人類の敵はやっぱり人類!?1
凶悪な力の塊が走り回る。刹那のうちに通り過ぎ、気づけば再び眼前から走り来る。異常な速さ、しかし尚も速度を上げ槍の如く突き進み、正宗の行動範囲を潰し、牽制してくる。
「加速っ!!加速っ!!加速モウッ!!如何なる物も、このカウカッタの眼前を阻むことは赦さないモオオッ!!」
激走するは鋼鉄の巨牛。その剛脚は大地を蹴り飛ばし、海をも踏みしめて尚もその巨体を加速させていく。いきり立つ気概をそのままに、唸るように息を吸い嵐のように鼻を鳴らし、先へ先へと……地平の彼方まで駆け抜けようと突き進む。猛然と走るその雄牛の前に立ちふさがる物は無し。あらゆる物を粉砕し、暴風と破壊を纏って魔牛は進む。
「さぁぁああ、喰らうモォオオッ!!」
猛るカウカッタの狙いは金の龍。加速に加速を加えたゴッドカウカッタは今や秒間に地球を7周半はする速度へと到達していた。60メートルもある鋼の牛がそんな速度で地表を走ればその衝撃波たるや想像を絶する物となる筈だ。しかし地表にはそれほどまでの破壊は見られない。魔牛は建造物も、木々も、山も、壊し抉り走る……だが、ただそれだけですんでいる。己に触れる物だけを粉砕し、水上だろうが飛沫を上げて駆け抜けていくのだ。後方に広がる衝撃波などは無い。不可思議にもゴッドカウカッタの走った跡だけが踏みつぶされた破壊の筋となり、地表へと刻まれていく。その速度域で衝撃波すら起こさない、まるで不可能な話だが……夢の中の事象であれば話は別だ。
「……はぁ……はぁ……はぁ、クッソッ!!更に速くなりやがったっ!!」
アルヴァジオンの操作に慣れ始めた正宗に対し、夢生獣達もまた元来の力を取り戻しつつあった。あらゆる面で狡猾で強力な夢生獣に打ち勝てる程、正宗は純粋な戦士ではない。技術も心理戦も戦術も、圧倒的に格上の相手に勝つ為に導き出した答えが──力技だ。世の“物の怪”として恐れられる夢生獣達すら圧倒するその出力、それだけで全てを打破する他手段がなかった。相手の上手さも、相手の強かさも、持てる超出力を持って強引に力業でねじ伏せるのみっ!!それだけの出力をひねり出す必要があるだけに、正宗の消耗もまた、想像以上に著しかった。
「……はぁ……はぁ、やるぞっ!!アイシスッ!!聖力全部廻せっ!!」
「わ、わかってますっ!!反応速度に強度とパワーに……あーもおお、クソ!!エルマイールサポート頼みますっ!!」
<わかりましたー。といってもアルヴァジオンちゃん、外部からのアクセス嫌いますからー、介入できるのは多分一瞬だけですよー>
頭の中に響く魔法少女達のやり取りを聞きながら、正宗は急激に跳ね上がっていく肉体スペックに意識を向ける。何がなんだかわからない程速く、破壊を追い抜いて更に加速していくその敵の姿を、龍眼と化した正宗の眼が捉え始めていく。視覚、聴覚、様々な感覚が鋭敏になり、その感覚についていけるよう機体の運動能力系のパワーと柔軟性と機敏さが補強され、必然的にそれを受け止める骨格フレームに芯が通ったよな頑強さが備わっていく。そしてソレ等全ての情報を認識し処理するため思考回路すら爆速化させ、人体ではありえない領域へ強引に研ぎ上げていくのだ。正宗の肉体へ、そしてアルヴァジオンの機体全体へと術式が行き渡り、そこに超常的な聖力がブチ込まれていく。
<あああーっ!!やっぱり回線切られましたーっ!!ラブリーアイシス後はそちらでー>
「りょ、了解しました!!やってみます」
魔法少女達の声など最早気にならない。姦しいソレ等に意識を割ける余裕は、無い。魔牛の突進。その初撃には障壁ごと装甲をぶち抜かれ機体は半壊させられた。ニ撃目では受けきれず四肢が吹き飛び死ぬかと思った。三撃目の今回はそれまでよりも圧倒的に疾く、且つ破壊的である。正宗の体力的にもこれ以上の戦闘には耐えられそうもない。残りの力を振り絞ったこの一合、視界の中に一瞬映ったその瞬間、その挙動を見逃すわけにはいけないのだ。
「ハリケーンホーン、グレートミキサークラッシャーッ!!」
とどろき響く牛の怒声、その中に輝きが見えた。いや、その時には目の前にまで魔牛の剛角が襲い掛かって来ている。
「っ!!」
それを、金龍は両手で掴み受けるっ!!強引に押さえ込むっ!!力を入れ踏ん張った瞬間に地表を一周していた。建物や木々や土砂や水が金龍の背中を叩き、眼前の彼方へと吹き飛んでいく。いや、下がっているのは金龍の方であるのだが、必死で踏ん張る龍を余所に魔牛は構わず頑然と突き進む。
「がああああああああ……」
骨格が弾け飛びそうな衝撃を受けながら、両足がつま先から削り取られていくような感覚を受ける正宗。目の前に映るのは自身を突き殺そうとする雄牛の巨体と貫き殺さんとする凶器の剛角の姿。正宗の視界を埋める警告表示、頭に鳴り響く警報音、それ等がアルヴァジオンの機体の状態の危うさを知らせてくれている。背面からの鈍痛は背部の破損を告げており、脚部は削り磨り減って全身の間接が外れるかのような衝撃を受け続けている。
「踏ん張れ正宗っ!!絶対に受け止められますっ!!」
「停まり、やがれ、この牛野郎っ!!」
“停まれ”と強く意識し、持ち溢れる莫大量の聖力を流し込んで世界の夢へと訴えかける。間もなくして夢がそれを実現せんと強制力を集約させ、龍の力がついに魔牛の速度を殺し始めた。
「──っ、今だ!!アイシスッ!!」
「了解っ!!“エーメスルトの縫い針”射出っ!!」
声にしながら頭の中でアイシスに合図を送れば、その金龍の両肩に増設されたホルダーが展開した。ホルダーに設置されている物は細く長く輝く剣、いや、どちらかと言えばレイピア、もっといえば針のようである。短い物、中位の物、長い物が左右対になってホルダーに固定されており、そのホルダーの中から針が縦横無尽に発射されていく。踊るように飛翔した針は、踵を返すように龍と魔牛目掛けて襲い掛かる。装甲など意に介さず突き抜けたその針達はそのまま構わず大地へと姿を沈ませ、そしてまた大地の中から龍と魔牛目掛けて飛び上がって行った。龍も魔牛もその装甲には穴すら開いていない。だが、針が通り抜けたソコには光り輝く聖力の糸が両者を縫い合わせ、更には縫いつけようとしている。
「モオオオッこの程度おおおっ!!」
吼える魔牛は尚も鼻息を荒くして一層その剛脚を唸らせる。地と龍と牛を縫い止めた光の糸は張り詰め、その衝撃に耐えきれず地表がめくれ上がっていく。それも束の間、ブチブチと無数の聖力の糸を引きちぎり龍を貫き潰す為更に猛進する魔牛。
「こんのおおおっ!!」
正宗が吠えるが魔牛は止まらない、
「なにしてるポかアイシスッ!!そんな一気にピンピンに縫い付けたら縫いつけた所から引きちぎられるに決まっているポッ!!もっと最初はたわませて、少したった所で一斉に糸の張りが重なるよう縫い付けるポよっ!!刺繍裁縫など貴族令嬢の嗜みポッ??そんなだから脳筋ダメ令嬢って言われるポッ!!」
「ポッコル、貴様あとでぶっ殺してやる~!!」
針の制御を担っているのはアイシスであった。詰まる所彼女の裁縫の才が如実に表れていた。彼女の意志が行き届き、縫い付ける聖力の糸に変化が生じて一気に魔牛の速度が落ちていく。聖力の糸の強度を上げようと、三対が同時に縫い付けたり、捩り縫い付けることでついに暴走列車の如き魔牛の動きは縫いとめられていった。そして白銀の氷だけの世界の上で、ついにその突進を停止させることに成功する。角を突き出した状態で縫いとめられ、それでもその拘束を解こうとブルブルと震え上がる魔牛の身体。しかしピンと張られた聖力の糸達もブツブツと断裂の音を立てている。縫いとめられている時はそんなに長くは無いっ!!
「こっちの糸はっ!?」
「今抜糸しますっ!!」
魔牛を停める為、自身をも固定すべく大地へと縫いとめていた糸が消えていく。自身の課した拘束を自機の部分だけ解き、金龍が動きを取り戻し一気に攻勢に出る。全身の捻りも加え、加減の無しの強烈な拳を魔牛目掛け叩き込んだ。打撃の衝撃を受け、縫いとめていた聖力の糸を引きちぎり、縫いとめていた凍土をめくり上げさせながら……魔牛の首から上が捻れるように弾け跳ぶ。
「ギュ……モゥ……自由を奪った状態で殴るとは──」
だが踏ん張り耐える魔牛。そのまま頭部を修繕し、怒りのままに龍を睨みつける。
「──戦士の風上にも置けない奴だモウッ!!」
「ったりまえだっ!!元々俺は戦士じゃねぇっ!!そこらに転がってる一般人だっ!!」
そのまま反撃に来た魔牛の拳を受け止め、とっ組み合う金龍と魔牛。手四つから額がぶつけ合い、相手を崩そうと組み伏せあう。
「MooOOO!!ミルカービィィィィィィムッ!!」
叫びと共に魔牛の下腹部が展開し現れるのは四本の突起。組み合う正宗がハッと気づき、視線を下げソレを確認した時には各個が独立して蠢き白濁色の熱線を解き放っていた。暴れまわるように動く砲台からの無差別的な薙ぎ払い。腹部から胸部へとそれを強かに浴び、堪らず後退するアルヴァジオン。
「ミルカーミサイルだモウッ!!」
新たな技名と共に、今まで熱線を照射していた突起が一斉に前方へと向くと後退する金龍目掛け一気に射出される。追撃を受け、凍土の雪と氷を激しく巻き上げ爆裂と轟音と共に龍を包み上げた。その隙に、下がり距離を取りつつ腰を落とし力を溜めるゴッドカウカッタ。
「輪廻反芻胃術式展開っ!!決着をつけるんだモォオオオッ!!」
勢いに乗る魔牛の各部が展開し、魔力をまるで息のように吐き出していく。ねっとりとまとわりつくような濃密な魔力、それを再度その吸排気口が吸い上げ、そしてより一層強大な魔力として練り上げ排気してみせる。鼓動のように、呼吸のように、その吸排気を繰り返し、年輪の如くその魔力量を一つ一つ上の力へと高め上げているのである。痺れるほどに強大化させたそれを一気に吸い込むと、展開していた排気口を全て閉じ、カウカッタはクラウチングスタートのように四足を着かせて見せた。
「ハリケーンホーン──」
前腕と後ろ足で大地を削るかのように蹄を踏み鳴らし、張り詰めんばかりに力を溜め突撃するつもりなのだ。そのまま爆煙の中から現れた金龍目掛け、
「──グレートミキサークラッシャーッ!!」
剛角を前に爆裂猛進する。対するは、
「アルヴァジオン──」
蒸気と靄と煙の中から現れたのは強者の化身、龍の姿。両肩のホルダーを解除して、龍頭の鉄塊を両手に振りかぶっている。
「──イグニッションッ!!」
光速の魔牛の衝突を、龍の一撃で迎えうけるっ!!怒濤の狂牛と龍の極光の激突。その衝撃は極寒の大地を割り地殻を隆起させ、永久凍土をも瞬時に蒸発させ破砕を圧し広げていった。双方のエネルギーとイメージは鬩ぎ合い、極点を狂わせるかの如き激震を生み出していく。ボールシフトでも起きようものなら全世界は壊滅するだろう、だが、ぶつかり合っている両者にそれは関係ないっ!!
「モゥオオオウォアアッ!!肉々四天王の頂点としてっ!!そして夢生獣としてっ!!その力を見せつけてやるんだモオオオーッ!!」
眩い破壊の力に角や身体の細部が粒子と化して消し飛んでいく中、猛るカウカッタの力が進化する。ゴッドカウカッタ、……その名が示す通り元来牛を神聖視する者達は多い。彼等が言う神の使い、聖獣であるかのように、百光に包まれたゴッドカウカッタがその神聖な圧力を持ってアルヴァジオンの力を圧倒し始めた。
「あばばばっ!!押されてるっ!!押されているポよっ!!なんとかするポーッ!!でなければさっさとポッコルをこの拘束から解放するポよおおお!!」
「出力では勝っているんですっ!!なのに押し負けるのはあの牛野郎を消し飛ばそうとするイメージ、夢の改変力で負けているからですっ!!根性見せなさい正宗っ!!思い浮かべなさいっ!!勝ったらサーロインステーキですっ!!」
「に、肉うううううっ!!」
死の恐怖が迫る、体力もつきかけ体も重く、意識混濁が始まるような限界の中……力を振り絞る為に必要なものは単純で簡素な想いの力。楽になりたい、生きたい、食したい、美味い肉を頬張りたいっ!!肉、肉、肉っ!!終らせて肉を食うんだっ!!その為に──、
「邪魔すんなああっ!!さっさと、消えろおやああああああぁぁぁっ!!」
そのドラゴンヘッドを振りぬいて、爆裂の閃光で目の前の牛を消し飛ばす正宗。意思と妄想と力が交じり合い、それを現実化すべく世界の全てが塗り換わるっ!!
「……あれ??今の進化はいったいなんだったモーか??まったくこれだからリアルってのは……」
カウカッタの呟きは拡散するエネルギーの波の中に消えた。両者の入り混じった暴力的な力の均衡の箍が外れ、解放された衝動が世界を喰らい犯す。凍土の大地には致命的な断裂が奔り崩壊を始め、それに乗じて莫大量の氷が一瞬で溶け出し海水の塩分濃度を激変させていった。衝突のエネルギーにより地軸にも影響が発生し、ついに世界規模での激変が始まっていく。そんな中、
「つかれた……もう寝たい……」
金龍もまた多大な被害を出しながら、崩れゆく極寒の大地の中に倒れかけていた。支えにしていた龍頭もかき消え、蹲るように膝を付く。正宗の体力切れで出力が一気に低下、機体の構成を維持できなくなり始めている。
「待て待て待ちない正宗っ!!こんなところで変身解除されたら私も貴方も漏れなく凍死ですっ!!何とか意識を繋ぎとめるんですっ!!家まで飛ぶまで待ってっ!!聞こえてますかフラウニーナっ!!」
<聞こえてましてよっ!!世界覚醒術式展開致しますわっ!!>
どこからともなく空に広がった波動が世界の隅々へと行き渡り、塗り替えられ改変破壊されたあらゆる物を元の形へと帰して行く。それは夢の中の出来事だったと、夢を見始める前に、夢を見始めた瞬間に、その時を思い出すかのように世界が姿を戻していく。そんなモザイクに溢れる世界の中、跪く龍に吸い込まれていくのは白と黒の光の粒子。それは龍の中、黙して座るアイシスの手に握られた珠の中へと吸い込まれ、輝き蠢きを止めた。白地に黒のまだら模様の珠を掲げるアイシス。
「夢生獣カウカッタっ!!撃破封印完了っ!!」
「ああ、おわ……たのか」
「あーっ!!アイシスの阿呆ポッ!!完了とか言うから正宗の緊張が……」
「待てー待て待てってっちょっと待って!!今、聖魔導大全から転移術式を吸い出して……あっ」
瞬く間にひび割れたガラス音を残して金龍の外殻が砕かれる。同時に全裸で放り出されたアイシスが咄嗟に取り出したパラディンソードを振り上げて、極点から二人とぬいぐるみ一つの姿が消えた。
「さ、寒……い……」
「あーっ!!正宗っ!!死ぬなっ!!目を覚ますポーッ!!……はい死んだーっ!!心臓麻痺ポよっ!!数秒とはいえいきなり全裸で極点の外に放り出されたポっ!!体力限界ならこうなるのは当たり前ポッ!!」
「とととと兎に角心臓マッサージだポッコル。エ……エルマ……は、は、早くエルマ……に診せない……と」
見慣れた日本の空の下、ガタガタと全身を振るわせながら全裸でパラディンソードを持つ少女。その横には唇を真っ青にした生気のない少年が横たわり、その心臓の上でぬいぐるみが心臓マッサージするというカオス的展開が鉄家庭先で行われる事になった。その上空を奔るモザイク、それはやがてその活動を緩やかにし、世界の目覚めにより再び時は動き出すのである。




