夢生獣大戦争16
それは温かく穏やかな世界。まるで羊水に包まれた赤ん坊のようである。その安らぎを含んだ熱が、ゆっくりと、じっくりと身体の芯へと浸透していくようだ。熱に溶かされた身体はそのエネルギーを蓄えてより強い何かに生まれ変わっていく。それは破壊と創造、より未来に進む為の進化と言って過言ではない。昆虫の蛹のように、体内から生まれ変わるように創り変わっていく。──より強く、──より強く、──より強く!!
(……熱い……)
その熱は始まりの熱、まるで恒星爆発のようで──、
(……熱い……!!)
その熱は闘志の熱、宿敵を打ち砕く為の怒りのようで──、
(……熱いゾウ……!!)
その熱は歓喜の熱、新しく生まれ変わる為の祝福の音色である。
(──……さぁ……さあさあ!!決着の時ゾウッ!!オラ達かお前等かっ!!生存を賭けた一戦を、今こそっ!!)
三匹の獣が産声を上げる。
(この力、この感触、まるで自分で自分じゃ無いようだゾウッ!!)
外見はそのままに、されど中身は別物だっ!!願望を糧に、可能性を喰い、因果を贄として己を書き換える。
(オラ達は、夢生獣っ!!)
獣の咆吼、開かれる瞼。そこに映る物は煌びやかで、色とりどりで、輝きに満ちた“現実という世界”。夢に生きる物だからこそ、渇望し欲する羨望の理想郷。
(ソコを、我が手にっ!!)
獣の腕が空へと伸びる。その腕は触れれない物に触れるように、愛おしく、そして掴み損ねぬように握りしめられるのであった。
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「この国は地獄ですの……」
一層熱気を上げる真夏の太陽。連日更新される最高気温のニュースを見ながらフラウニが洩らすように呟いた。
「正直、外へなんか出たくない」
冷風に包まれる居間で寝っ転がりながら正宗が言う。夏休み真っ盛りとなりいよいよ季節は本格的な夏へと突入した。室内まで聞こえてくる蝉の鳴き声がそれを否応なく感じさせてくる。鉄家は山腹にあるため周囲は木々に覆われている。その為切っては切れない間柄のモノとして虫がいる。そして蝉は夏の風物詩。
「蝉時雨……ですの??知識として理解していますが、段々とイライラしてきますのね」
「短気を起こすなよ??脳筋聖士共」
聞けば、春の季節が年中続くようなユメミールには蝉という存在がいないという。いや、いるのかも知れないがこんな大量には生息しておらず、そして五月蠅くもないようである。
(別段ユメミールだけの話ってワケじゃないか……)
この地球においても、日本では当たり前の夏の蝉の鳴き声を外国から来た人は謎のノイズ音としてビックリする、という話を世界史の先生から聞いた。彼等は日本のアニメを見て夏の場面で流れる蝉の鳴き声に首を傾げ、日本の地に来て本当に蝉の鳴き声がするんだと驚きの声を上げるという。
(いやいや、それだけが意外というわけじゃない……か)
日本だけが特別というわけではない。生態はというものはその地域によって変わるし、環境や国によって変わる。ただそれだけの事なのだ。日本では当たり前の蝉の鳴き声が海外ではあまり見られないとして、普段使いする道路に自動車並の大きさであるヘラジカが現れるか??と問われれば否という他ない。はたして、4・5メートルはあろう鰐が闊歩するゴルフ場が日本にあるだろうか??水場を求めた数百頭のバッファローが大移動するであろうか??それらはその地域ではあり得る当たり前のことであり、そういう環境なのだ。そう、ただそれだけの話である。
「まぁ、朝早くから魔力回収に出向いているアイシス達にとっては地獄以外の何でもないだろうポけどね」
「いえてますわ」
「ご愁傷様だな」
この灼熱の炎天下の中、アイシスとエルマは夢生獣による魔力残滓の回収に出向いている。本日は猛暑、これから気温もどんどん上がっていくとニュースで言っていた。だが、今日の予定を考えるに正宗としてはあまりいい情報ではない。
「今頃肌を焼き、水分を搾り取ろうとするあの太陽を如何に破壊しようか考えているに違いないポ」
「随分と壮大で物騒な事を考えているんだなアイシスの野郎は」
「対象をアイシスさんに指定してしまう所になにやら悪意を感じますが、あながち間違っていなさそうなのでコメントは控えますわ」
そう言いながらフラウニも麦茶を飲みながらTVを眺め一息ついている。家事をこなせる彼女は朝食後の片付け等を行っていたのだ。
「それはそうと、正宗学校の方はいいポか??」
「ああ、夏休み……この季節にある長期休暇期間なんだ。そんで連日の猛暑と教師の休日確保の為に夏休み中の部活動もナシだ」
正宗の学校は別段強豪校でもない為そのような対応になったという。昨今、管理指導などには十分に注意せねばならないご時世だ。部活に顔も出せず、その間に脱水症で生徒が死亡した……等になっては責任問題である。特に剣道なんかは夏場なのに分厚い胴着の上から防具を着けるという何考えているのかわからない仕様である。空調の整っていない剣道場ということもあり、夏は練習無しという話となったのだ。
「まぁ、主将もやる気が無いからな。部活よりも違うことで青春を謳歌したいらしいから、顧問からのその案に賛成したようだし」
先日部長と話したところでは、この夏の海でサーファーデビューすると言っていた。
「俺としても、この暑い中防具付けて練習なんかしたくないしな」
「そういうわりには制服着てるポね??」
「残念ながら今日は登校日なんだよ」
言いたくなかった現実を吐き捨てるように言う。この炎天下の中出校せねばならない事実に悪態をつくほかない気分だったのだ。
「ポッコルとしても聞きたくなかったポね。こんな暑いのにそんなのについてきたくないポよ」
ぬいぐるみがガクリと肩を落とす。ぬいぐるみですら脱力してしまうのが今の日本の夏であるのだ。
「フラウニは洗濯の後アイシス達と合流するんだろ??」
「……ですわね。……ああ、正宗さんが先程微妙な顔をしていた理由が良く解りますわ」
自身も炎天下の中外出せねばならないと考えると、やはり憂鬱となるものである。
「本格的な夏になる前に合流できて良かったな」
「そう──とも言えますが、山でしたら上の方に行けば比較的涼しかったですし、清流もありましたからここまでの不快感はなかったんですの」
彼女はどっちもどっちだと溜息を漏らす。そんな彼女に後を頼むと、机の上で倒れているぬいぐるみをつまみ上げ玄関へと向かう正宗。手荷物を持ち、一歩外へと踏み出せば、
「……蒸し暑……」
不快感を感じながらもせっせと自転車を用意して出発する。下りの山道へと入れば木陰のおかげで幾分マシになり、ペダルを漕ぐ労力すら掛けずに済み、実に快適に登校は進んでいく。
「ずっとこの調子なら気持ちいいんだポだけどもね」
カゴの中の荷物の上に乗り全身で風を浴びているポッコルは言う。しかし、山道はおわり、街へ向かう田んぼの区間へと入れるにつれて一気に快適性は低下した。
「ごぅぅ……暑い、暑いポ」
「ホラッ、そろそろ人も増えてくるから中入ってろよっ!!」
人通りが増え始める住宅街に入る前にポッコルにそう告げておく。住宅街から川沿いの道路へと入り堤防を進む。対岸を見れば大きな重機が朝から作業している姿が見えた。アイシスとフラウニが夢生獣と闘った場所である。今は修復工事も進み鉄製の柵や土嚢などが積み上げられている。それを横目に更に進み、街を通り抜け田園地帯へ入るとその脇を進んでいく。その先にあるのは港、正宗の通う学校はちょっと僻地に立っているのだ。
「いずれ来るって言われている大地震がきたら、真っ先に液状化して駄目になるだろうな」
この地方では過去に大地震の記録があり、サイクルとして再びやってくると予測されているモノがある。正宗が通っている学校周辺はかつて海だったこともあり、そんな大地震が来れば間違いなく液状化する区画……と呼ばれる場所に建っていた。街から外れ、田園地帯を抜けた工業港地区のちょっと手前にある学校。周囲に何もない為に風通しが良く海に近い為に風が強い。逆風を食らうと鬼のように自転車は進まない酷い立地にあった。その為見晴らしが良く、学校へ近づけば近づく程学生の量が顕著に目視できるようになる。僻地の学校への公共交通機関はバスのみ。従って大部分の生徒は自転車登校なのだ。
「暑い、馬鹿じゃねーのか??」
周りに建物がないと言う事は当然にして日陰もないということだ。ジリジリと肌を焼かれ、じっとりと汗を掻かされたのなら酷い罵声が洩れてしまうのも仕方がない。四苦八苦しながらも自転車を漕ぎ、何とか学校へと辿り着く。指定の場所に自転車を置いて鍵を閉め、知り合いに声をかけながら教室へと向かえば、クラスの中には旅行に行って休んでいるヤツもいるという。
「そういうお前等はどうなんだ??充実した夏休みを過ごしているんか!?」
「テッちゃん、ハカセなら毎年の準備で大変らしいぜ。所謂修羅場ってヤツだ」
「その通りだっ!!夏イベは貴重な収入源の一つだからなっ!!その時の流行を十分リサーチしつつその作品本を作るっ!!これが勝利の方程式だっ!!」
ハカセは今夏の大イベントに向け最後の追い込みを掛けているという。
「そういうのって1ファンからしてどうなんだ??本当のオタクなら本当に好きに作品だけに絞り描き続けるもんじゃないのか??」
「俺もテッちゃんの言う通りだと思ってたけど??」
所謂同人ゴロだ。オタクであれば作品愛の無い本を作るなど考えられない。オタクの鏡と言えるハカセからは考えられない物言いである。しかしハカセは頭を振る。
「残念ながらファン活動をするのには金が要るんだよ二人ともっ!!しかし僕等高校生の身分では小遣いとアルバイトの給料程度しか稼ぐ手立てがない。そんなものではゲームにコミックに雑誌、円盤にCDにグッズにと明らかに金が足りないんだ!!」
特にゲームの課金などではフルプライスゲーム一本分の金が湯水のように跳んでいくモノがある。最先端を走るには人権キャラなりを引き当てないといけないのだ!!
「故に手段は選んでいられないっ!!だが安心して欲しいっ!!僕はこの業界で稼ぎこの業界に貢ぐ!!ちゃんと経済を回しているっ!!」
二人に力説するハカセ。
「こんな事言ってるけど一応ちゃんと漫画家目指してるらしいぜ。様々なジャンルや絵柄を描く事でテクニックを磨いてるって言い分だ」
「いや、でも結局は金目当てだろ??そんなの言い訳になんないんじゃねーの??」
「確かオタク的には嫌われる外道な行為なんだろ??」
「あれだな、オタクの風上に置けないヤツって事だな。その似非ファンみたいな姿勢はどうなん??」
「……ぐぅっ!!だがそれはそれっ!!これはこれなんだっ!!それにその作品を見ればやはり人気作は面白く魅力的な部分が多いっ!!別段古い新しいじゃない、より良い作品が次々と生まれてくる。だから僕も次々とそれを好きになり、次々とその作品の二次創作をやっているに過ぎないんだっ!!」
核心を突かれたハカセの苦しい言い訳、正宗と近藤は苦笑しながら肩をすくめた。そんな中、
「──っ!!」
「どしたん??」
ビクリと身体を震わせた正宗。その異様さに近藤とハカセが不思議そうな顔を向けたが、教師が入室してきたので近藤と正宗は急いで席に戻る。すると、机の横にかけてあった手提げ袋がモゾモゾと動き、そこから微かな声が聞こえた。
「……正宗っ!!正宗っ!!」
「ああ、さっき一瞬ノイズが走った。いつ頃だ??」
「20分と掛からないポっ!!いよいよ夢生獣が勝負を決めに来るポよっ!!」
それは正に果たし状、正面切っての宣戦布告だ。
「ここに来るのか??」
「それは無さそうポ。……街中に来そう、そんな感じポね」
因夢空間が展開されたとして、正宗が現状に向かうには自転車しかない。時間的に正宗がアイシス達に合流するのは不可能そうであった。ともなれば戦力を此方に回していては勿体ない。
「ポッコル、俺の護衛は良いからアイシス達の所に跳んでさっさと解決してきてくれ」
「心得たポッ!!」
会話の後に机の横に掛けていた手提げ袋の厚みがフッと薄くなる。正宗は緊張した面持ちで窓の外へと視線を向けた。その向こうで、世界を得んが為の策謀が、それを阻止せんとする献身が激突しようとしている。正宗にできる事は無事に日常が戻って来る事を願うだけなのだ。
「こらー、鉄っ!!朝からなに外見てんだっ!!こっちみろっ!!」
しかし速攻で担任に注意される正宗であった。




