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栗の変化  作者: レモナー
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チャプター17 夢の狭間


  小さな店の店内は全てに焦点が合わない奇妙な空間だった。

 ぼんやりとしたランプが夢と錯覚させる。ファンの回る軋んだ音がする。


  瑠衣の目を引いたのは、アンティークな置物たちであった。

 笛を吹く童子がくりくりと見返してくる。エプロンに似た民族衣装の娘が見つめる。

 手に持ってみると、馬の銅像は命を持ち足を動かそうとした、それほど迫力があった。

 「それ、友人がこだわっているから場所変えないで」

 瞬間瑠衣はそれらを置いた。しかし数センチずれたという不安が残る。

 気配が消えたことを感じ、見回すとだれもいなかった。

 急に広くなった世界に体は対応できず、瑠衣は突っ立ってしまった。

 「紅茶しかないけど」

 心臓が鷲掴みされる。振り向くと女がローズティーを差し出していた。

 「ありがとう」

 声は震えていたかもしれない。瑠衣はカウンターに腰かける。

 ローズの香りに落ち着きを取り戻しつつも状況が理解できない。

 やっと気がついてランドセルを脇に置いた、窃盗ではない。 


 「さて、話を始める前に聞きたいことがある」

 カウンター越しに女が言う。カールした髪が年齢を諭させない色気を醸し出している。

 「ラトルについてどう思う?」

 予想外を過ぎ、返事が遅れた。

 「どうって…ケーキがすごくおいしく、店長が特別…」

 「店長が何だってっっ」

 突然立ち上がった女は顔を赤くしていた。

 「て、店長の性格が特別で…舌の回り具合と思考力がよく……」

 女はすとんと腰を下ろした。息を吐いたのが感じ取れた。

 「わかった。あんたは何にも分かってないのね」

 クエッションマークが浮かぶ瑠衣を置き去りにし、女は話し始めた。

 「ラトルについてなんだけどね」


 「あたしの母が一か月前に自殺したの。死因は不明。遺書もない」

 「…」

 「母は、明るくて何の心配ごともなくふるまってたから、あたしも死因は分からない。だから調べ始めた。死ぬ直前に母が会った人をすべて尋ねた。だけど死につながることは何も見つけられなかったの。そしたら、この間一週間前に母の日記を見つけてね。そりゃ、面白いことがたくさん書いてあったよ。でも、自殺の前日、母の文章はそれまでと変わらなくとりとめのないことばかりだった」

 瑠衣は今自分がそこにいるのかさえ忘れて聞き入った。

 「だけど、ひとつだけ気になることがあって。あるケーキ屋に行ったの、母はね。それが」

 「ラトル」

 「そう。もちろんそこに死の原因があると考えたわけじゃない。ただ、母の死を調べるうちに母が何を思い過ごしたのか興味が出てね。直接ケーキを食べてみようと思った。まさかよ、そこに知り合いがいるなんて。それも、それが比坂だなんて」

 「比坂…?」

 「比坂は、一昨年くらいにあたしたちの近所に引っ越してきて、仲良くなった女性。でも、二か月前に比坂は街を出て行ったのよ。なぜか、母に聞くと少々言い争いをしたとか。引越すほどの言い争いよ、少々なんて・・。まあ、ともかく比坂を見たとき直感が働いてね。この店が原因なんじゃないかって、ね」

 「それって推測の域を出ていないですよね」

 「ああ、もちろん。だから警察になんか相談せず、その店を見張ることにした。そしたらよ、その店のケーキには愉快な評判がついてるじゃない、運命が変わるって」

 「聞いたことないですよ」

 瑠衣は必死でお得意の洋菓子店を思いだしていた。

 「そうかい。ま、見張っていたらわかるけどそれは真実だった」

 女は過去を見るようにグラスをみつめた。氷が涼しく音を立て崩れる。

 「いい音ね。で、もうひとつ面白い発見があった。それが、これ」

 ランドセルを指さす手は美しかった。よく見ると中指には金細工の指輪がはめられていた。

 「栗野誠矢。この子は小学生のくせに人間観察が趣味でね。よくケーキ屋で会ったの。ま、相手はあたしなんか覚えもしなかった。それでよかった。でも」

 「本題ですね」

 目の前で女性が目を細めた。


  女はためらいがちにグラスを置く。瑠衣は自然と動作を追った。

 「誠矢はね…ラトルを相手に勝負を始めたのよね」

 「はあ、…はあっ?」

 店内のファンは変わらず静かに回っていた。


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