始まりの物語8
「ええい離せアイちゃんー!!ヤツが、ヤツが帰ってくる前に逃げ出すのだー!!」
「そうはいきませんよっ!!今後の話しもあるんですから!!ちゃんと話し合わなきゃ駄目でしょうがっ!!」
玄関口で口論する二人だが、帰宅した正宗の姿を見れば慌てて奥へと逃げ込んでいく。出入り口を施錠し靴をしまい二人が待つであろう居間へと向かう。そこにはアイシスとエルマが引きつったニコニコ顔で並んで座っていた。日本の和風の居間に、外国美女が畳みに直座りで机を囲っている光景に一瞬違和感を覚える。しかし、学校帰りの着衣も荷物もそのままに無言で対面へと座る正宗。
「ま、まーまー、鉄さんー。ここは一つ話し合いましょー。ほら!!アイちゃん麦茶ご用意してーっ!!」
タイミングを逃さずエルマがご機嫌取りを開始する。即されたアイシスが急ぎ台所へと向かい、グラスに氷と麦茶を注いで戻ってくれば、
「イ゛ダダダダーっ!!ギブッ!!ギブーっ!!ホント!!ただアイちゃんをからかいたかっただけなんですーっ!!本当に出来心だったんですー!!」
頭部を破壊された者は失格となる。笑顔の正宗の必殺技をまともに受け、強烈な締め上げがエルマの頭部を爆熱させていた。首から頭部を引きちぎらんその有り様に恐怖し、アイシスの手の中の湯飲みから麦茶がバシャバシャと震え洩れる。
「おかげさまで……一歩間違えば俺の周囲が最悪の事態になるところだったよっ!!」
「グオオオオオ……ま……まさかアイちゃんがあそこまで純情とは思ってもなくーっ!!実に面白い反応だったからついついー……」
「ついついじゃねーよっ!!やっぱお前等俺等の世界舐めてんだろっ!!」
「だってだってー、まさか真に受けて寝不足になって寝坊するとかー……普通思わないじゃないですかーっ!!」
正宗はそう言われ視線をアイシスへと向ける。アイシスは顔を紅く染めながら視線を合わせないように机の上に麦茶を配膳していた。グラス内の麦茶は半分程まで無くなっている。正宗は大きく溜息を付くとエルマから手を離し、その置かれた麦茶を……拭いてからいただく事にした。よくよく机の上を見れば、ぐったりと横たわっているポックルが転がっている。どうやらアイシスにかなり……文字通り絞られたらしく、その身体に付いた捻れの跡が真新しい。
「ハァ……次は、大、丈、夫、なんだろうな??」
「イツツ……そのあたりはどーなのですかー??アイちゃんー??」
エルマは顔を擦りつつアイシスに問いかけた。アイシスは狼狽しながらも胸を張ってみせる。
「なっ!!もっ……もろちん大丈、夫……ッ」
「……え??なんだって??」
「言い間違った上に酷い意味合いの言葉になっちゃいましたねー」
ニヤニヤと笑うエルマに羞恥のあまり襲い掛かるアイシス。だが、単純戦闘力でエルマがアイシスに敵うわけがなかった。
「もおお!!エルマがくだらない事を言うから私のメンタルボロボロですっ!!」
「ギブーっ!!苦しい……いやマジで、アイちゃん死ンじゃう……わたし死んじゃう……」
襟首を締め上げられ揺さぶられるエルマは瀕死に顔を青くしている。
(……こんなんに俺等の世界を託すしかないとか……)
正直正宗の心中もどん底に落ち込み始めていた。
「しかし現実問題としてねー、鉄君がアイちゃんに夜這──」
「ああ、それはないから。それよりも問題は今後だよ。トンテッキの野郎えらく自信満々だった、本当の本当に大丈夫なのか??」
ばっさりと斬り捨てられたことに逆にショックを受けているアイシス。
「……え??私ってそんなに女子として駄目なのですか……」
「そうポよっ!!エルマ、夢生獣トンテッキは金剛魔導夢想兵装を使用できるまでに育っているポ」
「うそーっ!!金剛魔導夢想兵装……略して金導夢兵装まで……」
わざわざ略さなくてもいい気がする上に、
「なぁ……お前等の国で当て字したやつ日本語に詳しすぎる上に変態だろう??」
いままで疑問に思っていた事を口にする正宗。それにはアイシスももの凄い勢いで頷き返していた。
「失礼ポっ!!妖精族はただ単にユーモアを……」
「お前等かーっ!!私達をあざ笑う全ての原因はお前等かこのクズぬいぐるみがーっ!!」
再び突きつけられた酷い事実にショックを受け、ぬいぐるみを床に叩きつけ踏み潰しているアイシスを他所に正宗はあきれ果てたように溜息を吐いていた。ぬいぐるみの断末魔が聞こえる中、エルマは思案顔を続けている。
「それで、そのコンドー……」
「金剛魔導夢想兵装だっ!!略すのは禁止なっ!!」
アイシスが食い気味に注意をしてくる。その圧力に押されつつ頷き、
「……その金剛魔導夢想兵装っのはなんなのさ??」
「金剛魔導夢想兵装ってのはいわば最終体型、現在考えられる最強の法術式の一つです」
正宗の問いかけにアイシスが答える。付け加えるべくエルマが正宗に問いかけた。
「鉄君はアイちゃんの変身した姿ー、見てますよねー??」
「ああ、今日も変身してた。光が眩しくてしっかり見えなかったが魔法少女ってのはアレだな、野外で全裸になってお着替えとか……はっきり言って痴女だな」
「痴女とか言わないでくださいっ!!私だって好きで全裸になってるんじゃないんですよっ!!事前に室内で変身できればいいんですけど、でも戦闘形態は聖力の消耗が激しいから、できれば直前以外変身したくないんですよっ!!」
「正直ですねー、この世界での聖力回復の手段がかなり厳しいので消耗は控えたいのですよー」
エルマが補足するが、アイシスは真っ赤になりながら座布団で正宗を殴りつける。そのまぁ、燃費が良くない為に今の状況では緊急時以外、変身してから現場へ向かうという方法はとりたくないと言う事らしい。
「それでですねー、あのラブリーアイシスのラブリー法衣は着ている衣服を聖力を使って、兵装術式を上乗せ変形させて聖法衣として纏うものなんですけどー、それと同じ理屈の上での究極体といえる物が金剛魔導夢想兵装、略して金導夢兵装なんですよー。まぁ魔力が高まりすぎて法衣のような布を通り越して、全部が全部もっと硬質で強度のある装甲みたくなってるんですけどねー」
「……ああ、それで……」
正宗は最後に現れた鋼の豚足を思い出していた。確かにアレが全身分あったのなら、鋼の豚が完成するわけである。ただ想像するにその巨大さは脅威となる。
「……そんな巨大な鋼豚に勝てるのか??」
正宗が問いかければ、ちょっと不満げにアイシスがそっぽを向いた。
「見くびらないでください。私とて次期女王候補序列第一位なんですよ!?相応の手段も当然持っています!!」
「その為にわたしがいるのですよー。アイちゃん、ウルフェンの剣の調整は万全に済ませておきますのでー!!」
自信ありげに言うエルマであるが、アイシスは頭を振る。
「いや、それよりも今のままではどうも出力が安定しません、火力不足です。ラブリージュエルの出力をもう少し出せる方向に調整して欲しいんです」
「えーっ!!それじゃあジュエルの方が持ちませんってーっ!!アイちゃんは聖力が凄いんですから今のままで十分ですってっ!!」
(そうか……凄いんだ……)
正宗の視線を受けアイシスが訂正をする。
「ち、違いますよっ!!決して私の精力が凄いワケじゃないですよっ!!聖なる力で聖力ですっ!!……うう、妖精族め、紛らわしい語句をつけて!!」
「それは仕方ないポっ!!妖精族の趣味ポっ!!」
ガバッとポッコルが起き上がりそう告げた。まったくもって妖精族という種族は糞らしい。
「それはそうと、相手が金導夢兵装を装着してきたら正宗はさっさと逃げるポよ??」
「もちろんそのつもりだが……なんだ??なんかあるのか??」
ポッコルの様子からなにか感じ得る物があった。ポッコルは頭をポンポンと叩きながらその考えを述べた。
「ポッコル考えたんだけど、因夢空間で動ける正宗は夢聖士達と同じくする特殊な才を持っていると考えたポ。つまりアイシスやポッコル達と一緒ポ。そう言う者達は因夢空間で死傷した場合、因夢空間が解けようが解けまいが死傷してしまうポよ」
その話に絶句する。今までは他の先生や学友のように、たとえトンテッキに飲み込まれようがモザイク越しに復活するのだと考えていたのだが……どうやらそうではないというのである。正宗がエルマへと視線を向ければ、
「んー、確かにそうなると考えるのが普通ですよねぇー」
「マジか……」
そういう事であるのならもっと因夢空間での行動について慎重にならねばならなかった。そんな正宗を心配してか、アイシスが少し誇張気味に声を上げる。
「心配ないですっ!!私がいるんですからっ!!」
そう、実力のある彼女が居るのだから安心しろと告げている。正宗は苦笑しつつ、
「寝言は寝て言えっ!!」
「ヒドイっ!!」
バッサリと切り捨てた正宗の言葉がアイシスを一瞬で涙顔にした。
「何が心配ない、だっ!!寝坊してきたその口で言うかっ!!」
「それは私だけの所為じゃないでしょう!!だ、第一戦闘内容には関係ない事柄ですっ!!」
「大あり、大ありだっ!!戦闘内容??戦闘以前に……お前が来る前に俺がやられる所だったんだぞっ!!なにが私がいるッだっ!!」
「わ、私だって一生懸命……」
「うるせーっ!!ユメミールの不始末ならお前等は死ぬ気で働けえーっ!!」
「うわーん!!エルマァ!!」
正宗に怒鳴られアイシスがエルマに泣きついていく。本当にこんなので大丈夫なのだろうか??世界が見る夢の中の話と言う事で、現実世界での戦力には期待できない。警察も……それどころか自衛隊ですらどうにも出来ないであろう。対抗すべき戦力は、彼女達しか居ないのである。
(不安だ……実に、不安で一杯だ)
エルマに慰められるアイシス、それをカメラらしき物で嬉々として激写する妖精のポッコル。果たしてこんな者達に世界の運命を任せて大丈夫なのだろうか??……正宗の不安は否応もなく高まっていくのであった。