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栗の変化  作者: レモナー
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チャプター19 新たな手段

  さほど、いや全く後悔していない。無論、軽はずみだったかもしれない。


  計画まで話す必要はなかっただろう。だが、自分は話した。

 「ごちそうさま」

 サラダのフォークを転がし、誠矢はため息をついた。ドレッシングがきつかったせいか気持ちが悪い。外を歩けば直に良くなるだろう。

 しばらくして、きれいになった皿をみつめると胸に衝撃が走った。

 何故疑問に思わなかったのだろう。

 (この、この料理の代金は僕が…)

 そのまま何もないポケットに手を入れ、惚けているとウェイトレスが声を掛けてきた。

 先ほどから、ちらちらと目線を送ってきた女性だ。うっとおしいとは思ってたけど。

 「あの、先ほどの男の方々が代金のお支払いは済ませましたよ」

 瞬間彼女を見る目が変わった。黒いベストの服を着こなし、優しげな空気を取り巻いている。母に似ている点が癪だが、感謝をするべきだろう。

 「どうも、過ぎたお気遣いありがとうございます」

 呆気にとられた女性を残し、誠矢は二時の鐘が鳴る街へと出て行った。


  昼の町は夜以上に活気がある。それもこの七丁目独特だが。

 胃の中の油気が飛んだことを確認し、公園へ戻り始める。誰にも会わぬことを願った。

 知り合いならば尚更。声をかけられれば、つまらない現実に引き戻されそうで。

 「誠矢ちゃん、またこんなところうろうろしてんの?」

 空気読んで欲しい。見た覚えのない女だ。

 甘く香ばしい香りを漂わせながら近づいてくる。誰とも話したくはない。

 避けた先にはきれいな手が伸びていた。指輪もしていない。

 「ちょっと、聞きたいことがあるのよね」

 「母にどうぞ」

 今度は腕をつかまれる。振りほどこうとすれば怪しまれるだけだ、ただ相手を睨む。

 「そんな怖い顔しないで。簡単な質問なの」

 「何故学校をさぼっているのか、だったら答えません」

 「違うわよ。あなた、大きな作戦を始めるんでしょ」

 胸が衝かれた。相手は口の端をあげた。花の香りが襲ってくる。

 あの三人以外にはだれにも話していないはずだ。ならば、何の作戦だろう。

 日光が頬を照りつける中、女は優しく囁いた。

 「あるケーキ屋さんに手を出すつもりでしょう」


  手がしびれてきた。だが、思考に痺れは届いていない。

 「何を言ってるんです?」

 声は震えていない。顎さえコントロールすれば震えないことは知っている。 

 女は首を傾け、ぞっとする声を発した。

 「子供で済まされることじゃないのよ。怖いもの見たさもほどほどにしたほうがいいわ」

 冗談じゃない、誰だこの女は。何故邪魔しようとする。

 心の中の強い言葉も口まで達しはしなかった。周りに満ちた香りのせいかもしれない。頭がくらっとしたが、悟らせないように気を正す。

 「見当違いの注意もほどほどにすべきですね。人違いです」

 今度こそほどけた手をはらって歩き出す。いつの間にか呼吸が乱れている。

 背後から耳元へと声が伝わってきた。鳥肌が立つ。

 「貴方の素性は知ってるのよ。店に観察に来ていることも、ね。店長はまだ気が付いてないふりをしているけど、あなたが誤魔化せる相手じゃない。それよりも…」

 先が聞きたくなくて、足を踏み出そうとする。目眩が抵抗力を削ぎ、立ちつくす羽目になった。生まれて初めて恐怖を感じる。

 肩に重みが感じられるほど、危うい声。先は続けられた。

 「私の仲間になり、願いを叶えない?」


  日光が見せた幻覚だったのかもしれない。振り返ると女は姿を消していた。違う、消したんじゃなくていなかったのだ。すがろうとした思いも辺りの香りによって打ち砕かれた。

 「願いを叶える…? 知りもしないのに」

 悪寒が全身を駆け上がる。そうか、知らないわけがないんだ。

 店のことを話していた。宿敵とみなした店長のことも話していた。

 あれをすべて幻覚に変えては、意味がない。面白くもない。

 青空を真正面から見上げる。視界がすべて空で埋まった。

 「願い…」

 思えば、あの三人に打ち明けたのもそれを望んだからだ。それを見たいのだ。

 この眼に刻んで、納得したいのだ。父の不可解な行動を暴きたいのだ。

 残像に支配された顔を下ろしたとき、誠矢は奇妙な感覚に浸っていた。

 今日、三人をつけたが為に人生で最もかなえたい望みが手に入るかもしれない。

 だけど、どの手段で。

 公園に着くと、ランドセルが無かった。構いはしない。

 今日一日の体験は、ランドセル一個で崩されるようなものじゃない。

 誠矢は向きを変えると、家へと歩き出した。誰とも組むつもりは毛頭ない。

 利用できるならばしてやるだけだ。

 まずは計画を進めなければ。

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