チャプター7 開始
待ち合わせ場所を間違えたことはない。待たされるのも、時間を間違えて気まずくなるのも想像だけでたくさんだから、オレはそこのところはかなり慎重だ。
だからこそ、今丸いテーブルに一人で座っているこの現状に血管が浮き上がる。
四つの椅子のうち一つにはケーキがその座を占めている。
対角線に置きはしたが、その存在自体気に食わない。
ケーキ好きの人間は何が嬉しくてあんなものを食べるんだ。
これから尻尾を振って食べるであろう、好青年に訊いてみるか。
くだらない時間つぶしの考えごとの後、ようやく待ち人来たり。
「遅ぇ」
「悪い、悪い。拓が寝坊してて」
「人の所為にすんなよ、二時間も遅れたくせに」
来た早々言い合う二人に内心圭護は安心していた。自分の寝坊がばれなかったから。
このまま二人を眺めていたかったが人気のない店内、かなり目立つ。
「なあ、お前ら。待ってたのは誰だ」
一言で充分だった。二人は言葉を飲み込み口の端を少しだけ上げた。
喫茶店内では去年人気になった曲が流れている。
落ち着いたのを確認してオレは一枚の写真を取り出す。あの店の写真だ。
「情報が何故か来なかったんで、写真とケーキだけだぜ」
すでにケーキに手を出していた拓は軽快に話した。裕也は黙って顔を扇いでいる。店員が、通る時にケーキを睨んだが何も言わなかった。
持ち込みぐらいで騒いだところで、さらに陰湿な騒ぎが引き起こされるのは面倒だろう。
「まさか圭護がこんなに早く動くと思わなかったんだ。それに情報もあんまりない。一度集まってから話そうと思ってたんだよ」
長い割に意味のない言葉だ。だがこれが拓らしい。
「いいから話せよ」
写真に指を置き拓は真剣な顔をする。そうはみえないが。
「この店ラトルでは怪奇現象が起こるんだ」
三回は瞬きしたと思う。
「は?」
店内の客はいつの間にかオレらだけになっていた。なおさら目立つ持ち込みのケーキを拓は幸せそうに突きながら、話を続ける。
「信じられないけど、この店のケーキを食べると人生が変わるんだ。変な言い方だけど、金持ちが失敗したり平凡な人がテレビに出るようになったり。その変化の背景に共通したなにかが存在するらしい。なんか面白そうじゃない?」
「拓、圭護聞いてねぇよ」
もちろんオレは聞いていなかった。と云うより一言目で充分だった。
人生が変わる。
凄い言葉だろ。やっと上へあがるチャンスが到来したってことか。
頭はすでに記事の配置で埋め尽くされていた。オレは聞いてから書くんじゃない。
書いてから確認するんだ。変わってるだろ。
裕也と拓はただ見守るしかなかった。瞑想に近い状態の圭護に何を言っても無駄だ。
右手をかすかに動かし頭の中で設計していく彼を二人は尊敬している。
拓が飲み終えたメロンソーダのストローで遊び始めた頃、圭護は元に戻った。
「出るぞ」
二人の顔も見ずに圭護はレジへ向かう。
「二八〇円になります」
拓のメロンソーダと店のものでないケーキで二十分居すわったのが気に食わないように、店員はそっけなく言う。目を合わそうともしない。
圭護は気にも留めず、五百円玉を置き外へ出た。店員が呼び止めたことさえ耳に入らなかった。
置き去りにされた二人が追い付く。
「お釣りっ」
「やる」
走ってきた拓をはねつけオークへ足を運ぶ。駐輪場に目を向けながら完成した記事をオレは見ていた。
見出しは中央に大きくその周りに円を描くように文が並ぶ。一番好きな配置だ。
まだ情報が足りないが、オレはこの記事が大きな一歩になると予測していた。プロに入るための。
「明日は三人でその店行こうぜ」
裕也の言葉で現実に戻った。黒で統一した服は夏の光を吸収し裕也の発汗を促している。
その汗が美しく見えるのは裕也の整った顔とスタイルの影響だろう。
悔しいがオレの目標でもある人物。
「圭護一人で行っても三人にはかなわないって」
拓は子供のように素直な言葉で言った。
白いTシャツとジーンズというシンプルさが拓をよく表している。ガキっぽ、とは言わないでおこう。
深緑のカメラバッグをかごに入れる。思い出して二人に尋ねてみた。
「チーズケーキどうだった」
「すげぇよ」
「うまかったぁ」
同時に言ったがこんなところだろ。何か引っかかる。
「なあ、信じてねーけどそこのケーキ食べたら人生変わるんだろ、お前らいいの?」
二人はそれぞれリアクションしてくれた。
「確かにな、まあそしたら俺らが記事になんだろ。死んでもネタになるなら本望」
「えええ、やばいじゃん。おれ死ぬよりテレビに出ちゃうかも」
一瞬の心配は無駄だったようだ。
「言っとくが二度と甘いもんに金はださねーからな」
ペダルに足をかけてオレは笑った。
拓は小学生顔負けの純粋さからこう言ってくれた。
「キーが入ってないけど、圭護」