人類の敵はやっぱり人類!?13
「……どうだっ!?」
「追跡は……ないようです。ですが……」
返ってきた声に周囲の部下を見回す。全員ボロボロ、満身創痍の状態であった。ユメミールの聖士に一方的に殴打され、相当のダメージを受けていた。更には皆肩で息をして、尚且つ顔色がよくない。担がれている負傷隊員などは呼吸する事すら困難な様子であった。隊長自身の手足の感触も鈍くなってきており、妙な痺れが出始めて来ている。
「ユメミールの聖士があれ程とはな、刃が立つとか立たないとかのレベルの話じゃないな。作戦自体も失敗……まったく、思い通りにいかぬものだな」
「隊長、どうやらタカイオ卿は敵に捕縛されたようです。また、同盟者サイワルサー殿の姿もありません」
「タカイオ卿は流石に斬り捨てる以外他ないだろう。同盟者に関しては我々が知ったことではない。兎も角、このままでは我々のマナの方が持たない」
兎に角栄養摂取だけでもせねばならなかった。林の中に身を隠し、来るかもわからない救援を待っているだけでは最早死を待つだけなのだ。一同が沈黙する中、近寄ってくる気配がある。隊長が視線とハンドサインで指示を出せば、重い体を引きずりながらも部隊は展開し相手の出方を警戒する布陣を敷いた。小雨が降る闇の中、息を殺した緊張が生まれている。その中をどこ吹く風と踏破してくる謎の存在感。
「……いやいや全く、酷い目にあったのじゃ。……それで其方等の方はどうじゃ??見る限り……こっちも満身創痍といったところかの??」
やってきたのは全身をボロボロにしながら不満顔を貼り付けた幼女、サイワルサー。流石世界を翻弄する大界賊と言うべきか、一歩間違えば獣士達からの攻撃を受けていただけに実に肝が据わった登場の仕方である。しかしそれよりも獣士達は彼女が現れたことに驚愕していた。
「……ユメミールの、あの聖士達からの拘束を解いて逃げてきたというのか!?」
隊長の洩らした呟きに部隊に動揺が走る。そんな賞賛などサイワルサーには響かない。
「言うたであろうが、ワラワは世界を股に掛ける大界盗であるぞ!?常に脱出する手段の一つや二つは用意してあるのじゃ……まぁそれでも少々ボコボコにされたがの!!手間取ったのは想定外な現地民の妙な技のせいじゃ」
彼女からしてみれば拘束された事自体が不服だったのだ。サイワルサーは獣士達の状態を見回すと一息ついて一考した。
「ふ、む、皆身体共にボロボロであるの。強襲作戦は失敗に終わったが、カクシンの方達ももう少し時間は掛かるであろう。それまでに何とか少しでも体力とマナを回復せねばならぬの」
「ああ。現状このままでは食うものも無く、雨ざらしで体温と体力を奪われる一方だ。何よりマナが心もとなさ過ぎる」
想定したよりも被害が大きく、マナ欠乏の為にその回復もままならない。ユメミール人の聖士達の足止めを行い、その間に彼女等の拠点を奪取する……その作戦は失敗に終った。だが、それが叶わなかった場合も当然にして想定して事に当たっていた。
「ならば時を置くのは得策ではないの。当初の予定の通り、こちらも別の拠点の奪取に移るのじゃっ!!」
自身達とユメミールの聖士達、情けない話ではあるがどのように考えても戦力差に違いがありすぎる。それを埋める為の作戦を、サイワルサー達は獣士達が強襲をかけるその裏でスケールとカクシンを含めた別働隊に進めさせていた。彼等との合流、それこそが決戦の時であり、本命の作戦であった。だがその前に強襲部隊の体勢を何とかせねばならない。最低限の食事と睡眠をとり、少しでも肉体とマナの回復をしなければならない。聖士の足止めと敵拠点での戦闘により著しく消耗してしまっている。このままの状態では決戦どころの話ではないのだ。青い顔をしながらも獣士達は立ち上がり、自身達を率いる隊長へと顔を向ける。それを受け決意を新たに口を開く。
「よし。これより絶界域における橋頭保、現地施設建造物の奪取へと移行する」
「了解しました、こちらであります」
強襲作戦が失敗した場合、本隊との合流を図るための拠点として、幾つかの建物設備を事前調査し既に候補に上げていたのだ。そこは彼等部隊と本隊が食べれるだけの食料があり、身体を休められるだけの広さの在る場所であること。雨夜に紛れ音も立てずに獣達は進む。目指す先の建物はもう灯が落ち、人の気配を感じさせていなかった。
「……」
隊長のハンドサインを受け部隊は分かれ進んでいく。郊外に建つ為周囲に建物も少なく交通の気配も無い。広々とした駐車場を闇に溶けた影達が列を成し、滑るように走り抜け物陰にその身を隠し息を殺す。雨音だけが響く中、
<全隊配置につきました>
<──突入っ!!>
術式通話によるGOサインに各部隊が一斉に施設に突入を開始した。建造物の各出入口から雪崩れ込む獣士達。開錠術式に施錠されたノブの鍵は意味を成さず、突入した部隊は流水のように滑らかな動きで内部を進んでいく。
<内部に現地人2>
だが彼等の鼻がその存在を嗅ぎつける。隊長は隊員を数名連れ音も無くその場へと向かう。奥まったドアの前で停まれば内部の気配に注意を向ける。中から微かな声が聞こえてくるが、獣人達の耳はそれを完全に聞き取っていた。──しかし、現地語が理解できず、何を話しているのかがわからない。
<こちらに気付いている気配は……ない……か??>
<そのようです、伝達官>
合図を受けた通信伝達官である獣士がドアに張り付き内部の音を術式にかけた。途端に翻訳された会話内容が部隊に送られる。
<──愛しているよ恵美君、旦那の事など僕が忘れさせてあげよう>
<ああ、素敵ですわ店長っ!!はやく奥さんと別れて一緒になってください!!>
<そう焦らない。私達の関係がバレては元も子もない。それよりもこの貴重な時間をもっと楽しもう>
<もうっ!!そうやっていつもはぐらかす……あっ!!>
その内容に獣士達は顔を見合わせて、
「突入ーっ!!」
一気に事務所に突入し、唖然としている二人を即座に拘束する。こうしてその施設はドーベルの獣士達の手に落ちた。
「よし。では交代で食事と休息に入れ」
拘束した二人を別の部屋に閉じ込め隊長は指示を飛ばす。獣士達は店内にある食材を手に調理を進めていく、何せそこら中に食料に溢れているのだ。獣人達にはその食材が何かとか、箱詰め袋詰めの物が何かわからなかった。だがサイワルサーがそれらを翻訳し伝えることでなんとか食い進めていっていた。出来た食事を配給し、黙々とそれを食していく獣士達。それを確認してからサイワルサーは隊長のいる個室へと足を向けた。部屋の中では椅子に座り、店内から持ってきた飲料水を口にして一休みしている隊長が居る。
「翻訳の件、感謝しますサイワルサー殿」
「うむ。大した手間ではなかったのでの、気にするでない。しかし、この世界の文明も大した物よの」
サイワルサーは返答しながらも個室に設置してあるモニターをいじくった。映し出された映像に興味を抱き、隊長も覗き込む。
「これは施設内部と外部の映像。馬鹿な、マナ反応は皆無であった筈!!」
サイワルサーがモニターの近くに設置してあった機器をいじれば、獣士達の突入時や食事を作っている様子などが克明に記録されていた。
「理力とは違う別の力を利用して高度な文明を築いているのじゃ」
サイワルサーの言葉に隊長もそれを見つめて感心している。監視カメラに捕らえられた獣士達の姿、自身達の知識にない機器と技術。その存在はそこがやはり別の世界であることを如実に語っていたのである。そう感心している間に指示を受けに来た獣士が姿を見せる。
「各員に伝えろ、休息はしっかりと取るように、と。それからサイワルサー殿から貰い受けたアレも間違いなく配れよ!!」
「問題なく配給を進めております」
モニターに映された今の店内の様子に視線を移せば、食事をする獣士達はそれとは別の膨らんだ袋のような物でその口と鼻を覆って呼吸している。過換気症候群の応急処置で行われていたペーパーバック法のように、袋を相手に呼吸を繰り返している集団の姿は異様そのものに映る。しかし彼等には死活問題であり、その袋はサイワルサーが獣士達のために用意した理力封入パックであった。パック内に封入されていた理力……彼等の言うマナを吸い込み取り入れることで獣士達のマナを著しく回復させているのである。また、端から漏れたマナが屋内に広がり店内が周囲環境よりも若干高いマナ量へと変わっていく。
「これなら万全の体勢まで体調を戻せそうだ。感謝しますぞサイワルサー殿」
「理力パックはワラワ達がこの絶界域で活動する為に準備してきた切り札であるからの、それを分け与えるのであるから十分な働きを期待したいところじゃ」
「勿論です。これだけの物に加え更には戦力提供まで受けたとあってはその儀に応えねば矜持が廃ります」
「うむ。ユメミール共の拠点を確保できればこの絶界域でもある程度の生存活動が可能となるであろう。彼奴等の船も残されとる可能性もあるし、そうなれば絶界域からの脱出も夢ではあるまい」
サイワルサーの言葉に隊長も無言で頷きを返す。
「ユメミールの者を討ってでも生き残る事に不満があるかの??」
「……多少は。しかし覚悟を決めこちらかに口火を切りました、あとは進むのみです」
獣人達は協議した。手柄を求めてサイワルサー達を追い、その結果として絶界域に落下して後は死を待つだけとなっていた。日に日に苦しくなる脱力感と気だるさに傭兵達の精神も音を上げていったのである。そこに伸ばされた救いの手。ただその救いの手は同時にユメミールの聖士との対峙も意味していた。その彼女等が言う、ユメミールの者達との共存の道はない、と。何故ならユメミールの聖士達は夢生獣撃退が使命でこの地に来ているからだと言う。獣士達は耳を疑った。アノ夢生獣達と戦うだと!?そんな事は当然にして正気の沙汰とは思えない。ユメミールの聖士達との共存は、その夢生獣との戦いがセットになってついてくるのである。獣士達だけ呑気に過ごしていられるのか??いやいや、絶対戦力として戦わされる筈である。──冗談ではない。彼等は思い出す、この地へ赴く直前に遭遇した怪物の力を。だからこそ、獣士達はその救いの手を握り返したのだ。もともとドーベルが部隊を差し向けたのはサイワルサーが秘宝を奪ったからである。だが、傭兵である彼等は、貴族であるクロノ=タカイオのようにそこに使命や名誉、責務などを持って参加したわけではない。別にサイワルサーが元凶だったとしてもなんの問題もなかったのだ。だからこそ、ユメミールに仇名すこととなろうとも、躊躇なくその手を取ったのだ。
「して、戦力の方はどうなのじゃ??」
「流石にユメミールの聖士を相手取るわけですからな、ですが問題はないと思われますな」
「ほう??」
「夢生獣との交戦界域での資材回収が功を奏しました」
ラムダッチャに敗れた先遣隊、その救護と資材回収に奔走した。その際、かろうじて生存していた貴族や怪我人などは、多少生き残った僚艦へと乗せ送り返した。しかし回収した資材はそのままであったのだ。流石は我先にと栄誉や手柄を求めた貴族達の準備した装備や物資であった、一級品……それこそ正規軍が持つようなものまで在ったのだ。戦闘直後のゴタゴタにまぎれてそれらを有耶無耶に手に入れていたのである。
「コクーンが25、それに搭乗出来る人員もサイワルサー殿達の秘術供与により準備できている。これで十分と見るが??」
「ふ……む。通常であればそうであるのじゃが……」
そうしてサイワルサーは食事と休息を取っている獣士達を見た。
「……それ以外に戦える戦闘要員は如何程おる??汝等にはワラワ達のとっておきの秘術を授けるのじゃ」
その顔にはいたずら小僧のような笑みがあった。




