夢生獣大戦争22
「マー君っ!!マー君っ!!」
荒い息を吐きながらペダルを漕ぎ国道を進んでいると、上空からそんな声と共に魔法少女が急降下して来た。正宗はブレーキをかけて止まりながら息を整えつつ、彼女を見上げ問いかける。
「ハァハァ、どうしたんだ??戦況は??」
「圧されていますー、正直いいとは言えませんーっ!!ですのでー、マー君は急いでわたしと安全地帯へ向かいますよー!!」
頭上で停止したエルマイールが袖から符を取り出し聖力を込めて投げる。それは回り込むようにして正宗の背中に張り付き、正宗の身体は途端にして空中へと浮き始めた。眼下で倒れる自転車をそのままに上空のエルマイールへと引き寄せられると、正宗を抱え彼女は一気に加速を開始する。エルマイールは正宗が持っていた符を目印に彼の位置を把握し、急ぎ保護回収しに来たわけである。正宗はジタバタ抵抗するそぶりすら見せず、ジッとその流れに身を任せる事にしていた。上空から見下ろす街は今は見る影もなく、見た事もない草原や平原へと変貌していたり、別の場所のビル街は崩壊や断裂のような破壊の跡があるなど現実では考えられない程に様変わりしている。しかしその中で、蠢いている巨大な物同士が見えた。遠目に見るそれ等は次第により小さくなっていく。気づけばエルマイールと正宗は既にかなりの高度をかなりの速度で飛んでいた。
「それで!!どんな感じなんだ!!」
次第に大きくなる風切り音に負けないよう、正宗は声を張り上げ問いかける。
「マー君がポッコルをよこしてくれたおかげで先手を打てましたのでー、夢生獣達の虚を突く形で一対一の状況を作り出しましたー。わたしとフラウニーナは自身の相手を押さえ込みー、その間に戦力に富むラブリーアイシスが全力で相手を封殺ー。その後はフラウニーナに合流し数的有利を生かして二人で二匹目を撃破ー。最後はわたしが初手で動きを封じた最後の一体を全員で倒して完全勝利ー……の筈だったんですがー」
「破られたのかっ!!」
「……はいー。フラウニーナの相手、夢生獣ゾウールに感づかれたようですー。ゾウールは謎のパワーアップで状況をひっくり返しましてー、その闘いの余波に巻き込まれてわたしも封印を維持できなくなりましたー。こうなると戦闘力に乏しいわたしは下がるしかなくー、ラブリーアイシスとフラウニーナに期待するしかないのですがー……」
「あまりよくない状況なんだな!!」
正宗の問いかけにエルマイールは頷いた。
「途中から夢生獣ゾウールの金導夢兵装が異常な出力を放つようになりましたー。間違いなく戦闘領域は拡大しますー。ですのでー、下がったわたしがまずマーくんが被害に遭わないよう安全確保に来たわけですー」
正宗達は速度を増しながら山へ向かい飛んでいる。
「今もゾウールの魔力はバチバチに増大してますー。ラブリーアイシスのウルフェンもなんとか抵抗していますがー、相乗効果で周辺のエネルギー値が異常に高まっているのですよー。何時破裂してもおかしくない火薬庫で闘っているような状況ですー。仮に火が付いて破裂したのならー、生身のマー君なんて消し炭も残りませんよー!!」
エルマイールは正宗をぶら下げながら一心に飛行を続けていた。正宗には風圧すら届いていないが、流れていく雲や下界の景色からして相当の勢いで飛んでいると理解できる。そのエルマイールが突如顔を後方に向けると、蒼白になりながら前を向くと一気に急降下の体勢に入った。流石に無茶な機動なのか正宗にも負荷が掛かり始める。
「なななななんだっ!!どうしたんだっ!!」
「やばいですやばいですやばいですーっ!!コレー、爆発しますよーっ!!」
必死の形相の彼女が片手を前に振れば、十数枚に及ぶ符が前面に飛び出し次々に紋様術式を描き出した。それは頑強に重ね張りした防御障壁であるのだが、恐怖を覚える角度と速度で降下している正宗には知るよしもない。
「っていうか、墜落するぞおいっ!!」
「そんな事言ってる場合じゃないんですよーっ!!衝撃に備えて下さいーっ!!」
急降下の勢いそのままに、山の斜面に沿って落下するエルマイールと正宗。木々を薙ぎ払い、それでも勢いを殺せず七転八倒しながら藪を貫いていく。先程展開した幾枚にも重ねられた防御障壁に守られ無傷ではあるが、三半規管は振り回され全身をシェイクされるかのような衝撃は受ける正宗。なんとか停止したものの、気がつけば正宗は木の枝に引っかかっている状況であった。身体の無事を確認する間もなく、正宗の襟首が引っ張られる。
「一応眼と耳を手で塞いで口を開けて伏せて下さいーっ!!」
枝に引っかかって停まった正宗を乱暴に引きずり下ろすと、覆い被さるようにしながらエルマイールが叫び障壁を展開させる。言われるがままにした瞬間、脳を揺さぶるような衝撃が後方から走り抜けた。見る見るうちにエルマイールが展開した障壁の向こう側が土砂一色に塗りつぶされ、それが雪崩のようにしてエルマイールと正宗を障壁ごと押し流していく。さっきまで視界を覆っていた周囲の森林は根こそぎ引き抜かれ消し飛び、頭上を何トンもあるような岩塊や土石が飛び交い雹のように降り注いでいく。それも一時の出来事で、一息後には猛烈な勢いで降りそそぐ土砂と粉砕された樹木の破片で周囲一帯は埋め尽くされてしまう程であった。その景色も、次第に巻き上げられた土煙に飲まれ黒い闇の中に消えていく。
「よっ、とー」
暫くしてエルマイールが両手を掲げて立ち上がれば、二人を覆い尽くしていた破片が吹き飛んで少しスペースを創ることが出来た。猛烈な土煙で視界は最悪、上空に舞い上がったそれ等砂や塵で日差しも届かない。エルマイールの展開している障壁のおかげか呼吸は問題ないが、なかったのなら砂や埃で呼吸もままならないであろう。状況は全くよくないらしい。一息入れていたエルマイールが顔を空に向ければ、何かが影を割いてた落下してくる。再度の激震と音で正宗は思わず蹲ってしまう形となった。
「そちらは、大丈夫ですのっ!!」
「こちらはー。でもー……」
エルマイールの言葉におそるおそる正宗が顔を上げる。二人を覆い隠すように巨大な巨人がしゃがみ込んでいる。だがその騎士風の金導夢兵に担がれたウルフェンは、ほぼ全損といって過言でない程に砕け破損していた。
「兎も角、エルマイールさん」
「わかっていますー。感知妨害、遮音遮蔽障壁、術式作成しますねー。送りますー」
「いただきましたわ、術式励起っ!!」
エルマイールが自身の前に描いた紋様に手をかざせば、それが消え荘厳な騎士風の金導夢兵装が結界を展開させた。そうすると未だ降り注いでいる石や砂などの雑音の類が完全にシャットアウトされ、やっとまともに話せる環境が整った。爆発による余韻の混乱に乗じて、フラウニーナ達も正宗が所持している符をたよりに一度距離を取ってきたという話である。更に特殊な障壁を張って夢生獣側から探知されないよう身を隠したのだ。
「相手は夢生獣ですしー、多分この隠蔽もそう長くは持ちませんよー。それでー、状況はー??」
「異常な力を発揮したゾウールを抑えた代償に、ラブリーアイシスさんがこの様ですの。咄嗟に抱えて離脱しましたけれど、もう手が出ないと思って頂いてかまいませんわ」
「稜線の向こう側はどうなっていますかー??」
「壊滅、ですわ。エルマイールさんが衝撃から逃れる為に稜線を盾にして隠れたのは正解でしたわね。法衣レベルの防御障壁程度ではあの爆圧の直撃には耐えられなかったでしょうし、正宗さんも無事とはいかなかったでしょうから」
フラウニーナの発したその言葉に正宗は背筋が凍る思いであった。一歩間違えば本当に消し炭すら残らなかったのだ。
「しかし、話を聞くに……もう勝ち目無くないか??駄目筋だろ」
「はいー、詰みましたー、終わりましたー。どだい無理な話だったんですよー。一回のミスもなく奇跡の10連勝で全夢生獣を再封印しろだなんてーっ!!」
「ちょ、ちょっとっ!!エルマイールさん!?落ち着きなさいなっ!!」
早々に諦めた正宗、続くように愚痴りだしたエルマイールにフラウニーナは戸惑うしかない。あまりにも諦めが早すぎるのだ。だが、フラウニーナとは違い二人からすれば毎日背後から囁いてきた敗北の気配なのだ、無理もない。
「常に背水の陣でしかも常に綱渡りの連続状態ですよーっ!!無理ですってーっ!!ユメミールからの援軍も支援も一向に来ないしーっ!!」
「夢生獣共の都合もあってか何とか今まではなあなあで来れたけど、基本こっちは政府とかに救援求めたり大々的な捜索作戦とか取れなねーし、その上で相手方の出方次第とかどんな縛りプレイだよって話だよな」
「ですよー!!こっちは生活環境整えるだけでも精一杯だったのにーっ!!夢生獣共はこっちを覗けるしすきかってするしでもおおおー!!」
「ちょちょちょーと、一体どーしたらいいんですの!?」
諦めの境地で愚痴を吐きまくる二人にアタフタするフラウニーナ。
「……うう、もぅ、帰りたいです。……でも仕事しないと……みんな、とりあえず落ち着くんです」
ボロボロの、ウルフェンから声が出た。流石に少し落ち着きを取り戻し。心配そうに機体を見上げるエルマイール。
「大丈夫なんですかー、ラブリーアイシスー??」
「大丈夫なワケないですよ、……今にも気絶しそうです。しかし、そうも言ってられないですね」
ウルフェンの装甲は禿げ、内部フレームや破損した内部が諸出しの状況。片腕はひん曲がり、片足は消失状態で今も尚謎の液体が漏れている。通常の機械兵器であれば廃棄している所であろう。しかし、
「金導夢兵装なら修復できるんだろ??何でしないんだよ!?」
「すみません正宗、今私にそれだけの余力がないんですよ。修繕修復なんてしたら……兵装展開を維持できなくなってしまう。再展開するだけの聖力は残念ですが残っていないのです」
「──ということはー、何か他に策があると言う事ですかーラブリーアイシス??」
「一応ですけど。まずフラウニーナは直ぐに兵装展開を解除、奥の手を使って正宗と共にアルヴァジオンの励起に入ってください」
その一言だけでエルマイールは大筋を理解した。
「無謀ですー。フラウニーナとマー君のコンビで励起できるとは判明してませんー!!でしたらラブリーアイシスが兵装展開解除し励起を行うべきですー」
「ですからそれは不可能なんです、今の私では聖力が足りなさすぎる。多分ですが、最初の起爆が行えない」
「だからフラウニーナに託してー、アルヴァジオンの欠点である現界までのタイムラグをその身体で護る──ということですかー」
ラブリーアイシスの返答はないがそういう事であろう。通常の金導夢兵装とは違い、アルヴァジオンには卵から孵化するというプロセスをとるタイムラグが発生する。その間は完全に無防備となってしまうのだ。ラブリーアイシスは無理を推してその間を護ろうとしているようである。
「わたくしは正直な所、一時撤退を進言致しますわ」
割って入るフラウニーナの声に正宗はナイトオブユメミールを見上げる。ウルフェン程ではないがナイトオブユメミールの装甲や機体そのものも、かなり消耗しているようであった。やはり先程の理力爆発は金導夢兵装であっても相当に厳しい物であったに違いない。寧ろ全損し展開解除に陥っていないフラウニーナを褒めるべき所であるのだろう。しかし、そんな彼女も現状を見て辛辣な決断を述べるに至ったというわけだ。既に痛み分けにすら持って行く事が困難なようである。
「正宗さん達には申し訳ありませんがここは撤退し、この世界が夢生獣という脅威からの侵略を受けているという事実をこの世界の者達に知らしめるべきです。そして政府なり多国籍連合なりの組織と協力し夢生獣に相対すべきと進言致しますわ。残念ですが、新しい価値観の受け入れを決断する時なのだと思いますわ」
フラウニーナの進言は──重い。確かに夢生獣を迎え撃つのだ。因夢空間でなく通常空間で政府等の協力を得られるのであれば、幾分かは闘いが楽になるであろう。しかしそれで夢生獣を追い返せるのか??はたまた追い返せたとして、世界はどうなっていくのか。聖力や魔力、そして夢生獣や夢改変事象という摩訶不思議を目の当たりにした世界が、刺激を受け変貌していかないか??それはやってみなくてはわからないが、そうなったのなら間違えなく激動の時代の到来となろう。新たな優劣に価値観の変貌、それによる人類間の争いや差別の発生、或いは地種族の台頭や覇者の塗り替えによる闘争。それらは起きないかも知れないが、起きるかも知れない。そんな賭を冒しても良いというのか??そんな人類存亡などの重要な決定をする権限や決意などは正宗は持ち合わせていない。いや、誰しもがそんなもの持っていないだろう。しかし、その選択をせねばならぬ程、今この世界は追い詰められているのであった。




