体術の秘密⑥
流石にちょっと遅くなったかもしれない。
更衣室に行って着替え終わると、私は最後になっていた。
みんないなくなって、私は小走りで体育館に向かっている。
体育館は北校舎からじゃないといけないのに、更衣室は東校舎にある。
どっちにしろ移動しなきゃならないけど、やっぱり不便な気がした。
「って言うか、校舎自体広すぎるのよー!」
そんな愚痴を一人叫んだときだった。
「ホラ、やんな!」
「っ!」
前方、私から少し死角になってるところからそんな声が聞こえる。
嫌な予感がして足を止めたけれど……。
バシャア!
死角から出てきた女子に真正面から水をぶっかけられてしまった。
「……」
あちゃー……。
……うん。
これは制服じゃなくて良かったってことにしよう。
あと、体育サボれる、とか。
とりあえず良い方に考えるようにして目元をぬぐうと、私に水をかけた子のところに三人ほど別の女子がニヤニヤしながら近付いていくのが見えた。
「もー、なっちゃん何やってんのー?」
「掃除後の汚い水こんなところでぶちまけちゃってぇー」
「なんか人にかかっちゃったじゃん」
わざとらしくその子に声をかけては馬鹿にするように私を見ている。
……ああ、こういうパターンね。
胸糞悪い。
「あー、そろそろ授業始まっちゃうじゃん! なっちゃんここ片付けてからおいでよー?」
そうして三人は言いたいことだけ言って走って行ってしまった。
後に残されたのは泣きそうな顔で私を見て震えているなっちゃんと呼ばれた女の子とびしょ濡れの私。
彼女は持っているバケツをカタカタと鳴らすくらい震わせて「ご、ごめ、なさっ」と呟いている。
はぁ……しかたないなぁ。
私はなっちゃんに近付くと、片手を差し出した。
ビクリと震えられてしまったけれど、気にせず告げる。
「ね、ハンカチかティッシュ貸してくれない?」
「……え?」
とりあえず眼鏡を拭かないと良く見えないので困る。
でもそういうのは制服と一緒に更衣室に置いてきてしまった。
なので、彼女から借りるしかない。
「あ、は、はい!」
最初は何を言われたのか分かっていないような顔をしていたなっちゃんだけど、状況を理解したのか素直にハンカチを貸してくれた。
私は眼鏡を取って先に目の周りだけハンカチで拭くと前髪を払う。
これで見えやすくなった。
あとは眼鏡を拭いて掛けなおすと、ハンカチをなっちゃんに返す。
「はい、ありがとう」
「……」
ハンカチを返そうとしているのに、彼女はボーっとして受け取ってくれない。
どうしたのかな? と首を傾げると。
「星宮さん……そんな顔してたの……?」
はっ!?
やばっ! ふっつーに眼鏡取っちゃってたよ!
学校では取らない様に気を付けてたのに!
やっぱり色々疲れてきてるのかも知れない。
嫌な予感がしてたのにも関わらずこんな風に水を被っちゃうくらいだし。
「えっと……内緒ね?」
人差し指を口に当てて小首をかしげてみる。
周りに人はいないし、彼女が黙っててさえくれればバレないはずだから。
「うっ……わ、分かった」
そう約束してくれて、やっとハンカチを受け取ってくれた。
「それと、ごめんなさい。こんなことしちゃって……」
いたたまれないのか目を逸らしてだったけど、ちゃんと謝ってくれる。
そんな彼女に私はフッと笑顔を返した。
「いいよ。なんとなく状況は分かるし……。それに、水変えてくれたんでしょう?」
なっちゃんをけしかけた子達は掃除後の汚い水だと言っていた。
でも、この水はそんな匂いはしないしゴミが付いていたりもしない。
あの子たちの目を盗んで、綺麗な水に変えてくれたんだろう。
「っ! でも……それでも、ごめんなさい」
なっちゃんはしゅんとしながらまた謝ってくれる。
しのぶといい、この子といい。
何だかんだで優しい人もいる。
それがちょっと嬉しいと思った。
「じゃあさ、ここの片づけはお願い出来る? 私は着替えなきゃないし」
優しい人に申し訳なさそうな顔をしていてほしくない。
私は少しおどけるようにそう言った。
「そ、それはもちろん! 私がやっちゃったんだし」
顔を上げてハッキリそう言ったなっちゃん。
すると丁度予鈴が鳴ってしまった。
「あ、私授業遅れるって言いに行かなきゃ」
「あ、私も先に事情言っておかないと」
慌てる私になっちゃんも同じく慌てる。
そんな彼女に「じゃあ、お願いね!」と片手を上げて、私は廊下を進んだ。
「あ、着替え! 下着とかは保健室で新品有料だけどあるから!」
別れて走り出す私に、なっちゃんはありがたい情報をくれる。
私は手を振ることでお礼の意志を伝えるとそのまま今度こそ彼女と別れた。




