人類の敵はやっぱり人類!?4
肌涼しくなり耳を澄ませば虫の音も聞こえてくる。顔を上げた先のあかね色の空を、つがいのトンボが横凪ぎに飛んでいった。季節はいよいよ秋を迎えようとしてきている。
「……秋、ですか??全くもって色とりどりで美しい景色ですこと」
フラウニは掃除の手を休め一息つく。見渡せば周囲の山々もその姿を赤く染め初めている。それは決して夕日に当てられた夕刻であると言う事だけではない。紅葉が始まり山全体が秋色に移り変わってきているのだ。日本では当然のその景色も、ユメミールという異世界から来たフラウニにとっては実に新鮮かつ刺激的で、そして深く魅せられる景色であった。常に暖かな春だけのようなユメミールでは味わうことで気ない四季という季節。色とりどりに移り変わってゆくそれに彼女が感慨を受けるのもまた当然であったのだ。竹箒片手に景色を眺めいてたフラウニであるが、気配を感じて視線を移す。ともすれば山道を駆け上がってきた自転車が、スルスルと速度を落としながら鉄邸へと近寄ってきていた。家主から借りた自転車を器用に停めた同僚を眺めていると、彼女は前カゴからマイバッグを取り出すし、そして生き生きと掲げて見せてきた。
「フラウニ、ご苦労様です。おやつを買ってきたので中で食べましょう」
期待に満ちあふれた眼差しでマイバッグを眺める同僚。自身と同じくしてこの異世界の地に来ているわけであるが、やはり彼女には景色より食い気なのであろうか??
(大貴族のご令嬢ですのに……なんでこう残念な方向に育ってしまったのでしょうか……)
「ん??なにか貴方私に対して失礼なことを考えてませんか??」
ぶしつけな考えと視線を向けていれば、その考えを見透かしたように彼女は言い返してくる。動物的感に優れた彼女のその言葉を否定しつつ、フラウニもさっさと掃除道具の片付けに入る事にした。
「そんなことはありませんわ。それで、何を購入されてきたのですか??」
「……ん、焼き芋です」
マイバッグを突き出してくるアイシスに拍手を送る。フラウニとしてはさっさと掃除を切り上げもう一人の同僚も加え、熱いお茶と共にご相伴に預かる以外に選択肢は無い。現在の鉄家の財政はあまりよくないのだ。電気代や水道代が格安になったとはいえ、何せ正宗の通帳に振り込まれる仕送りとアイシスのバイト代しか収入がないのである。
(エルマさんは聖法具の開発や研究、メンテナンス等々で忙しいですしね……)
かくいうフラウニも働いて給金を納めようとしたのだが、どうにもこうにも彼女自身の外見が問題視される結果となり正宗に却下されてしまったのだ。俄然としてそれには猛抗議したい所なのであるのだが、実際にこの世界の警察官に補導されかけた時に彼女自身にも諦めが付いたのだ。
「せめて高校生には思われたかったですわ……」
「貴方は何を言っているんです??」
フラウニのぼやきを眉を寄せながら聞いたアイシスはさっさと靴を脱いで中へと入っていった。フラウニも慌ててソレに続き、アイシスが台所に物を置いているうちにインターホンを使い自室に居るエルマを呼び出しておく。アイシスとフラウニが皿に取り分けた焼き芋を居間に運び終わる頃にはエルマが姿を現した。
「うわーい焼き芋ー。お芋の良い匂いですー」
フラウニは急須にポットからのお湯を注ぎ自身の湯飲みへと入れると、二人に回してちょっとしたおやつタイムが始まった。正宗がいないのは当然にして学校に行っているからで、日頃アイシスはバイト、エルマは籠もって聖法具等の整備や索敵などの情報収集を勤めてくれている。その為身の開いているフラウニの仕事は基本家事手伝いに割り当てられていた。おかげで使ってない客室まで掃除が行き渡り鉄邸は清潔に保たれているのであるが、やはり食い扶持が増えた分影響が出ないわけがない。今は彼女達だけのちょっとした贅沢タイムであるのだ。
「甘くて美味しいですわ」
ホクホクとした薩摩芋に舌鼓を打つフラウニ。アイシスも夢中になって食べている。
「いい食べっぷりですねーアイちゃん。初めは、芋をただ焼いただけのモノが美味いわけないだろーとか言っていたくせにー」
「アイシスさんは未だそういうところがありますわよね??貴族感覚まだ抜け切りませんの??」
「くっ、酷い言われようですが事実なだけに言い訳のしようも無いです……」
そっぽを向いて悪態をつくアイシス。だがそれもまた再び焼き芋を口に入れれば、広がる濃厚な甘味に頬が緩んでくるというもの。
「しかし、本当にこちらの世界の芋は甘みが高くて美味いですね」
「ユメミールでも品種改良等は行われていますがー、方向性が違いますからねー」
アイシスの反応にエルマも焼き芋を見つめる。彼女達の故郷であるユメミールでも作物の品種改良などは行われている。しかしそれは“発育の激しい野生の食物を出来るだけ害がないように改良する方向に”であった。ユメミールの野生で育つ作物は発育が良すぎ、収穫量だけでいえば非常に高い。伐採や駆除を怠れば直ぐ家屋などを飲み込んでしまう程である。だがその内包する聖力や毒素も非常に高く、食せば中毒や致死量に至るレベルに達してしまうものが多いのだ。その為に品種改良を行い、それ等を抑え一般的にも食用出来るよう改良しているのが現状であった。結果、問題となる毒素は抑えられたのだが、味という点では酷く落ちる仕上がりとなってしまっていた。その生態や気候のおかげもありユメミールでは毎年豊作ような収穫量に恵まれるのだが、味と言う点においてはあまりよくはない作物に溢れているのだ。しかしながら栄養価は未だ高く、その収穫量から輸出食材として重宝されてもいるのである。周囲の燐界などには食糧不足の世界も多く、そうして輸出された作物達はユメミールの経済の一翼を担っているのだ。
「加工や調理すればそれなりの味ですしね。しかしこちらの焼き芋のように素材そのものの味を生かす事は難しいのは確かですね」
「ユメミールのものも悪くはないのですが、こと娯楽や嗜好品に至ってはこちらの世界の物にはかないませんわ」
「こちらの世界と言うよりもー、この国と言った方がいいようですけどねー。こちらの世界でも飢餓に苦しんでいる民衆は居るようですしー」
焼き芋にされ麦芽糖を多く含んだオヤツに熱い日本茶がよく合っている。日常に入れた一休み、それは十分に静養となるのだ。周囲に聖力や魔力の元となるようなものが満ちていない以上、アイシス達は呼吸するようにそれらを取り入れることは適わない。食事を取り自ら生成できる聖力量により補う他ないのである。つまり彼女達は本当の意味での回復が難しいと言えていた。少しでも聖力など含む食材なりを口にできればその効率も高まるのであるが、食する食材もほぼ無聖力なのだからどうにもならない。彼女等が出来るだけゴロゴロして静養をとるのも、省エネのための一環でもあったのだ。
「それでどうですか??その後夢生獣側の動きは??」
「なーんにも観測されておりませんねー」
「この間の台風の時期に乗じてやってきたカウカッタ以降、何の動きもありませんわね」
魔牛の猛進をも止めたアイシス達の手元には、実に七体もの夢生獣が封印されている。トンテッキにトットリッキー、カッサーナ、ゾウールにベクマーとワニゲータ、そしてカウカッタである。逃げた夢生獣体は全部で10体。残るは三体……ラムダッチャ、レオライガー、コンゴリの三体だけだ。
「残る奴等は長期にわたり潜伏することで十分に力を回復してきていると見るべきです。前回のカウカッタなどが良い例ですね。ゾウール達のように合体という荒技を使用せずともアレだけの超常の力を発揮して見せています」
「正直今の夢生獣の金導夢兵装とはまともにやり合いたくないですわ」
「……金剛魔導夢想兵装な」
フラウニがやりたくないというのも尤もな感想で、アイシスでも正面切っての対峙は控えたいと思っている程である。本領を発揮し始めた夢生獣とはそれ程までに強大であるのだ。本来たかが数名の夢聖士達だけで挑んで良いような相手ではない。そんな怪物達が力を取り戻しつつあるにもかかわらず、奴等が派手に活動出来ないでいるのはこちら側にそれを覆せる抑止力があるからに違いなかった。
「マー君には感謝しかありませんねー。マー君の存在がなければ夢生獣達をなんとかここまで追跡できていたとはいえ、わたし達は完全に詰んでてるところでしたー」
「女王陛下の酔眼にも、です。正宗だけではアルヴァジオンにはなれない、聖魔導大全の書の存在は大きい」
「それで??ユメミール側からはその後何もございませんの??」
敵の数が減った……ということは、敵の妨害工作の手も及ばなくなっている可能性もある。フラウニはそれを期待してエルマに問うたのだが当の彼女は首を横に振るだけであった。
「そちらも駄目ですねー。世界間航路の状態は合いも変わらず……ですー。ですが昨日わずかな期間ですが交信は取れましたー」
耳を疑うかのような回答にアイシスとフラウニが視線を向ける。
「聞いてませんけど!?」
「わたくしもですわ」
「交信だけで現場は何も変わりませんよー??その上でお母様とお話したかったのですかー??」
そういわれると二人は顔を見合わせて視線を落とした。
「お母様のお話ではー、ドーベル界域にて夢生獣ラムダッチャの現出を確認したとの事でしたー」
「……ラムダッチャ……ラムダッチャ!?ちょっと待って下さい!?ラムダッチャといえば封印されていた一体じゃないですかっ!?」
「ならばこの界域から抜け出していたとおっしゃいますの!?大事ではありませんかっ!!なのにどうしてわたくし達に報告なさらなかったのですかエルマさんっ!!」
詰め寄るような勢いのアイシスとフラウニにエルマが顔を背けて言う。
「そうは言いますけどーっ!!ドーベル界域どころか現状荒れ狂ってる世界間航路内へも行くことのできないわたし達には-、今ドーベル界域がどーのだとかこーのなんて話無意味な事じゃないですかー!!それに確かにラムダッチャは逃げた内の一体ではありますけどー、ラムダッチャ自体が最初からこちらの世界に来ていたとは限らないのですよーっ!!ラムダッチャが単体でー、別口で逃げていたという可能性もあるんですからねーっ!!」
エルマにそこまでいわれてはアイシスもフラウニも言い返すことが出来ない。
「現在ラムダッチャがどーしてドーベル界域に現出したのかは目下調査中ということですがー、それよりもユメミールもー、そして当然にしてドーベルもそちらの対応に追われてしまっているというのが本音のようでしたー」
「そう……ですね、ドーベルに現出した以上はあちらの世界の戦力で対応せねばなりませんからね」
「ええ、現状こちらへと救援が送れぬ以上、現出した夢生獣の方へ注力していらっしゃるのでしょう。第一それはわたくし達にとっても同じことですわ。未だ世界間航路を大荒れにして潜界渡航を妨害していると言うことは、こちらのどこかに妨害を実行している夢生獣が潜伏しているという証左でしょうし……」
「フラウニの言う通りですね。手出しも出来ないアチラの世界のことを気にしていたら、こちらが夢生獣に喰われかねません」
そうなっては本末転倒なのだ。正直なところ、取れる手立ての選択肢がないアイシス達は日常を送りながら相手の出方を待つしかない。今のところ後手をとるしか手段が無く、そしてその上で生活をしながらいつでも緊急時に出られるよう緊張していなければならない。背水の陣でありながらそれを年を通して行うという無茶をしているのだ。実のところ精神的には相当に疲弊しているといって過言ではない。何せ交代要員すら居ないのだ。緊張しすぎず緊張し、それを維持しつつ長期間相手が動くまでジッと待つと言うことは中々にして困難を極める話といえていた。更に援軍の期待も出来ず、日々強くなっていく夢生獣への対応への不安、いずれ戦いに敗れ敗北するのではないか……そうした疑念や不安がジワリジワリと心を蝕んでくるのだ。……しかし、だからと言って逃げるわけにも行かず、更に言えば逃げ場すら無く、航路が荒れている以上逃げる事さえかなわない。プレッシャーなど相当な物であることは彼女達自身が一番理解しているのだ。
「いけませんね、思考が袋小路に入りそうです。このままでは嫌なイメージしか湧いてきません」
「やはりー少しでも戦力アップしていかねばなりませんねー」
アイシスは鬱になりそうなほど表情を暗くしている。何分実力があって女王候補筆頭にまで上り詰めてきているアイシスであるが、元々は大貴族のご令嬢で常にヨイショされて来ており、作戦時に置いても周囲には頼れる仲間がいて頼ってくる部下達が居た。それ故に気を張り詰めてこられたのだ。界賊のおこなったユメミールへの横暴を覆す為、夢生獣達を野放しにしない為、敵の妨害策に気づきその上を行った。結果として長期にわたる孤立と体験したことの無い絶界域という極めて異質な異世界で生活を送ってきたのだ。限界以上の負荷にその尊厳をやられ、積み重ねてきた自信や気概が遂にはメッキのようにペラペラと剥がれ落ちて行ってしまったのだ。気高くワーカーホリック気味に頑張った結果、精神を病んでしまったというわけだ。
(あの勇ましかったアイシスさんが、なんとまぁ酷い有様だこと。……しかしながらそれも理解出来てしまう程にわたくしも同意見ですけども……)
年上である自分を一足で飛び越えていった優秀な後輩であるが、気持ちがわかるだけにフラウニ自身溜息しか出ない。気にしないようにしているが、不安と恐れが常に背後に迫ってくる。
「とはいえですねー、わたし達の戦力アップはなかなかにして難しいですからー、ここはやはり一番簡単な所から手をつけませんとー」
「簡単と仰いますけど、エルマさん何か良い案が御座いますの??」
いかなエルマが稀代の聖技士だとして、アイシスやフラウニの装備などを一夜にして超絶強化することなどは不可能だ。いや、それは時間をかければ可能と言うものでもない。実戦に投入されると言うことは、それだけの評価を得て投入されているからだ。それまでには様々なトライ&エラーを繰り返してきており、その中で及第点を得ているのであるのだから容易に直せる欠点などは予め洗い出されているのである。ともなれば、武器や装備でなくアイシス達聖士の技量であるのか??と問われれば、それこそ一朝一夕で習得できる物でもない。ではなにか??こちらの世界の物がアイシス達の世界の物を飛躍的に強化する効能でも発見したというのか??
(それこそ無理がありますわ。仮に電子回路などを接続したとして、一気に戦力増強できるとはおもえませんし)
もともとの技術体系が違うのだから、あの世界間通信機器のようにちぐはぐな物となるに違いなかった。
「確実なのがあるのですよー。それはわたし達のー最大戦力の特訓ですー」
エルマがサッと出入り口へ手を向ける。
「ただいまー。え??何食ってんの??焼き芋??」
そこには学生服を脱ぎつつ帰宅してきた正宗の姿があった。




