人類の敵はやっぱり人類!?3
「……行ったようじゃ。アレが夢生獣……いやはや、刺激せんで良かったわい」
少女は冷や汗をダラダラとかきながら、なんとか深い息を吐き出した。
「問題なく潜界航行中です。この船が“秘宝船”でなければ、我々もこの荒れた航路の藻屑となっていたやもしれませんね」
「まったくですぜ。しかし船体を護る障壁が悲鳴を上げた時以上に、アレが吠え猛った時の方が身が縮み上がりやしたぜっ」
キャプテン席に座る少女の眼下、彼女の配下達も安堵の表情を見せている。しかし、軽口を叩いているモノのやはり表情も硬く身体は強ばっているような状況であった。無理もない、危険はまだ背後に通り過ぎただけ。気まぐれでソレが振り返れば自分達の命も危うくなるのだから。
「今のは野良かの??いやいや、ワラワ達が解き放ったもの共の一つと考えたほうが自然じゃの」
一瞬考えるものの、少女は首を振って即座にその考えを否定した。封印指定されている夢生獣はユメミールが封じていたモノ達が全てではない。いつ、どこで自然発生してもおかしくない怪物なのだ。とはいえ、やたら滅多に発生するモノでもないわけで、まして野良のソレに遭遇するなど天文学的に希少な確率となる筈だからだ。そこで少女は熟考する。そうであるのなら、今の夢生獣はどこから来たのかと。少女は眼を黙しながら更なる情報を取り入れるべく声を発した。
「……それで、どうじゃ?」
「ハッ、サイワルサー様。航路内へ潜界してきたドーベル先鋒艦隊は先の夢生獣の攻撃に会いほぼ壊滅、しかし被害を免れた艦もあり……今は救護や無事であった資材等の回収を行っている様子です。しかしこの荒れ模様……どれ程救出できるのやら」
「こちらの船はまったく異常なーし。ですがやはり外は大荒れですぜ」
二人の意見を聞きサイワルサーは溜息を吐く。ユメミールの中心核へと忍び込んで以降ケチがついてしまった。夢生獣解放による混乱に乗じてユメミールの保有する財宝秘宝の類を頂戴する算段もご破算となり、何とか逃げ延びたもののユメミールを筆頭とする異世界間連合の警戒網に引っかかり発見されてしまったのだ。
「逃げ込んだ潜伏先にドーベルを選んだのも失敗だったのう」
サイワルサー達が搭乗している船は以前“異世界ドーベル”から盗んだドーベルの秘宝であった。小型でありながら世界間潜界航行を自在とし、低出力の高速かつ長期間の潜界を可能とする驚異的な船である。しかしオーパーツと言っても過言ではないその最大の特徴は周囲の環境に影響を受けないその潜界航行能力にあった。たとえ航路が荒れていようが荒らされていようが、秘宝艦にはまったく影響しないのである。その船の構造は現在のユメミールが誇る最新鋭聖法術式学を持ってしても再現不可能な神台の遺物なのだ。ドーベルから盗んだそれでドーベル界域に潜伏する。灯台下暗しの如くドーベルへと潜んでいたものの、今では発見されそのドーベル軍に終われる始末であったのだ。
「やつらはその種族故か、鼻が効きますからね」
「それでお嬢、どうしやす??」
問われるも未だ熟考を続けているサイワルサー。手の中の鉄扇を開いたり閉じたりしつつ思考を回す。
「スケール、先程の夢生獣は??」
「ハッ、……夢生獣は壊滅しかけている後方艦隊の脇を通り過ぎドーベル界域へと浮上、通常空間にてドーベル軍本体と遭遇、交戦中のようです」
サイワルサーに問われた優男は直ぐさま紋様盤を操作して必要な情報をまとめ上げた。
「ともすれば、連合の盟主であるユメミールにもその情報は行くであろうな」
夢生獣相手となればドーベル一軍で相手できるものではない。そうなればユメミールから聖士共が出張ってくる筈である。
(そうなっては逃げ場もないのう。ふむ……)
夢生獣との戦闘に巻き込まれるかもしれないし、ドーベルとユメミール両軍に追われたとなってはどうしようもない。ドーベル軍を振り切るためになんとか世界間航路へと潜界したところなのだ。世界間航路は別世界、通常の艦船では進入が不可能となる。潜水艦と海上艦の違いといえばわかるであろうか??海上艦が潜水できないように、通常の艦船では世界間の航路へともぐることは不可能なのだ。その為航路内に逃げ込んだのだが、ドーベル軍が躍起になって追いたててきており、想像以上の数の世界間潜界航行艦を投入してきたのである。いや、もしかしたら他の別の事態、或いは有事などを想定して密かに軍拡して居たのかもしれない。
(この秘宝船を解析研究し、航路内で戦う為の艦を増やしていたのやもな)
サイワルサーの考える通り、世界間戦争の開戦時に世界間の航路を抑えることが出来たのなら、戦況はかなり優位に展開できる。敵性世界間の連携を潰し、各個世界に封じ込める事も可能となる。秘宝がドーベルのものであっただけにあながち間違った想像ではないかもしれなかった。秘宝艦の秘密に迫ることは不可能だとしても、その研究結果から新たな発見を得ていたのかもしれない。先程の追撃していた艦隊は、あるいはドーベルの虎の子だった可能性があるのだ。
(それはそれとして、今は我が身の振り方、じゃな……)
ドーベルの動向はこの際横に置いておき、サイワルサーは改めて考えた末にその眼を開けた。
「スケール、カクシン。現場ワラワ達は切羽つまっとる」
「は。ですがサイワルサー様、ドーベルは今こちらを向いている余裕はないでしょう??」
「だな、なんせ夢生獣が自世界内に現出したんですからな、俺等ごとき界盗にかまってなんぞいられねーでしょうよ」
二人の返事に頷くサイワルサー。正直な所、サイワルサー達は各世界の秘宝財宝術式を盗み荒らし回る界盗であり、当然にして捨て置ける存在などではない。事実サイワルサー達の活動の結果が夢生獣の開放へと繋がり、多くの世界を巻き込んだ騒動を起こしている最中だから当然の話である。しかしながら、夢生獣が自分達の世界に現出したとなれば話は変わってくる。夢生獣は単体にしてその世界を浸食し塗り替えていく脅威の怪物である。故に無視することなど決して敵わず、その動向などに逐一気を張っていなければならない。夢生獣の侵攻により自身達の世界が乗っ取られてしまうからだ。だからこそサイワルサーと夢生獣、どちらを優先し、どちらを放逐するかと問われれば一択しかない。
「じゃからじゃ。戦乱の口火が開き生じたこの混乱に乗じてワラワ達は身を隠す……それしかあるまい」
サイワルサーが鉄扇を広げ隠れるように顔を覆う。「夢生獣ドーベルへ現出」という情報は、現状行われている戦闘からドーベル全域へ、そして隣接する各世界へと行き渡るはずである。ドーベルは夢生獣の動向調査や自界の防衛、排除行動と忙しくなるであろうし、戦闘支援名目から他世界から援軍が送り込まれてくる事も容易に想像できた。情報や軍の行き交いが激しくなり、その雑多の中でなら身を隠す事も可能と考えられた。
「同感です。ではどちらへまいります??トィーレ??それともフ・キュレ・ソー??」
「いや、隣界に行ったところで捜査の手はかわせぬじゃろうて、なにせユメミールも出張ってくるであろうからのう」
「なんであの大界が……あぁ、“夢生獣”のせいですかい」
「その通り“ワラワ達のせい”じゃカクシン。夢生獣が現出したとなれば、かの大界が出てこぬ筈がない。しかしアヤツ等が出てくると、正直逃げ切るのも難しい」
ユメミールにはサイワルサー達に失態を犯し夢生獣を解き放ってしまったという負い目がある。それ故に夢生獣の撃破封印の為の戦力提供を惜しまないであろうと想像できた。また、それはこの状況に乗じてドーベルへと軍を駐留させんとする他の世界達への監視役も兼ね揃えていると見た方がいい。そして出張り乗り込んでくる以上、すべての元凶、そしてユメミールの威光に泥を塗ったサイワルサー達の捕縛に全力で当たって来るであろう事は目に見えている。ドーベルの探知能力にユメミールの戦力が加わるとなれば、それは無視できる物ではない。
「では、どうなさるおつもりで??」
スケールの問いにサイワルサーは笑みを浮かべ、バシッと勢い良く鉄扇を閉じた。それは悪戯娘の天の邪鬼な笑み。それを見たスケールとカクシンは視線を合わせ眉を寄せる。彼等が感じた嫌な予感の通り、少女は鉄扇を掲げ高らかに宣言する。
「そこで、じゃっ!!ここはユメミールも手を出しにくき所に身を隠そうではないかっ!!」
「ユメミールも……って、まさかっ!!絶界域ですかっ!!」
世界間航路にも安全界域や危険界域などがある。その中でも絶界域と呼ばれるところが存在し、そこに近寄ると聖力や魔力、気力といった理力エネルギーが著しく枯渇し始めることから絶界と呼ばれるようになり、生存不可能な領域として恐れられているのである。
「サイワルサー様、それはあまりに危険では……」
スケールの不安視も尤もであった。絶界域では聖力回復が見込まれない。聖力や魔力などを生きる力の一つにしている者達にとって、そこは死地と同義なのだ。更に言えば、そういった理力を前提として彼等の技術は成り立っている。彼等は別途の内燃機関等とは違い、自身を主動力エネルギー源とする技術体系の上に成り立っているのでだ。魔石なりを持ちそれを外部増設タンク等としたとしても、主機関でありエネルギー源は基本術者本人なのである。その主機関のエネルギー源を封じられるのが絶界域なのだから、それはつまり彼等の文明そのものが使用利用できなくなっていくことを指す。オール電化の家で電気を止められたとして文明的な生活ができるのか??それと同じく、用いるものが総て役に立たず、且つ自身の生命活動も危ぶまれる事となる。通常そのような場所に行くことは考えられておらず、近寄らないことを是とするのが当然と言えるのだ。
「しかしなスケールよ、先程の夢生獣が渡ってきた航路、航跡を見てみよ」
「少々お待ちください……いや、これは……。……確かに夢生獣は、絶界域方面より渡ってきて……おりますね」
「てーことはお嬢、夢生獣達はそこに逃げ込んでいた……ってことですかい??」
神妙な顔つきで紋様盤を見つめるスケールとは対象に、カクシンはサイワルサーの言わんとしている事に気づき彼女へ視線を向けた。それ等の疑問に笑みを見せることで答えるサイワルサー。そしてキャプテン席から立ち上がり、鉄扇を前方へと向けて声を上げる。
「であるっ!!奴等はかの絶界域に逃走、潜伏し力を溜め、こうして反抗に転じておるのであろう!?ということは、じゃ。そこには確かに“隠遁できうるなんらかの世界がある”ということなのじゃっ!!」
大ざっぱな解釈であるがサイワルサーの物言いには筋が通っている。
「よってワラワ達もその地を目指し一端姿を隠す。なーに、軍が追ってが来たとして、彼等と手夢生獣の隠れていた……或いは現在も数匹は隠れていると予想される領界域に侵入する事になるワケじゃ。迂闊には寄れぬであろうし、夢生獣がまだいるのであれば戦闘は必至、ワラワ達はその隙に逃げればよいであろう??」
「ユメミール側は必死になって探しているでしょうから確かにこれから向かう先、つまり夢生獣の潜伏先を知っているなり予想しているなりしている可能性はありますね。いずれにせよ我々よりは対夢生獣で動く筈。……逃げきれますね」
「夢生獣達を番犬代わりにしようってんですかっ!!そいつぁーいい」
無謀に見えつつもしっかりと退路は確保している辺りに感心するスケールとカクシン。
「スケールは先程の夢生獣が来た航路の痕跡をしかと追えっ!!カクシンはそれにならって突き進めっ!!」
「おおっ!!……て、お嬢、しかし本当に大丈夫なんですかい??」
「隠れ先としては申し分なくとも絶界域の最大の問題は聖力生成が困難になる事です。流石に聖力枯渇で死ぬのは嫌ですよ??」
スケールとカクシンは手足を動かし操船しながらも不安を口にする。スケールが夢生獣の残した航路の痕跡を追い、カクシンがその信号に船を乗せていく。すると艦は大きくその進路を変え一気に支流へと突入した。忽ちに進路変更とは別の大きな揺れが三人を襲う。その界域の乱れの荒々しさを表しているようであった。しかしそれを感じたのも一瞬の事、猛烈に荒れゆく界流を、歯牙にもかけず悠々とその船は進んでいく。
「なーに、ワラワ達には各界からせしめて来た秘宝があるからのっ!!ワラワに秘策ありっ、じゃっ!!」
「ホントに大丈夫なんですか??」
「ワラワを信じよっ!!きっとどーにかなるわいっ!!……多分の」
「スケール、お嬢がこう言ってんだからきっとなんとかなるって!!」
「それでいつも割を食っているのは私のような気がするんだがな」
楽観的に高らかに笑うサイワルサーとカクシンに比べ、スケールは少々諦め気味に頷いた。
「よしっ!!では夢生獣の進んで来た航跡をこのまま突き進むのじゃっ!!」
乱流をかき分け船は進んでいく。その先にあるまだ見ぬ世界を求めて……。




