第5話 返して私の平和な日常
首藤新は無口だった。
あの後、2人で電車に揺られている間、特に会話はなかった。
瑠衣は年上の異性の先輩相手に何を話そうかもじもじしていが、対する新は澄ました顔で、窓の外の景色を見つめていた。
電車から降りてからも、新は瑠衣の後ろを歩き、そのまま何事もなく登校した。
(なんか喋るの苦手そうなタイプな気はしたけど、もっとさ、色々私に説明したりとか、会話盛り上げて緊張ほぐそうとかあるじゃん!?なんなの!?)
瑠衣は1人憤慨していた。
それでも、下駄箱で新と別れて少しほっとした。さすがにずっと一緒は息がつまる。
(でも帰りはまた迎えにきてくれるんだよね…?てか連絡先とか知らないけどどうやって落ち合えばいいのやら…。あーもう、憂鬱だなー)
はあ、とため息が出て、瑠衣は教室の机に突っ伏した。
そのまま目を軽く瞑る。
遅刻ギリギリで走ったせいで疲れが出たのか、体がとても重い。睡眠が足りないのか瞼も重い。
(なーんか体調悪いな~、まさか昨日のせい?とか?)
あっという間に放課後になった。
相変わらず体は怠いままだ。荷物をまとめているとふと、瑠衣は今日もアルバイトの日だったことに思い出した。
(そういえば、今日もシフト入ってた!早く帰らなきゃ…。そうだ、バイトがあるって言えば、首藤先輩と一緒に帰らなくてもいいんじゃないかな!)
名案が思いついた瑠衣はルンルンで教室を出ようとしたら、教室の外の壁に持たれる首藤新と目があった。
「あ…」
「よし、行こうか」
「…はい」
結局、瑠衣の思いどおりにはいかないようだ。
帰り道もお互い終始無言。相変わらず首藤新は瑠衣の少し後ろを歩いている。
そんな現状に少しイライラした。
(なんでこんな気まずい思いしなきゃいかないの…)
瑠衣は振り返って、後ろを歩く新に声をかけた。
「あの!首藤先輩!!」
「!…はいっ」
「私、今日アルバイトがあるんで早く帰りたいんです。なので今日は送ってくれなくてもいいですよ!先輩も予定があるんじゃないですか!?」
ちょっとだけきつめの口調で問いかけると、新は少しうろたえながら答えた。
「お、俺は特に予定はない…。あるとすれば君を送迎することだ。それと、アルバイトのことなんだが…」
「なんですか?」
「…司さんから君のアルバイトは1ヶ月休職することになったと伝えられたんだが」
「ええっ!?」
昨日から何度目かの衝撃。
「えっ、どういうことですか!」
「君にはこれからやらなきゃいけないことがあるし、アルバイトを優先している暇はない。急に退職させるのは可哀想だから、休職させてもらえるように司さんが昨日のうち連絡をいれたそうだ」
「はあ…?」
瑠衣は自分の内からふつふつと怒りが沸き上がるのを感じた。
昨日からよく分からないことが起きて、急に現れた人になんで管理されなきゃいけないんだろうか。
それに、アルバイトはシングルマザーで働く母の助けになればと思って始めたことだったのに。
「…なんで」
ぷるぷると体が怒りで震えた。
「…なんでそんな勝手なんですか!!
バイト先のスーパー、夕飯の買い出しで毎日のように利用してたのに、行けなくなっちゃったじゃないですか!!!
それに、急に休みなんてバイト先のみんなに迷惑をかけるし、もし会ったときどう言えばいいんですか!?
それに、それに…!とにかく!勝手すぎます!!」
早口で捲し立てる瑠衣。怒ってるのに何だか泣きたくなってきた。
そんた瑠衣をおろおろと見つめて、首藤新はポツリと呟いた。
「…ごめん。君は悪くないのに」
その瞬間、ハッとした。
私が悪くないなら、もちろん首藤新も悪くないのだ。
これは瑠衣のイライラを新に理不尽にぶつけただけだ。
途端に恥ずかしくなった。けれど、今更謝る気持ちにもなれなかった。
「…あ、の、私…。今日は1人で帰れますから!!」
そう言って、一目散に走って逃げた。
後ろを振り返るのは怖かったが、どうやら着いてきていないようだった。
(首藤先輩に悪いことしちゃったな…)
つづく