人類の敵はやっぱり人類!?7
担任が教室を後にすると、教室内は一気にざわめきで埋められていく。皆授業という拘束時間から解放され、精神的にも緊張が解かれたと言った所だろう。気の知れた者達と談笑し、ある者達は部活へと、ある者達は自由を謳歌すべく帰路に着く。正宗も最低限の物を鞄に入れ、部活へ顔を出すべく準備を進めていた。繰り返される日常の一コマ、そういったものは不変ではあるが、得てして人とは変化を求めるものなのだ。不用意に放たれた級友の一言がなんでもない放課後の教室内に波紋を投げかける、そういったこともあるのだ。
「あー、そういえば鉄ッチ、この間美人の外国人と買い物してたでしょー」
クラス女子の佐藤さんのその問いかけに、正宗の動きがビタリと止まり、周囲の級友達が一斉に視線を向けた。
「は??なになに??鉄って外国人の子とつきあってんの??」
佐藤さんの友人たる松下さんもその話題に乗っかってくる。詳しく聞きたいとばかりにそろそろと寄ってくるではないか。
「外人!?それどんなの子よ??」
「えー??スタイル良くてー、白に近い銀髪でエメラルドグリーンな目力が強かったなー。妖精みたいな人だったよー。アタシ圧感じて思わず隠れちゃったもん」
後ろの席の戸田君の問いかけに律儀に返答する佐藤さん。その回答を聞きながら戸田君の顔がグリリと正宗のほうを向いた。その顔には理解したような、その上で悔しそうな何とも複雑な表情が浮かんでいた。
「テスト明けの打ち上げとか誘っても全然来ないのは、そーいう事か鉄っ!!」
「まて戸田っ!!話を聞けっ!!」
「いいやこれははぐらかす所じゃないよ鉄君っ!!詳しく……詳しく説明してくださいっ!!僕は今冷静さを欠こうとしているっ!!」
「横からどうした阿部君っ!!」
突如駆け寄ってきた阿部君の剣幕に気圧される正宗。一人暮らしをしている家庭の都合上、家事に掃除にとそれ等を一人でこなさなければならない為正宗の友達付き合いはあまり良い方とは言いがたい。下校時の買い食いやちょっとした打ち上げなどの集まりも殆ど遠慮している感じであったのである。そこにきてそれ等付き合いの悪い原因の一端が、“外国人の彼女”という存在のためではないか??ともなれば周りが盛り上がるのも仕方がないと言えば当然の結果であった。
「あー、それアイシスさんではないか??この間漫画を借りに来て貸してあげたぞ??」
ハカセの何気ない言葉に、正宗を囲んでいた全員の視線が彼に移動する。特に阿部君の視線は鋭く、まるで標的を見つけたかというような顔をしておりハカセが引いた程である。
「アイシス!?アイシスさんというのか!?」
「なになに??今田、会った事ある系??」
「ちょっと待てよ??ンじゃあの金髪巨乳のエルマさんとはどんな関係なんだ!?」
「エルマ!!また知らない名前が出てきたっ!!近藤君っ!!その雌は鉄君のなんなんだっ!!」
「おち……落ち着け阿部っ!!俺はエルマさんにBDを貸しただけだっ!!」
(どこからともなく持ってきた単行本とBDの出所はハカセと近藤かっ!!)
混迷を極める教室の一角の中、最近寝る間を惜しんで押し付けられている作品達の出所を知る正宗っ!!と、どうしてアイシスとエルマが二人のことを知っているのか??
(俺とアイツ等以外の共通点……)
即座に合点がいった正宗は恨みを込めて自身の鞄を蹴りつけた。「ボフォ!!」というググもった悶絶音が多少したが、今周囲はそれどころではない喧騒に包まれている。
「待てよっ!!何でハカセも近藤も、なんの面識も無いあいつ等にホイホイと物貸してんだっ!!」
「アイツ等だってっ!!やっぱ鉄ッチの知り合いなんだ!!」
「なになに!!鉄二又かけてんの!?」
正宗の反応に逆に盛り上がる佐藤と松下であるが、当の正宗としては友人の二人の行動の方が信じられないでいる。
「そりゃあ……まぁ、なぁ??」
「ああ。テッちゃんに布教する為と言われれば貸さないわけにもいかぬと言うものよっ!!」
苦笑するハカセと破顔する近藤。その顔には一切の後悔など無いという心の表れがあった。
(あああああ……二人の無垢な友情には感謝だが完全に余計なことをしてくれたあっ!!)
正宗は予想外の方向からの攻撃に晒され悶絶してしまうのであった、所謂フレンドリーファイヤという物だ。そもそも正宗ですら知らない二人の所在地を、あの異世界人共がどう知りえたのかがはなはだ疑問である。
(……いや待てよ??市内外構わず索敵できるアイツなら造作も無いことじゃないのか??)
思い浮かべれば脳筋に付属している相方は、索敵や情報収集に長けているあのエルマであった。優秀な能力は使いようによってははた迷惑他ならない厄災ともなり得るのだ。今回もそちらの方向に賽の目が転がったらしい。
「そ、それで!?その二人と鉄君は一体どういった関係なんだ!!」
切羽詰ったかのような阿部の問い詰めに、
「アイツ等はただの同居人だ!!親父の仕事柄預かってるホームステイ住人みたいなもんだっ!!」
「同……居……だと!?」
「なになにっ!!ちょっとやらしくななーい??」
愕然とする阿部君とからかい気味の松下であったが、
「ふざけんなっ!!あの二人のせいでドンだけ死にそうな目にあったかっ!!お前らにわかんのかっ!!」
リアルに涙目になり困窮した顔を見せる正宗に一同はドン引きする。だが正宗はそれで止まらず全身を震え初め、堰を切ったかのようにブツブツと呪詛を吐き出していく。
「意味不明な怪物と意味不明な戦いに巻き込まれて他の人たちは全然気付いてなくてそれでも俺は必至に戦って俺だけが戦って死ぬって話でだから必至に担ってんのに相手は意味不明で豚や魚や熊や鰐や象や牛の姿しててそれでいて人語を話して意味不明な力を使ってきてそれでいて巨大な鉄の固まりになってさらに意味不明な力を使ってきて土を水に変えて隕石を降らせれば光速で移動してそれで俺んちが壊れて壊れてそうだそうだそうだよ俺が預かったんだから俺に託されたんだから俺が護んなきゃいけないんだよ俺が家を護んなきゃ親父や母さんの思い出を俺が……」
「わ、わかった!!わかったからちょっと落ち着けテッちゃん!!」
「そうだぞ、深ーく息しろ。そう、落ち着けー」
過去吸気味になった正宗をハカセと近藤が落ち着かせる。言われてビクリと身体を震わすと、少し定まっていなかった正宗の焦点が合い、失われかけていた表情にも生気が戻りつつあった。
「あ、ああ、スマン。ちょっと取り乱した」
「ア、アーシ達もごめんねー。確かにちょっとデリカシー欠けてたわ」
「なんだかんだで鉄ッチも苦労してるんだねー」
松下と佐藤が消沈し悪かったと謝りを入れる。ちょっと茶化していい雰囲気ではないと彼女達も何かを感じたようであった。
「そりゃまぁ家とはいえ家族以外の外国人の女性と過ごすわけだからなぁ、気疲れするよなぁ」
「確かに。家でも気が抜けないなんて緊張で押し潰されんぜ。美人との暮らしなんて羨ましいと思ってたが、そりゃ外から見ての話だけなのかもなぁ」
ハカセと近藤も勝手に考察し、正宗の境遇を勝手に想像して理解して行く。それはとある界隈によくある「俺等わかってますよ」感を出す無駄考察である。あの作品のこの表現はこれこれこうのメタファーだ、とか、ここの作画はこういった意味を暗喩している、とかいうアレである。実際の所制作側はそこまで深く考えてないという物の方が多いであろう。こういった輩は勝手に伏線の有無を想像したりするのだが、今回はそれがいい方向に向いただけである。
「何を悠長なことをっ!!そんな楽観視していてエロ漫画的ラッキースケベが起きてしまったらどーするというんだっ!!鉄君の……いや、何か間違いが起こらない為にも、早急に生活環境の改善をすべきだと僕は思うっ!!」
「折角まとまりかけてきたところに水を差すね阿部君は」
「そうは言っても親同士の関係もあるだろ??テッちゃんだけの言い分でどーとはいかねーだろう??人ん家の事に部外者があーだこーだ言うのは……なぁ??」
ハカセのいいぶんも理解出来るし、それを踏まえた上で近藤に意見を求められればそうだと言わんばかりにうなづきで返す佐藤と松下。流石に押し黙る阿部君であるが、どこか不服そうでもあった。
「ま、まぁそういうことであまり突っ込まないでくれるか??こっちも結構一杯一杯でな」
「了解した。そいや親父さん海外勤めの商社マンだったっけ??」
「家事に自炊、その上でホームステイの接待までとか……俺ならまいっちまうね」
それらしい良い訳でなんとかその場をしのぎ、話題は終わったと各人挨拶を交わし部活やら帰宅やらに散っていく。正宗もそれに習い談笑しながら下駄箱へと向かい、そして部活動へ向けて足を向けた。その間も心の中では焦りまくっていたというのは言うまでも無い。
(な……なんとかポロは出さなかった……のか??)
正宗は何故そんなに動揺しているのか不思議であった。アイシス達の存在がクラスの者達にバレたからであろうか??はたまた彼女等との関係を邪推されたからなのだろうか??
「クラスの皆を巻き込みたくなかった……から、……いや、それはないな。どちらかと言えばアイシス達との関係を認めることで俺という存在が非日常に陥れられていると認めたくないが為だな」
「酷い考察だけど案外的を射ているから始末が悪いポね」
肩に担いだ鞄の中から聞こえてくる溜息。ポッコルとしてもフォローしてやりたいところであるのだが、事実な分下手なことは言えないで居た。それでも、
「正宗、アイシスかエルマ、どちらかを貰って……」
「断る」
「後生だからどちらかとイイ中になって引き取ってくれないかポ!!そして少しでもポッコルを楽させて欲しいポッ!!」
「だから断るっ!!異世界人なんてまっぴら御免だっ!!俺はこっちで普通の子と普通な恋愛をして普通に暮らしたいっ!!」
やはりそれに尽きるのだ。小説や漫画のように異世界人でもなんでもウェルカムッ!!……とはどうもいかなかったようである。いままで平凡に生きてきた正宗には、彼女達がもたらしたここ最近の出来事は刺激が強すぎるのだ。彼としてはどうにも踏ん切りはつかないし、踏み出す気もさらさらない。ラノベ主人公達のように割り切って異世界を愉しんだり、自身の周りの者達を護るために踏み出してゆく気概はないのである。常に一杯一杯、状況に流され、それでも何をしていいのかわからず立ち止まり停滞しているのだ。アイシス達に率先して加担するわけでもなく、自身らが陥っている状況はわかっているから手を出すこともある。しかし、それ以上は踏み込まない。彼女達が事態を収拾し、自身が日常に戻れることを待っている……保守的な考え方なのだ。
「俺は思うんだ。こっちでニートしてたヤツが、チート貰ったからって異世界で頑張れるわけないじゃないか。こっちでニートしてたんだから異世界にいったところできっとまたニートしてるよ。社畜やってた奴は、結局異世界いったっていいように騙されて社畜してるさ」
「人間簡単には変われないポからねぇ」
(召喚されたり転生したりするのは簡単なことではないと思うのだが……その程度位ではやはり人は変われないということなのか??)
あっさり肯定されてしまった事に逆に落胆する正宗。転生などは別の人生を最初から謳歌するのだから価値観など変わっていく物ではないだろうか??夢も希望もない話に溜息を吐きながら、正宗は重い足取りを進めていった。
(しかし、思いの外精神に効いてるポね…………いい兆項ポ)
正宗とは違い彼の背負う鞄の中ではポッコルがほくそ笑んでいた。普段余りそう言った顔を見せない正宗ではあるのだが、やはり現状というものは彼の心身に相当の影響を与えているらしいと知れたからである。
(そしてヘロヘロになった正宗を有無を言わさず異世界に連れて行くポ。ヘタレなこいつは直ぐに助けを求める筈ポ、その先にポッコル達以外居なければ案外ポックリ落ちるポよ~。そうすればそれ即ち全てポッコルの手柄ポ)
下衆な考えを浮かべながら、正宗陥落のプランを練り上げているのである。道徳云々を抜きにして、女王はポッコルを評価するはずだ。
「覚悟するポよ正宗。折角の金の卵、みすみす見逃す手はないんだポ」
声を殺して笑うポッコルであるが、人生などそういった計画どおりに進む方が稀である。往々にして思い通りにいかず、大概にして想像するよりもよくない方向に結果は進む。だからこそ、稀にある幸福な出来事に「今日はツイてるっ!!」と心躍らせることが出来るのだ。詰まる所、新たな厄介事にポッコルは、そして正宗もまた陥っていくのである。彼等が望む望まないは別として──。




