始まりの物語7
「フー、焼き豚になるかと思ったブヒ」
額を拭うトンテッキ。いや、いまだ煙上げるその身体、香ばしい臭いといい、
「どう見ても既に焼き豚になってんぞ??」
「ブヒっ!?」
正宗の指摘に身体を見回すトンテッキ。焦ったようにのたうち全身の焦げを落としていく。トドメとばかりにマッスルポーズを取れば、ボロボロと残った焦げの部分が全て剥がれ落ち、中から綺麗なピンクのコミカル豚が復活してきた。
「存外にしぶといですね夢生獣」
「ブッヒッヒッ!!しかし残念だったブヒね、今回は──」
吠えるラブリーアイシスに豚足を「チッチッチッ、残念」とばかりに左右に振るトンテッキ。だが喋っている最中にトンテッキへと襲い掛かるラブリーアイシスの剣っ!!見事なバックスウェーでそれをかわしたトンテッキであるが、旋風のように身体を捻ったラブリーアイシスの強烈な蹴りの追撃をその腹に撃ち込まれ、バムバムと弾むようにその巨体は吹っ飛ばされた。ゴム鞠のように跳ね転がったトンテッキであるがダメージは薄いようで即座に顔を上げる。
「この脳筋っ!!相手が喋っている時位ちゃんと聞くブヒ!!」
「の、脳筋だとぉお!?」
怒りに犬歯を露わに鬼気迫る顔を向けるラブリーアイシス。
「ひっどいポ。あんだけラブリー言っといてラブリーからかけ離れている顔をしてるポよ」
「言うな、服装とのギャップに吹きそうになる」
ポッコルと正宗の酷い感想をよそに睨みあうラブリーアイシスとトンテッキ。されば、トンテッキが異様な笑いと共に両豚足を合掌させた。
「今日のところはコレでおいとまブヒ。次こそ……トンテッキの時代の幕開けブヒ」
「っ!!」
踏み込もうとしたラブリーアイシスだが即座に踏みとどまり防御障壁を展開させる。しかし、その障壁ごとラブリーアイシスを吹き飛ばす巨大な塊。それはトンテッキの横の歪みから現れ出でた巨大な豚足である。だがソレは今まで以上の異様を誇っている。どう見ても……、
「機械の……豚足」
正宗が呆然と見上げるのは鋼の豚足であった。今度はもう片方の重厚なソレが横殴りにラブリーアイシスを叩き吹き飛ばし、そしてその巨大な豚足は再び虚空の中に消えていく。地面にめり込みながら顔を上げるラブリーアイシスの姿に笑みを浮かべるトンテッキ。
「──では夢聖士、いずれまた──ブヒっ!!」
そういい残し、ブッヒッヒと笑い声を響かせトンテッキが消えていった。
「ああ、しまったっ!!また逃げられましたあっ!!」
身を起こしながらラブリーアイシスが絞り出すように弱音を漏らす。だがそれよりも問題なのは世界の方であった。空が、大地が、ビリビリと胎動し始めている。正宗が空を仰げば、うっすら見える天の時計の秒針が進み始める前兆のように激しく揺れ始めていた。
「おいおい……この揺れなんなんだよっ!!」
「因夢空間が解けようとしているポ。このまま世界が目覚めたらこの現状を世界が確認し、事実認定されちゃうポよっ!!」
ポッコルに言われ周囲を見れば、校庭は粉砕され校舎も一部倒壊している。破壊の波は学校に隣接している畑や民家も粉砕しており──、
「先生や俺のクラスメイトはどうなるんだ!!」
「このままだと消失ポ。ラブリーアイシスっ!!」
ポッコルが叫べば、既にラブリーアイシスは剣を手に力を集中させていた。
「目覚めの時よっ!!因夢は散り、正しき夢へと戻りなさい……そして時は動き出すっ!!」
掲げた剣から光が昇れば、忽ちにしてその波動が空へと広がっていく。すると、再びノイズのように、モザイクがいたる所に現れる。モザイクが消えたり現れたりすれば、校庭は戻り、校舎が建ち、そして校庭に走るクラスメイト達が姿を現し始めていた。
「……それじゃああと30秒で世界は戻りますっ!!その、く、鉄君には後で話がありますからっ!!」
顔を羞恥に染めながらラブリーアイシスは浮かび上がっていく。いや、その手にはいつの間にか泡を吹くポッコルが握りこまれていた。
「潰れる……潰れるポ……」
握りつぶされる人形がジタバタともがき苦しんでいる。それを見つつ正宗も笑顔で返す。
「丁度よかった、俺も話しあるから。……遅れてきた理由の件でなっ!!」
笑う正宗に「ヒェッ」と脅えるラブリーアイシス。
「イーブンっ!!ここはイーブンということでっ!!」
そうして逃げるようにラブリーアイシスは飛んで行った。
(と、俺もこうしちゃいられない)
急ぎ走る格好をする。が、突如空間は現実に戻り、正宗だけ取り残されたかのようにクラスメイトが横を走り抜けて行く。急ぎ加速すれば、なんとか流れに乗る事は出来た。
(誰も何も感じていないようだな??)
周囲のクラスメイトは皆苦悶の表情をしながら走っている。誰もがトンテッキの腹の中に入った事を覚えていないようであった。周りを見回しても何気ない、いつもの校舎があるだけである。
(さっきはあれだけぶっ壊されていたのに……)
本当に、つい今しがたまで粉砕されていた校庭。それが今はどこにも異常はない。
(皆何事もなかったようで……空にも時計の姿は見当たらない)
空を見上げてみても、あのうっすらと天を覆っていた時計のようなものはなくなっている。つまり、先程までの戦闘の痕跡は幻のように一片も残っていないのだ。それがアイシス達の言う因夢空間というものであるのだと身をもって認識し初めていた。
(あれが世界が見ている夢の世界、世界のシステムを使い、自在に改変できる世界……か)
先程の、生々しく壊された世界はそのまま脳裏に思い出せる。一歩間違えがそれが即現実となるのだ。その事実に恐怖するなという方が難しいであろう。あの光景が、あの世界の事が現実となる……そう言っているのはアイシスやエルマだけなのであるが、率先してそれを確認しようとは思わない。そんな事をしなくとも、これだけの体験をすれば自ずとわかってくる。彼女達が嘘を言っているわけではないのだ、と。
(さて……そうなるとあの二人と一匹、……特にアイシスさんには頑張ってもらわないといけないんだけど……)
走りながらそう考えるも不安しか残らない。なんといっても彼女等はどことなく頼りないからであった。