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栗の変化  作者: レモナー
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チャプター9 小発見

 

  昼に観察した親子がテレビに出ていた。

 誠矢はリモコンで音を大きくする。階下まで聞こえない程度に。部屋に自分用のテレビがあるのではない。

 家に一つしかないテレビは、母が見ないため置き場所が誠矢の部屋となったのだ。

 それは、あの明るい二人からは想像できないニュースであった。

 「汚職」「倒産」の文字が画面を埋めている。

 母のほうが会社で法を犯したらしい。なかなかの重罪に当てはまる。

 モンブランを楽しそうに見ていたあの女性が本当は悪だったらしい。女は暗い表情をしているが、その裏に読み取れない感情を秘めて見える。

 何かがしっくり来ない。何だ、この不快感は。

 誠矢は様々な人間を見てきた。その人生の変化も見てきた。

 人間が一生の中でどれほど多くのことを経験するのか感じてきた。

 それによってどれほど馬鹿な過ちを犯すかも見てきた。だから、大概の事では驚かないつもりだった。

 だが、いまは納得ができない。さらに、納得ができないものは納得するまで許せない。

 「あのケーキ店…」

 口から自然に言葉が漏れる。

 あのケーキ店が何だ、何をいま思いついたんだ。自分の思考すら獲物の如く誠矢は追いつめる。


  パソコンを開きキーボードを弾いた。自分でもわからないほど速く。

 『ラトル 洋菓子店』

 検索にはこの文字が現れた。何故だかわからないが無意識に出た文字。

 これだけでは邪魔な情報が多すぎる。珍しい言葉ではあるが、千件近くヒットした。

 だが普段から機械を駆使する誠矢にとって、後は容易だった。

 この辺の地域情報から潰し歩き答えを求める。検索の間あの親子の笑顔が頭から離れなかった。

 夏とは言え太陽が沈むと涼しくなる。しかし、誠也のTシャツは汗で湿ってきていた。

 キーボードは絶え間なく音を鳴らし続ける。久々に感じる強い知識欲に誠矢は夢中だった。

 この空間は自分だけのものだ。この時間は独壇場だ。

 嬉々とした眼で画面を捕え、サイトを飛び回る姿は、傍から見れば遊びながら獲物を食い散らす肉食動物さながらだった。


  二十分後誠矢は激情のままキーボードを投げた。コードがブチブチと音を立てて外れる。

 隙のない強固な城は何処からも入ることができなかったのだ。

 そう、情報がない。鍵穴すら埋められている。何故たった二十分で判断できたか、誠矢はそれほど速く千件を確認したからだ。勿論関係の無いものに時間はとったりしていない。

 まずは思考の整理から始めよう。

 何故コンワードを検索し始めたのだったか。

 あの親子を見たのはあのケーキ店だけだったから。

 何故あのケーキ店に疑問が湧いたのか。

 「誠矢ー、何してるの」

 物音に気付いた母が上がってくる。のどの渇きを感じる。だが、何も口にいれたくない。入れてしまえば集中力が落ちるのは目に見えている。水が体にいいなんて嘘だと誠矢は日ごろから信じている。

 時刻は九時過ぎているから親としての心配は当たり前だ。自分が小学生であることを十分ではなくとも少なからず自覚はしている。

 だが中断するとしても原因が母なのは許せない。

 「何でもない、下行って」

 顔がのぞく前に言い放ちドアを閉めた。母の顔は心配そうであったが瞬時に記憶から消した。淋しげな足音が階下に消えてゆくのも、意識から追い出した。

 振り返るとパソコンの画面は何も言わずにただ光っていた。横のマウスは照らされて陰影を深めている。

 ふとあたりを見るとずいぶん散らかっていることに気がつく。

 母を入れてない所為だ。いまはどうでもいい。インターネットに部屋は関係ない。あるのは頭脳と両手だけだ。

 べたつく床を蹴飛ばしキーボードを拾う。ベッドに飛ばしたから無傷に近い。

 これを投げたのは、生まれてから四度目だ。一度目は何度変換しても「チェコ」が漢字にならなかった時だ。丁度学校で外国の名は漢字に変換されていると、本当かどうか今も判らないことを聞いたせいだ。

 (二度目は、父が…くだらないことを考えてしまった)

 短気なことは確認済みなのだから、こんなことを考えても仕方がない。

 キーボードを置き座り込むと、誠矢は冷たい声を発した。

 「再開」

 真夜中に近づく暗い世界で誠矢はコンピュータと向かい合う。確か六歳の頃からの馴染みの相手だ。機能は熟知しているし、コンピュータも期待に応えてくれる。今までは応えてきた。

 第二ラウンドは得意のステージに決めた。

 そもそも、簡単なキーワードで出るような相手ではないと予感していたはずだ。だからこそ、滲み出る期待にこの身を抑えきれなかったのではなかったか。

 久しぶりにやりがいのある遊び道具が手に入ったようだ。

 外は暗闇、風は南、街はまだ眠ることを考えず、人々の思考は鈍り始めたことを知らない。

 五畳半の小さな部屋にキーボードを叩く音だけが響いた。


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