表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
栗の変化  作者: レモナー
4/45

チャプター4 少年は・・

 

  ため息をついて鉛筆をノートに転がした。

 

  くだらない、何でこんな授業を受けなくちゃならないんだ。

 小学校など世間から見れば囲われた世界でしかない。行事のたびに生徒を巻き込む熱い先生などうっとおしいだけ。

 黒板に並んだ文字が将来役に立つとは思えない。

 「先生、昨日母が倒れて早く帰るよう言われているんですが」

 担任は国語の教科書を持ったまま振り返る。全く動じずに笑顔だった。すらっとした彼は、妙に灰色の背広を着こなしている。

 「そういうことは家から連絡が来るものです。授業がつまらなくても、そんな嘘は酷いですよ。誠矢君」

 こういう人間って本当に腹が立つ。何でもわかっている顔をしている。

 そう言えばぼろが出ると思っている。勘違いもいい加減にしてくれ。

 「先生、母は倒れたんですよ。その母が苦しみながら電話してくるのを待たなくちゃいけないんですか」

 クラスの目線などどうでもいい。かばんに荷物を積めドアに手を掛ける。白い金属が軋みながら空間を開けた。

 「先生はね、君が心を開いてそういう嘘を言わなくなる日を待っていますよ」

 (やめて欲しい)

 担任の言葉が残ったまま学校から出た。本当に後味の悪さだけは褒めたくなるほどだ。


  正午近いこの時間は人通りが少ない。まして学生がいるわけがない。

 そう、こういう時に限って声をかけてくる人がいる。間の悪い人間と言うものだ。

 「あら、誠矢ちゃん。学校どうしたんの」

 掛けられる言葉がわかっていれば、答えるのは造作ない。笑顔を作るのも慣れた。

 「母から連絡があって、僕もよくわかんないんです」

 美容院帰りの整った髪をなでながら、見覚えのない女は言う。あまり健康を感じない体は細く、顔は上下さかさまの二等辺三角形と言ったところだ。高い鼻からして、気は強い。

 「ああら、そう。後で尋ねてみようかしら」

 勝手にしていいよ、くだらない好奇心。

 大体十歳だからって男に「ちゃん」はないと思う。「栗野」と呼んで欲しい。

 名字のほうが気に入っている。

 (さて、家に帰るわけにもいかない。散歩するかな。)

 顎に手を当てる女を置いて、足早に歩き出す。見知らぬ女性を置いていったからと言って文句をつけられるいわれはない。


  誠矢の趣味は人間観察である。歩き回りながら通行人を目で追う。

 本人いわく、学校の授業よりも為になるらしい。

 大体にして、これからの社会は人との間の駆け引きが重要となってくる、ならば相手を見抜くことができなくてどうするのだ、後付けだが彼の意見である。

 特に最近は「変化」が多くみられる。昨日と同じ人物が「らしくない」行動をしたり、だ。

 もちろん、気にかけることもないことだろう。だが彼は変わっている。

 どんな小さなことでも原因がわかるまで耐えられないのだ。だから追いかける。

 ヒトの不思議な行動の真実を知るために、すべてを観察したいのだ。そうすれば、過去の不可解な事件も理解できる気がするから。誠矢には父がいない。その理由を彼は知らない、いや、理解ができない。

 毎週水曜に通う洋菓子店が、中でも「変化」に富んでいる。

 それが見たくて通っているのだ、学校を抜け出してでも。

 ランドセルは通りの公園に投げ捨てた。葉が揺れる音が耳を通り過ぎる。

 (なくなったっていい)

 教科書など、限られた期間しか使わぬものほど不要なものはない。誠矢は迷いなく目的地へ歩を進めた。


  店につくと一人の男が出てきた。背が高いのが目立つ。見たことの無いデザインのTシャツが、体系に似合っている。

 神経質そうに歩き、手に持つ袋が気に入らなそうだ。髪は光を良く反射する漆黒で、肌はあまり焼けていない。年齢は二十前後だろう。手足が長く歩幅も大きい。

 装飾品は皆無、付き合っている人はいない。ポケットに手を入れる癖がある、それも左手を。

 一度だけ店を振り返り、マウンテンバイクへ向かった。観察は終了。

 また見たい男だと思った。こう思う人物はあまりいない。

 店内ではまた変化が起こっているだろうか。気持ちが先に動き出す。

 風鈴の音と共に甘い香りが体に広がる。甘いものは好きではないが、この感覚は気に入っていた。

 まるで、日常なんて遠のくような夢の香り、非現実の香り、架空の世界の香り。日々のつまらなさが消えてゆく。

 店内に客は四人。一人はメガネをかけた中年で、髪を黒く染めている女性と来たらしい。女性の方は気の毒に、濃い化粧が逆に年齢を浮きだたせている。五七、八と言ったところか。

 健康に異常はなし。しかし足元が安定しない。迷う時に右手の甲を口に当てる、優柔不断。男の方は彼女を気遣いつつも、足をリズム良く床にぶつけているところをみると億劫らしい。

 少女が二人。四歳と五歳。大方園が休みで来たのだろう。財布を懸命に睨みつつもお金が足りていないのは明らか。姉らしい一人は店内を見回すが、妹は帰るよう腕を引いている。

 二人とも偏食で、腕が異様に青白い。背は低く、最近怪我をしていないきれいな肌。

 こんな客達に興味はない。

 あるのは彼らが辿る運命。

 さて、今日はどんな変化を見せてくれるだろう。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ