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栗の変化  作者: レモナー
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チャプター39 裏口の会話

  外灯の下で内緒話をするのは趣味じゃない。

 「で、次はどうするんだよ」

 裕也が不満げに言った。元々光を浴びるにふさわしい彼にとって、夏の夜に電信柱の影でこそめいているのは心外なのだろう。

 今日だけは我慢してくれ。

 「まずはね、オーナーの家の確認をしようか」

 誠矢がラトルを指さす。さらりと揺れた髪が、月明かりを反射した。

 「無論、大切なものをしまう厨房には防犯センサーがある。面倒なのは、赤外線じゃなくて音波ってっことなんだよね」

 拓が柱に手を突きながら尋ねる。

 「逆に楽に聞こえるけど」

 誠矢は大げさに溜息をついた。何故か年を越えて似合って見える。

 「音波って言ってもね、足音を拾うとかじゃないんだよ。ここ」

 トンと指で押したのは胸だ。拓も自分で確認する。

 「…心臓の音?」

 驚いた顔だ。多分オレも同じだ。

 「そう。だから厄介なんだ」

 裕也はしれっと言いのけた。Tシャツを夜風に吹かせて立ちながら。

 「無理じゃねえか」

 沈黙が漂うとの予想は見事に外れた。少年がはっきりと返したからだ。

 「無理じゃないよ、この人の口があればね」

 示された好青年は、可愛いくらいにおどおどとしていた。


  拓が小声で確認する。

 「ここで吹けばいいんだよね?」

 ラトルの裏口に立ち、怯えている。勿論オレはそばにいるが、気が気じゃなかった。というのも、先程聞かされた計画は、無謀にデコレーションしたものだったのだ。

 「お前が音を出さずに口笛を吹けば、それで解決。センサーが壊れてしまうそうだ。万歳だ」

 「万歳じゃないよ圭護、何で俺がこんなことすんの?」

 素朴な疑問ほど答えにくいって知ってるか。つまり、答えられないよ。

 「とにかく頑張れ」

 誠矢は店の反対側、ラトルの正面で結果を見守っていた。流石に道路の真ん中に立つ馬鹿じゃないが、この時間に少年が道脇にいるのもどうかと思える。

 誠矢が軽く背延びをした。合図だ。

 「いけ、た…」

 拓の回りの空気が徐々に震え始め、津波を起こす気配を見せた。オレは初めて、すごい口笛ってものを見た。

 音が出れば確かに口笛と認められる。しかし、本当にすごいのは音が出ずに口笛だと判らせることだ。今の拓がそれだった。

 口にあてた二本の指を貫通して、鋭い波が発する。オレの鼓膜が揺れる前につき破られた。そこに痛みは存在しない。あるのは、何かが通り過ぎた余韻だけだ。

 蝙蝠の超音波。

 一度テレビで見たそれと類似している。拓が静かに目をつぶり、長く続けた。

 永遠の時がたったかに思えた時、遠くで欠伸の音がした。二度目の合図だ。誠矢が歩いてくる。ゆったりと。

 オレは、いつになく緊張して尋ねた。

 「成功…したか?」

 誠矢がクスリと笑う。前髪が目にかかり、蒼の眼が強調される。

 「それより大変なことが起きたよ?」

 言い返す前に異変に気が付いた。憧れの人が消えていたのだ。

 

  拓が初めに怒鳴った。

 「裕也はどこだよっ、お前は一緒だったんだろ」

 計画では、誠矢と裕也が入り口で反応を見守る手はずだった。何でこんなことになってしまったんだ。誠矢が澄まして囁く。

 「僕もよくわからないんだけどさ、あの人たちが関係すると思う」

 そっと指をさした先には、二人の夫婦が立っていた。どうも外食帰りって雰囲気ではない。それに、女の方が喫茶店の主人を思い出すような剣幕で迫ってくる。

 「さあさあさあ、圭護。どうするよ」

 「知らねえよ」

 正直何もかもがどうでもよくなる瞬間だった。人間、訳の分らぬことが連発するとおかしくなってしまうのかもしれない。

 夫婦が目の前に来た。誠矢を見て女が反応する。

 「まさか、あなたがいるとはね」

 誠矢の方は素知らぬふりだ。言葉を黙殺すると、男の方に向かって笑いかけた。

 「僕たち今、人探しをしてるんですけど何か御用ですか?」

 少年らしさに満ちた声だ。清々しさに溢れ、微塵にもとげがない。

 「誠矢君、栗野誠矢君でしょう?」

 誠矢が空気を止めた。暗闇でよくわからないが、無表情だ。何もかもが凍てつくような、感情の無い眼だ。月の光が暗く見えた。

 「あたしよ、紗枝。あなたのお…」

 「黙ってくれませんか」

 誠矢の眼が闇で光った。地下深くから這い出た蒼の光が紗枝に襲いかかる。蒼い眼はしばらく宙に止まり、紗枝の言葉を続かせなかった。

 静寂に包まれる。誠矢はふと視線を外した。

 「どうも」

 そっけなく誠也が礼を言った。オレは何をしていたか、ただ止まっていた。

 

  裕也の行方を尋ねる暇もなく二分が過ぎたところで、オレは意を決した。拓と目くばせすると、その役を買って出たのだ。

 「なあ、誠矢。裕也はどこに行ったんだ?」

 誠矢からは無音の殺気が発せられ続けている。オレは冷や汗が伝うのを嫌に感じた。

 十回は瞬きしたと思う。

 「連れてかれたよ」

 だからこそ、その返事に素早く対応できなかった。

 「は?」

 夫婦が惚けて立つそばで、オレは頭をフル回転させる。フルにだ。

 「待てまあ待て。裕也が誰にどうやっていつさらわれたのか教えろ」

 あくまで強気で行くしかない。下手すればパートナーが失われてしまう。元をたどれば誠矢の計画だ。こちらに落ち度はない。

 「女の人が来てね、裕也の方からついて行ったよ」

 理解が出来る日本語で、理解が出来ない内容だった。拓と二人で目を合わせる。

 そう言えば、口笛の効果はどうなったんだろうか。

 誰も答えを明かさなかった。


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