた。
だから、代わりに久保くんが答える。
「あー……昨日コイツ、何でかびしょ濡れで保健室に着替えに来てたんで、丁度良かったからヤろうとしたんっすよね。邪魔が入っちまいましたけど」
「は?」
「多分そうやって濡れた服着てた時間長かったからじゃないっすか?」
まるで自分は悪くないとばかりの話し方に腹が立つ。
自分が原因だってわかってるんじゃない!!
怒鳴りつけたかったけれど、その前に目の前の八神さんの表情が変わった。
綺麗な顔が怒りを漂わせた無表情になる。
「は? 幹人。てめぇ今なんつった?」
「へ? だから、長時間濡れた服着てたからじゃないかって――」
「その前だよ」
どうして八神さんが突然怒り出したのか分からない。
久保くんも同じみたいで戸惑いながら答えていた。
「えーっと……ヤろうとしたら邪魔が入ったってとこっすか?」
「ヤろうとした? お前、こいつを襲ったってことか?」
どうやら久保くんが私を襲おうとしたことに怒ってくれているみたい。
でも何で?
「えっと……ちょっと確認してぇんっすけど、いっすか?」
私と同じ疑問を持ったらしい久保くんが、怒り顔の八神さんに怯みながら聞いた。
「何だ?」
「八神さんが狙ってるのって【かぐや姫】っすよね?」
「そうだが?」
「美来は【かぐや姫】じゃねぇっすよね?」
「……そうだな」
「じゃあ何でそんなに怒ってるんっすか? 今まで俺の女関係に口出したことなんてなかったじゃないっすか」
「……」
黙り込んだ八神さん。
その顔にはもう怒りの感情は見て取れない。
自分でも不可解だ、って顔をしている。
「……それも、そうだな」
「じゃあ別にいいっすよね? こいつ俺のセフレにしても」
って軽い調子で何抜かしてんだこの変態!
まあ、扱い的にそうだろうなっては思ってたけど……。
「私セフレになんてなるつもりないんだけど?」
頭だけ振り返って言うと。
「まあ任せろって。ちゃんと仕込んでやるから」
ニヤリと笑って言われた。
話が通じない。
「だからぁ――」
流石に本気でイラついてきたのでハッキリ言ってやろうとしたんだけれど……。
グイッ
久保くんの方に向き直った私の肩を抱くように、八神さんが腕を回してきた。
「え?」
「ダメだ」
「は? 八神さん?」
「良く分かんねぇけど、こいつをお前のセフレにすんのはダメだ」
「えー……」
何だそれ、と思わなくも無かったけれど、それで久保くんが諦めてくれるなら願ったり叶ったりだ。
八神さんは久保くんにさらに念を押す。
「セフレはダメだ。分かったな?」
「……へーい。分かりましたよ」
不満そうではあったものの、久保くんは承諾の返事をする。
よし、言質は取った!
これでもし何かされても八神さんに言いつけるって言えば大人しくなるかも!
そんな期待と安堵を覚えると、私は顔を上に向けて八神さんを下から見る。
「八神さん、ありがとうございます」
「……おう」
お礼を言うと、八神さんは肩を抱く腕に一瞬だけ力を込めてから離れて行った。
最初に会った印象は獣のようだったけれど、案外優しいところもあるのかもしれない。
少なくとも対久保くんには得難い人材だと思った。
とにかく私は食事も終わったのでそのままテーブルから離れる。
すると示し合わせたわけでは無いけれど、心配してくれていたのか勇人くんと明人くんが階段の手前で待っていてくれた。
「美来、大丈夫だったか?」
「久保に変なことされてねぇか?」
「二人とも心配性。食べてる間は久保くんも大したことしないよ」
変態発言はするけれど。
と心の中でだけ言っておく。
それに、と私はついさっきの八神さんとのやり取りを話した。
「へー、総長命令か」
「じゃあ久保もそうそう手は出せなくなったな」
「だよね?」
と三人ニコニコで会話をしていると。
「なぁにが『だよね?』だ」
低い声がしたと思ったら頭を上からガシリと掴まれた。
「なっ!?」
「おい久保! 総長命令があったんだろ? もう美来に手ェ出すんじゃねぇよ」
勇人くんがそう言って私の頭の上にある久保くんの手を払ってくれる。
久保くんはそんな勇人くんにフンと鼻を鳴らした。
「まあ、あったな。セフレはダメだって」
「だったら!」
次に明人くんが噛み付くけれど、久保くんはニヤリと笑う。
「“セフレ”は、ダメって言われたんだよ」
「は?」
意味深な言い方に嫌な予感がする。
「カノジョなら問題ねぇだろ?」
『はぁ!?』
思わず三人揃って声を上げた。
「カノジョとかいた事ねぇけど、それならヤっても問題ねぇだろ?」
「……」
開いた口が塞がらないってこう言うことかな?
もうどこから突っ込めばいいのか……。
取り敢えず。
「カノジョは性処理の道具じゃないからね……?」
それだけは言っておいた。
久保くんは「そうなのか?」なんて本気で言っていたけれど、もうこれ以上説明する気力もない。
どっちにしたって私が久保くんの彼女になるわけがないし。
そんな感じで教室に戻りみんなと別れる。
その後もいじめの嫌がらせは色々とされたけれど、大したことじゃないからすぐに対処できた。
そうして放課後。
「星宮さん、ちょっとついてきてくれない?」
見るからに敵意丸出しの女子の集団に呼び出される。
待ちに待った瞬間に、私はついニヤリと頬を緩めた。




