体術の秘密⑨
翌日。
ちょっと喉痛いかも……。
今日も今日とて机周りの片づけをしながらそう思った。
風邪薬は一応飲んでおいたけれど、のど飴も欲しいかもしれない。
そんなことを考えながら私はちまちまと画鋲を拾っていた。
今日の机周りは山盛り画鋲。
刺さって痛い思いでもすれば良いんじゃない? というより、完全なるただの嫌がらせだ。
まあ、これなら拾ってケースに戻すだけだから楽と言えば楽だけど。
シューズロッカーの方は私が利用していないことに流石に気付いたのか、大した嫌がらせはされなくなった。
まあ、何やら張り紙は増えていたけれど。
そんな風に一通り拾い終えたころ、教室に誰かが入ってきたことに気付く。
素知らぬふりをするクラスメイトかな? と思って気にしないでいたけれど、その人はこっちに近付いてきた。
「美来、おはよう」
見るとそれは奏だった。
「おはよう。なんか朝会うのは久しぶりな気がするね」
私がいじめ対処のため早く寮を出るせいか、朝奏と会うことが無くなってしまった。
と言っても、月曜には顔を合わせたから二日程度だけど。
「ま、今まではいつも顔合わせてたからな。それよりほら、リスト作っといたぞ?」
「ん? 早いね?」
渡された紙を受け取り目を通す。
これが何か。
私と奏の仲だから言わなくても分かるけど、これはいじめ主犯格のリストだ。
何かあるといつも奏が情報収集してくれる。
今回も月曜に言っていた通り調べてみてくれたみたいだ。
でも流石に今回はもう少しかかるかと思っていたんだけれど……。
「いや、生徒数が多いからかな? 情報自体は出るわ出るわで……。それを整理する方が大変だった」
「そっかー、ご苦労様です」
なんて相槌を打ちながらリストを見終えると、私は「ふーん……」と目を細めた。
「やっぱりか……。多分この辺りの人だと思うんだ」
リストの一部を指差しながら言うと、奏も覗き込んで「そうだよなぁ」と同意する。
「その中でもありそうなのって誰か分かるか?」
「流石に分かんないや。この辺りの人達ってみんな大体いつも睨んできてたから」
「……まあ、だろうな」
呆れ気味に奏が答えて話がひと段落する。
すると「そういえば」と話題が変えられた。
「美来、お前ギャル系の女子にも睨まれたって本当か?」
「へ? なにそれ?」
「昨日の放課後辺りにどっかから聞いたらしい森双子が心配してたからさ」
何でも【月帝】の下っ端不良とよく付き合っているギャル系女子が私のことを邪魔だとか許さないとか騒いでいたらしい。
ギャル系女子……。
今の状況だとどこで怒りを買っているのか見当もつかないから何とも……と思っていると。
「何か、久保が関係してるとか言ってたぞ?」
「あ!」
言われて思い出すのは昨日の保健室でのこと。
多分、そのギャル系女子とは私を睨みつけた派手女子のことだろう。
「やっぱり何か思い当たることあったんだな?」
ジトっと睨まれたので話さないわけにはいかなくなる。
でも流石に押し倒されたことは言えない。
失敗談だし心配かけちゃうからね。
だからその辺はすっ飛ばして高志くんが助けてくれたってところまで話す。
「美来、お前……」
一通り話すと、呆れた眼差しが返ってきた。
「ホント、色んなもの吸引しちゃうタイプだよな……」
「色んなもの吸引って……」
私のせいじゃないと思うんだけど……?
むー、と不満そうに唇を尖らせると頭をポンポンと叩かれた。
「ま、だからお兄ちゃんの俺がしっかりしなきゃなって思うんだけどな」
「……まあ、頼りにはしてるけど」
でも、トラブル吸引体質みたいに言われたのでやっぱり不満を覚えたのだった。
……それにしても今日は一段といじめ――というか、嫌がらせがひどい気がする。
なんて言うか、立て続け。
休み時間のたびに大なり小なり何かされている。
足を引っかけられそうになったり、ゴミ箱をひっくり返されそうになったり。
まあ、もちろん全部よけたけどね。
あと少し、とは思うけれど……流石にうざったくなってきた。
奏がリストアップしてくれた人達まとめてぶちのめせば早いんじゃない? とか思いたくなってきたよ。
まあ、それはただの暴力だからやらないけどさ。
そんな日のとある休み時間。
トイレに行こうとしたらわざとらしく占領されていて、違う階のトイレに行かなきゃならなくなった私。
こういうのは地味に痛手になるから本当に困る。
三階で済ませた私は体力より気疲れでため息をついた。
そんな風に疲れていたから、ちょっと面倒くさくなっていたところがあったんだよね……。
階段を下りる途中。
踊り場に固まっている女子たち。
ああ、何かされるな。
と、直感的に分かった。
だから警戒しながら彼女達のそばを通り過ぎると――。
「ホラ、今だよ!」
「OK」
分かりやすくそんな合図を口にする彼女達に呆れる。
私は呆れつつ、彼女達の中の一人の動きに合わせた。
背後に回ったのを察して、私はサッと身をひるがえす。
面倒だなって思っていたから、後先考えず本当によけただけ。
――それがまずかった。
「え?」
「あ」
視界の端で、私を押そうとした女子が止まることも出来ず階段下に吸い込まれそうになっているのが見えた。
「チッ!」
思わず舌打ちが出てしまう。
よけられたときのことも考えておきなよ!
心の中で悪態をつきながら、私は落ちそうになっている女子の腕を掴んだ。
引き寄せると反動で私も一緒に落ちてしまいそうになる。
仕方ないからその女子を抱きしめるようにして、床を蹴った。
蹴ったことで落ちる以外の力も加わって、私はそれを使って体を回転させる。
何とか体をひねって、段差を通り越して着地した。
着地した反動か、何かが当たったのか。
眼鏡が外れてカシャンと落ちる音がした。
私は足の痺れに耐えきってから腕の中の女子を見る。
「大丈夫?」
聞いたけれど、彼女は零れ落ちてしまうんじゃないかというくらい目をまん丸に開き固まっているだけだった。
「ちょっと、ケガとかしてないよね?」
流石にケガまでは面倒見切れないと思って聞くと、そのままの表情でコクコクと首振り人形の様に頭を上下させる。
何かおかしいけれど、大丈夫ならいいか。
「立てる?」
と聞くと同じようにコクコク頷くので立たせて、眼鏡を取りに行く。
って、そっか。素顔見られちゃったんだ。
そこに思いいたって、もう一度彼女のところへ戻り口止めをした。
「私の素顔のことは内緒ね?」
人差し指を口に当ててお願いする。
私のことを突き落とそうとした子だから、お願いを聞いてくれるか分からなかったけれど……。
「助けてあげたんだから、それで貸し借りなしってことで……どう?」
そうして首を傾げると、彼女はまたコクコクと首を縦に振りぎこちなくも「分かった」と言ってくれた。
ちょっと不安だったけれど、まあ大丈夫でしょう。
そう思って眼鏡を掛けなおそうとすると、「あの」とぎこちなく声を掛けられる。
「ありがとう。……あと、ごめんなさい」
全く、そう思うくらいなら初めからやらなきゃいいのに……って思うけれど、それでもちゃんと謝ってくれた。
だから――。
「もうこういう事しないでね?」
仕方ないなって感じで笑って、許すことにする。
そしたら彼女はまたコクコク頷くので、私は今度こそちゃんと眼鏡を掛けなおして教室に戻った。
でも階段から突き落とそうとするとか……容赦がなくなってきたな。
今朝奏が、私がギャル系の女子にも睨まれたって言ってたから、もしかするとそっちの方からも嫌がらせされているのかもしれない。
ええー……メンドクサイ。
別々に対処しなきゃダメかなぁ?
片方潰したらもう片方も諦めるとかしてくれると助かるんだけど。
そんなことを思いながら、癒しと疲労の昼休みになった。




