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柳南市奇譚①幽霊とケンカして勝つ方法

作者: スーパーわたぶ~

どうしても、納得できないことがある…!



人が、幽霊を怖がることだ



幽霊ってものが本当にいるのかいないのか…は別として、たとえばそれが妖怪なら、怖がるのは理解できるんだ



なぜなら、妖怪というのは人知を越えた超常の生物だ。だから、それを恐れるのはおかしいことじゃない



だが、幽霊はどうだ?



幽霊とは、かつては人間だった存在だろう?



どうして生きている俺たち人間が、もう死んでしまったかつての人間を、怖がる必要があるってんだ?



呪い殺されるから?



幽霊とは、強い恨みの念の力とかなんたらでもって、人間の命を脅かすことができるから?



そんなのは、理屈に合わなくないか?



たとえば、だ



たったいま、この場で俺が死んでしまったとして、そこで強い執念でもって幽霊になることができたとしたら、俺は世界チャンピオンにも勝てるっていうのか?



どんなに必死で努力しても、



全日本ベスト8がやっとだった、この俺でも…?



…そんなことがあるわけないだろ!







俺の名前は高宮衛(たかみやまもる)



玉串県(たまぐしけん)柳南市(りゅうなんし)に住む、今年で修行歴20年の空手家だ



最高成績は、全日本直接打撃制空手道選手権ベスト8。それが4年前と去年の2回



最強にはほど遠いが、けっして弱くはないつもりだ







以前、こんな会話を先輩と交わしたことがある



「先輩は、幽霊って信じますか?」



「なんだよ急に?」



「…どうですか?」



「俺は30年以上生きてきて、一度も見たことはないけど…知り合いには見たことがあるってやつもいるけどな」



「じゃあ、先輩は幽霊って怖いですか?」



「そりゃ、怖いだろ、だって幽霊には空手なんて通用しないだろうからなw」



「どうして、通用しないんですか?」



「え?だって、幽霊には実体がないんだから、パンチも蹴りも、すり抜けちまうだろ?」



「…だったら、幽霊の攻撃だって、俺たちには当たらないんじゃないですか?」



「いやいや、そこは、なんか幽霊の能力で、うまいこと俺たちにはダメージを与えてくるんじゃないのか?知らんけどw」



「…そんなもんなんでしょうか…?」







‘’人間からの攻撃は幽霊には当たらないけれど、幽霊からは人間を攻撃することができる‘’



‘’だから、幽霊に対抗できる人間は、なんらかの特殊な能力を持った、専門家などに限られる‘’



これが、だいたいの人々が幽霊に対して抱いているイメージだろうと思う



そこが、俺には納得できないんだ



空手家として、生きている人間相手の強さを磨いている俺たちが、幽霊には成すすべがないだって?



そんなのは、理屈に合わないだろう!



だから、俺は試すことにしたんだ







俺の空手と幽霊、どっちが強いのか…!







「あの…お客さん、その交差点に、何の用事なんですか…?」



深夜12時、某県某駅の改札を出たところで乗り込んだタクシーの運転手が、俺に聞いてきた



「…どうして、そんな質問を?」



「あの…もしかして、オカルト雑誌の記者さんとかですか…?」



「違う。でも、いまの質問で、だいたい言いたいことはわかったよ」



「…あの交差点にいるのは、本物ですよ。ウチの会社のドライバーにも、何人も見たやつがいるんです」



「そいつはいい…!」



「…そして、そのほとんどが、そいつを見た直後に事故にあってるんです。ここだけの話ですけど、会社からも、あの交差点を通るなっていう通達が出てるくらいなんですよ。ですから、その…」



「その交差点の手前500メートルのところで降ろしてくれたらそれでいい。そのかわり、あんたの知っていることをすべて教えてくれないか」



「わ、わかりました。それでは…」



タクシーが出発した







「ウチの会社でその幽霊を見たやつは8人、そのまま事故を起こしたやつが6人、うち1人が全治6ヶ月の重傷で、今も入院中です」



「その幽霊の特徴は?」



「…いわゆる、ギャルってやつなんですかね、二十歳前後の、派手な化粧と髪色と服装の女だそうです。これは見たやつら全員がそう言っています」



「…ちょっと想像してたのと違うな…。まあそれはいい、いつから出るようになったんだ?」



「なんでも、五年ほど前にその特徴に一致する若い女が、そこで車にひかれて死んだんだそうです。その直後から、出るようになったらしいです」



「なるほど…」



「ウチの会社だけじゃなく、このへんのタクシードライバーにはもっともっと見たやつ、事故にあったやつがたくさんいます。この時間帯にタクシーを利用されるお客さんも、あの交差点は迂回してくれって言う人がほとんどです。もちろん、地元の人間は昼間でもそこを避けています」



「どうやら、本物に会えそうだな…」



「…あの、悪いことは言いません、お代はけっこうですから、引き返しませんか…?」



「…悪いが、それはできない。こっちにも事情があってね」



「…わかりました」







タクシーが停車した







「ここから道なりにまっすぐ歩いていくと、左手前にポストがある十字路につきます。その十字路の真ん中あたりに…」



「わかった。どうもありがとう。釣りはとっといてくれ」



俺はタクシーを降り、目的の交差点に向かって歩きはじめた



何人もの人を事故にあわせた幽霊



そういう幽霊になら、ケンカを売ったとしてもバチは当たらないだろう



やっと確かめることができる



俺の空手と幽霊、どっちが強いのか…!







「相手が女なのは、想定の範囲内だが…」



目的の交差点に向かって歩きながら、俺は考えていた



「ギャルの幽霊なんて、前代未聞だな…だからこそ、リアルではある…」



ふと、俺は自分の手が震えていることに気がついた



「…まさか、怖いのかよ、俺」







幽霊にケンカを売ることを決めた日、俺は自分の住んでいる場所からその日のうちに行ける範囲での、幽霊の目撃情報をネットで調べた



そして、その中から、人間にとって有害で凶悪なやつだと思われる幽霊を選び、ここにやってきたのだ







「お…っ!」



タクシーを降りてからおよそ10分。ポストのある交差点が見えてきた



そして…



「…いた!」







そこに、たしかに、いた



派手な化粧、派手な髪色、派手な服装の、



足元が半透明に透けた、若い女の幽霊が…!







「間違いなく、本物だな…こりゃ」



いつの間にか、俺は立ち止まっていた



「ここまできて…」



「やらずに帰るわけにゃ、いかねえよな」







意を決して、俺はその幽霊に向かって歩きはじめた。膝が震えて、一歩一歩がぎこちないことが、腹立たしかった



「…」



幽霊が、俺のほうを向いた。俺が近づいてくることに気がついたようだ



そして俺は、その幽霊にあと2メートルのところで立ち止まった







「…よう、いちおう確認するけど、あんたがこの交差点で人間を襲っているっていう、幽霊か?」



「…」



女は、返事をしない



「俺の声が聞こえないのか、あるいは喋ることができないのか…いずれにしても、コミュニケーションはとれない、ってことかな…」







不思議と、手足の震えは止まっていた。どうやら、俺の覚悟に、体が追いついてくれたらしい



「…だったら…」



俺は構えをとった



「いかせてもらう!」



俺は、その幽霊に飛びかかっていった







「しゃぁらっ!」



一撃目は、俺の最も得意な右の下段回し蹴りを選んだ



しかし、ある程度予想していた通りに、俺の右足はその幽霊の体を素通りしてしまう。まったく何の抵抗もなく



「せぁっ!」



そのまま体の流れを止めずに、左の後ろ回し蹴りで顔面を狙う。だが、これもまったく何の手応えもなく、幽霊の頭部を素通りした



「せいっ!」



そのまま回転し、3発目は右の正拳上段突き。しかし、やはり俺の右拳は、何の手応えもなく幽霊の顔面を素通りしてしまった



「ちぃっ!」



いったん距離をとって構える俺



「…」



幽霊は、何の反応もせず、ただ俺を見つめていた



「…本当に、当たらないんだな…」



「…」



「いいぜ、今度はそっちの番だ。攻撃してこいよ…!」



「…」



「どうした!何台もの車を事故にあわせてきたように、お前の呪いの力とやらで、俺を傷つけてみろよ!」



「…はあ?」



「…え?」



驚いた。なんと、幽霊が声を発したのだ。てっきり、喋れないものだとばかり思っていたが…



「…さっきからあんた、なに言ってんの?あたしが人を襲ってるとか、車を事故にあわせたとか…何か勘違いしてない?」



「…ち、ちがうの…か?」



「…100パーセント違うとも言い切れないけど…」



「え?」



「あたしはただ…ここに立っていただけ…でも、それであたしを見た人がすごく驚いて…慌てて逃げたから…」



「…慌てて逃げたから、それで運転をミスって、事故を起こしただけ…ってこと…か?」



「…驚かせたあたしにも、責任はあると思うけど…」



「…じゃあお前は、ただここにいるだけ…なのか?」



「…」



「…どうして、ここに立ってるんだ…?」







俺はもう、構えを解いていた







なんてことだ。別にこいつは、人に害をなす凶悪な幽霊なんかじゃなかったんだ…!







「前にも、似たようなやつが来たことあったよ。‘’幽霊退治だ!‘’って言って、鉄パイプで殴ってきたヤンキーが」



「そ、そうか…」



「何回振り回しても当たらないから、すぐあきらめて逃げてったけどね」







そう言って、幽霊は笑った。俺は、申し訳ないような恥ずかしいような、なんとも言えない気持ちだった







「その…すまなかった。よく事情を確かめもしないで、あんたを悪い幽霊だと決めつけて…」



「いいよ別に、当たらなかったんだし」



「…何か、詫びをさせて欲しい」



「え?」



「このまま帰ったら、俺の気が済まない。何か、して欲しいことはないか?」







そもそもは、俺の空手と幽霊と、どっちが強いのかを確かめたい思いからの行動だった。だが今は、ただただこの幽霊に、いや、この目の前の女性に、心からの詫びをしたかった







「…何でもいいの?」



「ああ、俺にできることだったら、何でも言ってくれ」



もしも、だったら死んでくれ、と言われても、引き受けるくらいの覚悟で言った。そのくらい、俺は自分の行動を後悔していた。武道家として、けっしてやってはならないことを、俺はやってしまったのだから







「…だったらさ、」







「日が昇るまで、話し相手になってよ」







「そっか、あたしが死んでから、もう五年くらいになるんだね」



松下直子(まつしたなおこ)と名乗った幽霊ギャルは、そう言って寂しそうな笑顔を浮かべた



「ああ、タクシーの運転手はそう言ってたよ」



「たしかに、ずいぶん多くの車を事故らせちゃったよね…でもさ、あたしもここから動けないし、どうしようもできないからさ…」



「24時間、ずっとここに居る…のか?」



「ううん、朝になったら…日が昇ったら、消えちゃうみたいだね。で、日が暮れて夜になったら、またこうして現れて…ずっとその繰り返し」



「なるほど…」



「どうも、お日さまの下では、幽霊って存在できないみたいだね」



「たしかに、幽霊って夜に出るイメージだもんな…」







「…ふふ、」



急に、直子が笑った



「…どうした?」



「…ずっと退屈してきたからさ、こうして人と会話ができて、嬉しくってさ」



「…」



「さいきんは、ここを通る車も人もいなくなったしね…ごくたまに、幽霊を見たいって心霊マニアが来るか、幽霊退治をしようって、あんたみたいなやつが来るぐらい」



…耳が痛い



「でも、あたしと話をしてくれた人は、あんたが初めてだったよ」



「…そうか」



「ありがとね」



礼を言われてしまった







…何か、俺がこいつのためにしてやれることはないだろうか







「…その、やっぱり、なにかこの世に未練があって、成仏できないってことなのか?」



「…そうだね」



「そりゃ、そんな若さで死んじまったら、未練が残るのは当たり前だろうが…なにか、すごく心残りなことが、あるんだよな?」



「…」



「話してみろよ、俺は坊さんじゃないが、もしかしたらお前が成仏するのを手助けできるかも知れない」



もし、そうすることができたなら、最高の罪滅ぼしになるだろう



「…」



「…話したくないようなことだったら、ムリにとは言わないが…」



「…ううん、そんな、たいしたことじゃないんだけどさ、」



「…ああ」



俺は、じっと直子の言葉を待った







「…お母さんに、謝りたい…」







「…松下陽子(まつしたようこ)は私ですが、どちらさまでしょうか…?」



幽霊ギャルこと松下直子と出会った翌昼、俺は直子が出る交差点のある県から100キロほど離れた、隣県の総合病院を訪ねていた



直子の母親の松下陽子は、この病院の看護師として働いていた。俺は直子からそれを教えられて、ここにやってきたのだ



「はじめまして、高宮衛と申します。…直子さんの、友人です」



「…そうですか、それはどうも…で、今日は私に何か…?」



「…あの…どうかお気を悪くなさらないで、聞いて欲しいのですが…」



「…はい?」



「俺といっしょに、直子さんに会いに行ってもらえませんか?」







「…おふくろさんに、謝りたいって…?」



「…うん、」



ぽつぽつと、直子は話しはじめた



「あたしね、こんな派手なカッコするようになったのは、大学に進学してこっちに来てからなんだ。高校までは隣の県で母親と2人で住んでて、…地味だったんだよ」



「…大学デビューってやつか」



「へへ、そうだね…その、大学で出来た友達の影響っていうか…それで、初めてのカレシもできて…」



「…おう」



「…でも、お母さんにはめちゃくちゃ怒られちゃってさ。そんな娘に育てた覚えはないって…それで、大喧嘩」



「…よくある話だな」



「…それでさ、お母さんなんか大っ嫌い、2度と会いたくない、なんて言っちゃってさ…」



「…」







「…それが、あたしが死ぬ日の、昼間の話」







「…悪い冗談はやめてください…!警察を呼びますよ…!」



予想通り、陽子の表情が険しくなった。無理もない反応だと俺も思う



「…冗談なんかじゃありません」



この反応は予想していた



当然、その対策を用意してきてある



俺は、ポケットから自分のスマホを取り出した



「警察を呼ぶ前に、どうかこの動画を見てもらえませんか」



「…」



俺は陽子の前にスマホを差し出し、動画を再生した







「…な、直子!」



「お母さん!」



陽子を訪ねたその日の夜、俺は陽子を直子のいる交差点に連れてくることに成功した



陽子に直子のことを信じさせるにはどうしたらいいか…直子からのビデオメッセージをスマホで撮影し、それを陽子に見せることしか、俺には思いつかなかった



しかし、直子の姿はカメラに撮ることができなかった。あきらめかけたが、どうにか直子の声は録音できることを発見し、音声によるメッセージを陽子に聞かせることができたのである



それでも陽子は半信半疑だったが、どうにか、こうして連れてくることができたのだ







「直子…!ごめんね…こんなところで5年も1人きりにさせて…!お母さん、気づいてあげられなかった…!」



「ううん、お母さんは悪くない…悪くないよ…!」



2人とも、ぼろぼろ涙を流しながら、5年ぶりの言葉を交わしあった。そばにいる俺も、涙を止められなかった



「あたしね、ずっとお母さんに謝りたかったの…2度と会いたくないなんて言って…ごめんね…」



「そんなこと…そんなこと…」



陽子は、もう言葉が出なかった



「お母さん…本当に、ありがとう…!」



「…直子?」







直子の体が、光を放ちはじめた







「…どうやら、これであの世ってところに、行けるみたいだね…」



直子は、泣きながら、これまでで最高の笑顔を見せて、そう言った



「直子!…直子…うん、良かった…良かったね…!」



陽子は、なんとかそう言って、笑顔を浮かべた







「…あのさ、高宮くん…」



「…え?」



突然、直子に声をかけられた



「あんたのおかげだよ、ありがとね…」



「バカ!俺のことなんていいから、しっかりおふくろさんとお別れしとけよ…!」



「…いつか、あんたもあたしのところに来る時がきたらさ、あたしのこと、探してよね」



「…え?」



「今日のお礼に、キスくらいしてあげるからさ」



そう言って、直子は微笑んだ



「それじゃ…お母さん、高宮くん…」



「またね…!」



ひときわ強い光を放って、直子の姿は、かき消えた…







「…本当に、ありがとうございました…」



陽子は、俺を駅まで送ってくれた。もう、始発電車の時間が近くなっていた



「…よろしければ、今度いっしょにあの子の墓参りに行ってください。あの子も喜びます」



「ええ、ぜひご一緒させてください。それでは、また」



俺は、始発電車に乗り込み、帰路についた







電車に揺られながら、俺は今回のことを思い返していた



そもそもは、自分の空手が幽霊に通じるのかどうかを試すための旅だった。それがまさか、1人の幽霊を成仏させる手伝いをする結果になろうとは…



しかし、結果的に、とても良いことができたな…







「幽霊とケンカして勝つ方法…か」



俺は1人つぶやいた







…それは、







幽霊のこの世への未練を、倒すことだった…!







~完~

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― 新着の感想 ―
[良い点] こちらも読ませていただきました! すごく面白い着想の作品です(^o^) 空手や武術は、対人技術ですが、確かに言われてみれば生前の「人間」への技で、幽霊は想定してませんね。 かの「ポケモン…
[良い点] 技のコンビネーションがリアル。 目に浮かびます。 [気になる点] 幽霊が女だったのは想定内ではなくて、想定外だと思いました。 [一言] 面白かったです。 行間も良かったです。 時間の進み方…
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